第七話
隠れヤンデレで、年上で、眼鏡を掛けていて、巨乳な女性って、良いと思いませんか?
私はそういうのが大好物ですが……皆様の趣味はどんな感じなんでしょう?(*´∀`)
……やってしまった。
今の私の心境を表すなら、まさにその一言である。
どうしてそう思っているかというと、あの青年の誤解と逆恨みからあっという間に始まってしまった決闘で魔力の解放をうっかりやってしまったからだ。
母曰く、私は生まれた時から持っている魔力の量が尋常じゃないぐらいに多く、制限を掛けなければ溢れ出る自身の魔力に身体を押し潰されてしまうらしい。
その為、母は魔法を使って私に制限を掛け、魔力が身体の外に向かって自然と漏れ出さないようにしてくれた。
だが、実はこの制限、割りと簡単に解けるようになっている。
まず最初に体内にある魔力を活性化させる。次に魔力を血液のように全身を巡らせるイメージをしながら身体のあちこちに巡回させる。最後は気合いを入れて魔力を一気に外へ放出させようとすれば制限は解ける。
ぶっちゃけると、これはただの力業での制限解除であり、正式な方法での解除では無い。
だからか、一部だけならまだしも全身から魔力を放出させようと力業で制限を解除した場合私の身体には凄まじい負荷が掛かる。
魔力は母が施した魔法によって自動的に制限が再び掛かり、外に漏れ出ない程度まで抑制してくれるので問題は無いのだが、私の身体には何かしらの後遺症が一時的に残るのだ。
例えば手足の痺れ、両目の視力低下、思考能力の低下などなど……それらの症状の内から何か一つが私の身体に訪れる。
今回はどうやら軽い症状の一つである疲労を引いたらしく、私の身体は今にもぶっ倒れそうになるぐらい疲れ切っていたが、たまに手足の骨が折れるのと比べたらこれぐらいまだ大丈夫だ。
私の方はその程度の被害で済んだのだが、私以外の者達は被害重大だった。
魔力とは地球で言う重力と同じである為、解放してしまった私の魔力によって広場に居た私を除く全員がとてつもなく重い重荷を背負ったような状態になった筈だ。
事実、あの時の広場に立っていたのは私だけであり、他の者は全員が地面に膝を着けていたので、私の魔力が彼らに負荷を掛けてしまったのは間違いない。
だが、特に負荷を掛けてしまったのは私の直ぐ間近に居た青年に他ならなかった。
元を辿れば決闘が終わったのに青年が魔法を行使したから、つい反射的に魔力を解放してしまったのだが、だからと言って一律に青年だけが悪いとは言えない。
私みたいに何かしらの症状が出てないか心配になり、青年の身体に触れて「大丈夫か?」と話し掛けてみれば、青年は白目を向いて気絶してしまった。
ジーザス、何ということだろうか。やはり青年も私の魔力にやられていた。
領主が民を傷つけてしまうという最もやってはならない禁忌を破ってしまった私は、この世界に来たばかりの時に感じた深い罪悪感を再び心の中で感じていた。
この罪をどうやって償えばいいのか分からず、とりあえず気絶してしまった青年の手当てをその場に居た警備隊の者達に任せ、私は逃げるようにしてその場を離れた。
その際に向けられた人々の目が「やってくれたな、おい」と告げているような気がして、私は投げた大剣を回収してから脇目も振らずにひたすら走った。
そして気が付いた時、私は住み慣れた我が家に辿り着いていた。
住民区の中でも一際大きくて豪華な屋敷。それが私の家である。
いつもはこの屋敷を見る度に「やはり無駄に大きい」とか思ったりするのだが今はそんな余裕が存在せず、鉄格子の門をくぐり抜け、玄関の扉を開けて屋敷の中へと入る。
「お帰りなさいませ、アリステレス様」
そう言って出迎えてくれたのは、メイド服を着た眼鏡の女性だ。
メイド服を着てるとは言え、フォーカスの処で働いている少女達が着るようなメイド服とは違い、スカートは長く可愛らしいフリルも付いていない。
正式なメイド服を着た彼女の名前はマリア。私が領主になる前から彼女の父と一緒に我が家に仕えてくれており、私のことを応援してくれる人間の一人だ。
歳は一つだけ私の方が下ではあるが、私と彼女は俗に言う幼なじみの関係であり、初めて出会った時は互いに子供だったものの今ではすっかり心も身体も大人になっている。
キュッと引き締まった腰回り、服の上からでも分かる豊満な胸、彫像のように白い肌、美しく整った顔立ち、宝石のように煌めく碧色の瞳、見るからにサラサラな薄紫色の長い髪。
世に居る男性達から欲望の眼差しを間違いなく向けられるであろう彼女は、とても優しげな微笑みを浮かべており、それを見ただけで私の心は少しだけ癒された。
「マリア……」
「え?」
疲労と罪悪感で心も身体も限界になっていた私は持っていた剣と盾を手放し、彼女を優しく抱き締める。
