第六話
ドリント名物『自殺決闘』。
それが始まったのは今からおよそ数十年前。まだドリントの街では全ての物事が力で罷り通っていた頃だった。
元々この世界の決闘は貴族や王族同士が同一条件下で行う正当化された殺し合いだったのだが、いつしかそのような形式は崩れ、決闘は平民間でもやるようになった。
そして、決闘という言葉を知った血の気の多いドリントの住民達がそれを無視する訳もなく、ドリントでは決闘をすることが大流行した。
だが、他の街で行われるような決闘と比べて、ドリントで行われる決闘は幾分にも増して異常だった。
まず、本来なら決闘の前に決める条件が何一つとして無い。
その為、毒を使おうが罠を使おうが反則扱いされず、正に相手を殺す為なら何でもありの殺し合いでしかなかった。
それだけでもかなり頭がぶっ飛んでるのだが、もっと可笑しいことに決闘を行うのは大抵が強い者と弱い者だったのだ。
決闘は命を賭けた殺し合い。それを分かっている筈なのに、同格の相手では無く明らかに格上の相手に決闘を申し込む弱者達。
それは偏に、『何でもありなら自分でも格上に勝てるのではないだろうか?』という、浅はかな思惑からの行動であったのだ。
階位が一つ違えば実力も桁違いに変わってくることさえ忘れ、下剋上を狙った冒険者達の決闘は常に決闘を申し込んだ側が死んでいった。
極稀に格上に決闘を挑んで生き残った者達も居たが、その者達の大抵は自分の実力で倒した訳でもないのに調子に乗った挙げ句、あっさりとモンスターや他の冒険者に殺されるのが末路であった。
決闘を申し込んだ側が必ず敗者となる決闘。そのことからドリントで名付けられた名前が『自殺決闘』。
アリステレスが街の領主になってからも、この古くから続く『自殺決闘』はドリントの伝統名物として根強く密着している。
ドリントの住民達は、一部を除いてこの『自殺決闘』を一種の祭りのように思っている為、今も一年に一回以上は必ず行われているのだ。
……と言っても、毎年『自殺決闘』によって死人が出る訳ではない。
無意味に死者を量産することを嫌ったアリステレスの手によって、今の『自殺決闘』は幾らか改変されており、昔と比べたら大分安全な物になっているのだ。
その為、完全に『自殺決闘』は名ばかりな祭り事になってしまい、却って住民達が盛り上がるようになってしまったことについてアリステレスが内心で頭を抱えることになってしまったのだが、その話は別に置いといてもいいだろう。
さて、そんな『自殺決闘』を行った二人の内の一人であるジョンドは今、悔しそうに奥歯を噛み締めながら顔を伏せていた。
「あ~あ。やっぱり領主様の勝ちか」
「あのガキ、魔法が使えるとかどうとか言ってたくせして全然弱いじゃねぇか」
「うわ~、超カッコ悪いんですけどー」
「あの程度の実力でアリステレス様に決闘を挑むなんて、本当に笑えるわね」
柵の外から聞こえてくる一つ一つの声が自分の心に深く突き刺さる。
勝てると思っていた。魔法を使える自分が負ける筈がないと思っていた。これであの子も自分に振り向いてくれると、本気でそう思っていたのに。
(何で、僕が負けてるんだよ……!)
たった一瞬の内に負けてしまったという現実を認めたく無くて、ジョンドは血が滲み出るくらいまで強く拳を握り締めながら目の前を見る。
(何で貴様が立っていて、僕が這いつくばってんだよ……!!)
傷一つ無い純白の鎧を身に纏い、遥か高みから見下ろすかのようにして、アリステレスはそこに立っていた。
(違うだろ……逆じゃなきゃおかしいだろ……僕が其処に立つべきなのに、どうして貴様が!?)
