第五話
戦闘?描写って難しいですね……(´・ω・`)
飯を食べて空いていた腹を充分に満たした私は、午前の時と同じように街の警備をしていた。
犯罪行為が平然と罷り通っていた昔と比べたら格段に平和になったドリントではあるが、争い事がいつも起きない訳ではない。
この世に何もかも自分と同じ人間なんて決して居らず、周りに居るのは違う思考回路を持ち備えた他者ばかり。
自分と他者で考えが違ってくるのは当たり前であり、だからこそ行き違いが発生する。
何故分かってくれない。何故理解できない。何故、何故、何故……と、相手が自分の考えに共感、もしくは賛同してくれない場合、人は必ずと言っていい程に苛立ちを覚える。
そして、言葉を交わせば交わす度に苛立ちは心の中に積もっていき、積もり積もった苛立ちはやがて怒りへと変貌する。
言葉によって相手を分からせるのは不可能。ならば、最後は力づくで分からせるしかない。
相手を分からせる為に放った一発の拳が、己と相手による争いへの引き金となり、どちらかが倒れるまで止むことの無い戦いへとなっていく。
これが人間同士で争う理由の一つ。他にもたくさんの理由があるが、ほとんどの場合はこれが一番当てはまるのだろう。
言葉の代わりに力を振るう。私にはそれが愚かで、野蛮で、横暴な行為にしか見ることが出来ない。
例えばだが、世の中には「男なら拳で語り合え」と言う者が居るらしいが、私はその考えを嫌悪する。
言葉で分かり合えないからと言って暴力を振るってもいい訳が無く、相手を分からせる為とは言え、それで相手を傷付けてしまってはいかんだろうに。
誰だって痛いのは嫌な筈だ。相手に嫌な思いをさせてまで自分の考えを無理矢理押し付けるのはダメだと、普通に考えてみれば子供でも分かることだ。
そんなことさえ分からない人間が、果たしてこの世にどれだけ居ることか。
街の中で誰かと誰かが争っているのを見る度に、私はいつも悲しい気持ちになる。
折角平和な街になったのだから、暴力という痛みしか負わない方法ではなく言葉という平和な方法で分かり合って欲しいのが、私の嘘偽り無い本音だ。
いつの日か、住民達が暴力なんて一切使わずに言葉だけで分かり合える街になれれば、きっとこの街は更に平和な場所へと変わることが出来るだろう。
平和な街ドリント。そう呼ばれるようになるのを夢見て、今は日常的に起こる争い事を一つ一つ消していくのが、ドリントの領主である私の役目だ。
(……頑張らなくてはな)
己の役目を再確認し、心の中で気合いを入れた私は張り切って街の警備を続けようとしたーーーその時だった。
「アリステレスゥゥゥゥゥ!!」
後ろから突然私の名前を呼ぶ声が聞こえ、少しだけ驚きながら声が聞こえてきた方に振り向けば、そこには木の杖を持った青年が息を荒々しく吐き出しながら私を鋭く睨み付けていた。
「どうした、貴公。何やら疲れている様だが?」
私がそう問えば、青年は一度深呼吸をして呼吸を整えた後、元々鋭かった視線を更に鋭くする。
「お前を探し出す為に、街中を走り回っていたんだ!!」
「なるほど」
どうして青年が若干疲れているのかは分かったが、何故に私を探していたのだろうか?