「すまない、私はーーー」
領主失格だ。そう言い終えることも出来ず、私の意識はそこで途切れた。
▼▼▼
玄関先で意識を失った後、アリステレスは着ていた鎧を脱がされ自室へと運ばれた。
身長が二メートル近い男を運ぶには女であるマリアだけでは力が足りず、マリアの父も呼んで二人掛かりでアリステレスを運び、アリステレスをベッドに寝かした後、二人は息を吐いた。
「あぁ~疲れた。おっさんに力仕事はやっぱり応えるなぁ」
疲れたと言ってバキバキと肩の関節を鳴らす金髪碧眼の男。その人物こそがマリアの父こと、クラスターである。
メイド服をきちっと着こなすマリアとは違い、クラスターの方は執事服を雑に着ており、本当に使用人かどうか怪しいぐらいの姿をしていた。
「お父さんったら、またそんな格好をして」
「いいんだよ。俺は一応アリステレスの坊っちゃんにも仕えているが、心は今でも先代領主だったアイツに仕えてんだ。アイツがこれでいいって言ったんだから問題は無ぇよ」
「またそんなこと言って……」
聞く人が聞けば「使用人のくせに何たる不敬!」と激怒しそうな話だが、父のことを思ってくれるクラスターにアリステレスが怒りを抱いたことは一度もない。
むしろ、父が居ないのに自分に仕えてくれるクラスターに対し申し訳なさを感じているのだが、当の本人が寝ている為それを口に出すことは出来なかった。
「それにしても、さっきまで感じられたアリステレス様の魔力は何だったのかしら?」
「あん?何だお前、知らないのか?アリステレスの坊っちゃんが決闘をするって噂が街中で流れていたぜ?」
「決闘?」
「あぁ、何でも好きな女の子をアリステレスの坊っちゃんに取られた奴が決闘を申し込んだらしい」
クラスターは人伝から聞いた話をマリアにすると、マリアはその話を胡散臭そうに聞いていた。
「何ですか、それ。絶対に嘘話じゃないですか」
「だろうな。そう思って真相を調べてみたら、案外面白いことが分かってな」
そして次に話したのは誤解と逆恨みでアリステレスに決闘を吹っ掛けた青年の話であり、マリアはその話を真剣に聞いていた。
「……なるほど、そういうことですか」
「おう。んで、魔力出して疲れたアリステレスの坊っちゃんが此処に戻ってきて、力尽きて眠っちまったのが俺の予想だな」
正確には疲れだけでなく罪悪感もあったのだが、その予想は限りなく正解に近かった。
話を聞き終えたマリアは一瞬だけ瞳をドロリと濁らせ、小さく何かを呟いた気がしたが、直ぐに元の状態に戻っていたが為にクラスターはそのことに気付くことは無かった。
「それはそうと、俺は厨房に居る奴らに何か疲れが取れるような飯を出すよう話をしてくるから、お前はここでアリステレスの坊っちゃんを世話しとけ」
「ちょ、お父さん!?」
マリアが声を上げてクラスターを呼んだが、ニヤニヤと笑いながらクラスターは部屋の外へと出て行ってしまった。
後に残るのはベッドで眠るアリステレスと、頬を赤く染めたマリアの二人のみ。
「……………………」
クラスターが出て行った扉を見つめること数分。完全に人の気配を感じれなくなったのを扉を開けて確認した後、扉を閉めて誰かが入ってこれないように鍵を掛けた。
「……ふふっ」
完全に密室となった部屋の中で、笑い声が溢れる。
マリアは扉から離れると、その足でアリステレスのベッドまで近付き、アリステレスを起こさないようにそっと座り込んだ。
「アリステレス様……」
ふんわりとした銀の髪を優しく撫でるその姿はまるで聖母のようだ。
だが、マリアの口には妖艶な笑みが浮かべられており、頬は更に赤く染まり、瞳は暗くドロドロした感情を内側で渦巻かせている。
普段の彼女なら絶対に見せないその表情は、正しく『女』の顔であった。
「大丈夫です、アリステレス様。マリアは全て分かっております」
途中で途切れてしまった、アリステレスが気絶する前に発していた言葉。マリアはそれがいったいどのような意味を持っているのか理解していた。
アリステレスは謝ろうとしていたのだーーー早く家に帰ることが出来なかったことを。
今日のアリステレスは昼食用の携帯食料を持っていなかったことをマリアは知っている。だから、先程までの出来事をこう解釈した。
腹を空かしたアリステレスはマリアの料理を食べるために早く家へ帰ろうとしたが愚かな男に邪魔をされ、結果的に魔力を解放してまで早く家に帰ろうとしていたのだ、と。
アリステレス本人が聞けば慌てて首を横に振るような考えだが、マリアはこの考えを本気で信じきっていた。
「貴方様の為なら、私はいつまでも此処でお待ち続けます。そう、それこそーーーふふふふふ」
続く言葉は果たしていったい何だったのか。女の狂笑がいつまでも部屋の中で響き続けた。