ジョンドの胸の中で怒りが沸々と沸き上がる。悠然と佇むアリステレスに、柵の外から聞こえてくる人々の声に、そして何よりも情けなく負けた自分に対して。
(魔法さえ、魔法さえ使えればーーー!!)
「貴様なんかにィィィィィィィ!!」
怒りに理性を呑み込まれたジョンドは杖を持って立ち上がり、決闘が終わったにも関わらずアリステレスに杖を向けた。
「フレイムランサァァァァァーーーー!!」
ジョンドの絶叫に呼応するかのように持っていた杖が一瞬だけ赤く光った直後、杖の先端から槍の形をした炎の塊がアリステレスに向かって発射される。
突如行われたジョンドの凶行。アリステレスもこれは流石に予想していなかったのか、身体を一切動かすこと無く僅かに目を見開いて迫り来る炎の槍を見つめるばかり。
至近距離から発射されたその魔法は人一人分を殺すには充分過ぎる威力を保持していることが傍目から見ても分かる程であり、柵の外に誰もが炎の槍に貫かれたアリステレスの姿を想像した。
広場の所々から誰かの悲鳴が上がり、まるで時が遅くなったかのように世界がゆっくりと流れるも、炎の槍が止まることは無い。
発射されてから僅か数秒で間近まで近付いた炎の槍を避けようとも盾で防御もしようとしないアリステレスに、もう駄目だと誰かが目を瞑った刹那ーーー白銀の光が天を貫いた。
「なっーーー」
アリステレスに当たる筈だった炎の槍は、アリステレスの全身を覆い隠すようにして発せられた白銀の光に当たり、呆気なく四散した。
その光景を目の当たりにしたジョンドは絶句し、大きく目を見開いて驚くが、直ぐにその感情は別の物に置き換わることとなる。
「魔力、だと!?」
魔法を扱えるからこそ分かる。アリステレスから発せられる白銀の光ーーーその正体がただの魔力であることに。
魔力は生まれてから極一部の者にしか宿らない力であり、基本的には両親の遺伝によって魔力があるかどうか決まることが多い。
聞くところによれば、アリステレスの両親はどちらとも魔法を使えたらしいので、アリステレスが魔力を持っていたとしてもそれは別に驚くべきことでは無いのだが、問題はその量と密度。
魔力が多いとしても普通は身体を薄く覆う程度しか出来ず、間違っても厚い魔力を全身に覆うなんてことは不可能に近いことである。
ーーーだというのに、目の前のこれはいったい何なのだろうか?
「あ、あぁ……」
意味が分からない。何なのだこれは。こんなものは知らない。理解の範疇を越えた現象を前にして、ジョンドの頭は真っ白に染まっていく。
白銀の光を前にして、呆然となったジョンドがそのまま思考を投げ捨てようとした瞬間、天にも届く光は突如として消えた。
だが、直後に訪れた圧倒的な威圧感と重圧感が広場を満たす。
蛇に睨まれるなんてレベルではない。巨大なドラゴンに睨まれたかのような威圧と、星そのものに押し潰されるような重圧に立っていられる者は居らず、誰も彼もが地面に平伏す。
身動き一つさえしたら確実に殺される。この場に居る誰もが、生物としての己の本能がそう告げているのを感じ取り、平伏したまま凍ったかのように動かない。
そんな中、ただ一人だけーーー圧を放っているアリステレスだけが身体を動かした。
「貴公……」
「ヒィ!?」
自分に向けてアリステレスがゆっくりと手を伸ばす姿を目視したジョンドは、自分が無惨に死ぬ姿を幻視した。
逃げなければいけない。このままでは殺されてしまう。頭ではそのことが分かっているのに、恐怖に支配された身体は言うことを聞いてくれない。
歯がガチガチと震え、身体中から冷や汗が流れ、死人のように肌が真っ白になるまで血の気が引いていく。
そしてーーー
「ーーーーー」
アリステレスが自分の肩に手をやり、何かを呟いた所で、ジョンドの意識は暗闇へと落ちた。