「それで、貴公は何の用があって私を探していたのだ?」
疑問に思った私がそう言うと、突如青年が持っていた杖を私の方に向けた。
「貴様!よくも僕のミーニャたんに手を出したな!?絶対に許さないぞ!!」
「何?」
まるで仇でも討たんとばかりに顔を歪ませる青年に、私は困惑するしか無かった。
「すまないが、貴公の言うミーニャたんとは誰のことだ?」
「惚けるな!貴様がついさっきメイド酒場で働いてるミーニャたんにキスをしようとしていたのは分かっているんだ!!」
「貴公は何を言っているんだ」
いきなり意味不明なことを喚き出した青年に対して思わずそう言ってしまったが、ふと私の中で数十分程前の出来事が思い出される。
そして、青年の言うミーニャたんとは気絶したあの少女であり、キスをしようとしたと言うのは熱を測っていた時のことを言っているのではないか?という仮説が私の中で出来上がった。
「貴公、恐らくそれは勘違いだ。私は別に貴公の言うミーニャたんにキスしようとした訳では……」
「うるさいうるさいうるさい!!」
青年の誤解を解こうとしたが、青年はまるで駄々を捏ねる子供のように私の言葉を聞こうともせず、とんでもないことを口走った。
「僕と決闘しろアリステレス!ミーニャたんに手を出した貴様を僕の魔法で消し飛ばしてやる!!」
▼▼▼
ドリントのちょうど中心部にある大きな広場は、基本的に人々の憩いの場として使われている。
全ての区画からちょうど真ん中にある為、区画間を移動する時の休憩所として使われたり、待ち合わせや遊び場としても使われたりする。
常日頃から人が多い所ではあるが、今日はいつもと比べて二倍以上の人々が広場へと集まっていた。
普段はあんまり来ないような彼ら、もしくは彼女らが何故今日に限って広場へと集まっているのか。その理由は広場に大きな丸を描くようにして設置された木の柵の中にあった。
「さぁ今回もやって参りました!ドリント名物『自殺決闘』!!今回の生けに……もとい挑戦者は、最近この街に来たばかりの銅級冒険者!魔法を扱えるようだが、果たしてどれほどの実力があるのでしょうか!?」
柵の外に居る小さな黒い木の枝を持った男が広場の端まで届くぐらいな大きな声でそう叫ぶと、男のように柵の外に居る者達が大きな歓声を上げる。
誰もが祭りみたいに盛り上がってる最中、柵の中では数メートル程離れた所から二人の男が静かに向き合っていた。
一人は先程紹介された青年、ジョンド。手に持った杖を強く握り締め、目の前に居る敵を射殺さんとばかりに睨んでいる。
そして、そんなジョンドの前に立っているのは最強と謳われし男。罪人を決して許さず、悪を決して許さず、如何なる者も必ず殺す断罪者。
『白銀の狼』ーーーアリステレスがそこに居た。
「ではこれより、アリステレス・マクガイアとジョンドによる決闘を開始する!!」
審判役として群衆の一番前に居た初老の男が柵の中へと入り、二人のちょうど中間地点まで近寄ると、決闘の開始を知らせる合図として手を振り上げる。
この手が振り下ろされた時、決闘が始まる。誰もがそのことを分かっているが故に、広場には今張り詰めた緊張感で満ちていた。
今か今かと待ち続け、一秒が十秒にも一分にも感じられるような錯覚を覚える中、ついに初老の男の手が動く。
「ーーー始め!!」
振り上げられていた手は空気を切り裂いて振り下ろされ、決闘が始まったことを知らせる。
「くらえ!フレイムーーー」
決闘が始まると同時にジョンドはアリステレスに杖を向け、魔法を発動させようとさせたが、それは強引に止められることとなった。
何故ならーーー
「ふんっ!」
アリステレスがその手に持っていた大剣を、ジョンドに向けてぶん投げたからだ。
「ランはぁ!?」
魔法の発動を途中で止め、飛んでくる大剣を避ける為に右へ跳ぶジョンド。
「いきなり何をーーー」
戦う為の武器を自ら捨てたアリステレスに心の底から驚きに包まれていた刹那、ジョンドの身体が空中で止まる。
普通ではありえない現象だが、それは別に魔法でも何でも無い。ジョンドの身体は物理的に浮かんでいたのだ。
「グッ、がっ」
何が起きたのか理解出来ず、どういう訳か急に呼吸が苦しくなり、思わずジョンドが自分の首元を見てみれば、そこには白い籠手を着けた手が伸びていた。
これが誰の手なのか、該当するのは一人しか居ない。
「アリ、ス、テ、レス……!」
苦し気に呟かれたジョンドの言葉に何も反応することなく、アリステレスは深紅の瞳を向けたまま無表情でジョンドの首を絞める。
アリステレスが先程やったのは、大剣を投げた直後にジョンドへと接近し、首を絞めると同時に持ち上げたというだけであり、何も難しいことはしていない。
だが、真に恐ろしいのはその速度。瞬き一つするよりも速くジョンドへ接近したのだから、アリステレスの動きを全て目視することが出来た者はこの場には数人としか居なかった。
「それまで!!」
初老の男の声が掛かると、アリステレスはジョンドの首を握っていた手を緩め、尻から地面に落ちたジョンドは空気を求めて呼吸と咳を繰り返す。
どちらが勝者かなど分かりきった事であり、一瞬の内に勝敗が決まってしまった決闘を見た群衆は、余りにも呆気なさ過ぎて声の一つも出せなかった。
「勝者、アリステレス・マクガイア!!」
始まる前とは一転して、静寂に包まれた広場に初老の男の声が響き渡った。