第九話
皆様お久しぶりです。そして、投稿が遅れてしまい申し訳ありませんでした。
これまでちょっと諸事情で色々と忙しくなっていたのですが、ようやく纏まった時間が取れたので久しぶりに投稿を再開することにしました。
しばらくはリハビリも兼ねて一ヶ月に1、2話を投稿するようにしますが、もしかしたらまた不定期更新になるかもしれませんので、その時は申し訳ありません。
ーーーこのアリステレス・マクガイアには決して許せないことがこの世に三つある。
まず一つはゴブリンの肉。過去に一度だけ食べたことがあったが、もしもう一度食べろと言われようものなら魔法で直ぐに跡形も無く消し去ってやると断言出来るぐらいに不味かった。
二つ目は私自身。いったい何が原因でこの世界に来てしまったのかは未だに不明だが、本来あった筈の一人の人生を奪ってしまったのは紛れもなく事実であり、私は死ぬまでこの罪を背負っていかなければいけないだろう。
そして最後の三つ目はーーー『悪』の人間だ。
己の自己欲求を満たす為だけに他人を平然と傷付ける人間。それが私の言う『悪』の人間であり、決して許すことの出来ない存在である。
別に己が悪を滅する正義の人間だとは微塵も思っていない。私とて人間だ。嫌いな人物は何人も居るし、『死ねばいいのに』だとか『殺してやりたい』と思う『悪』の心は持っている。
だが、常識を弁えた人間ならば実際にそう思っても行動に移したりしない。何故なら、それがやってはいけない悪いことだと分かっているからだ。
だからこそ、『悪』の心に突き動かされ平然と他人を傷付けるような人間を許すことは出来ない。
今回の誘拐事件とてそうだ。私への復讐か、それとも金目当てか、とにかく犯人がいったいどんな目的を持っているのかは分からないが、私を狙わずにあの少女を狙うなんて言語道断である。
私に何か言いたいなら直接来ればいいだろう。嫌ではあるが決闘でも話し合いでも受けるつもりだ。
だが、無関係の少女を誘拐してその身を危険に晒し、あまつさえ人質にした時点で誘拐犯は絶対に許せん。単独か複数かは分からんが必ず滅殺する。
重犯罪者死すべし。慈悲は既に捨てた。
誘拐犯への殺意と怒りをその胸に抱きつつ、月明かりさえ届かない真っ暗闇な森の中を全力で疾走する。
月明かりはあるが木々に遮られているせいで、数メートル先さえ録に見えない。
そんな真っ暗闇な中で道無き道を全力疾走したら怪我の一つや二つぐらい簡単に負いそうなものだが、今のところ私には傷らしきものは一つもない。
幼少の頃よりモンスターとの戦闘経験を積むためにこの森でサバイバルもしたことのある私にとってこの森は我が家の庭同然であり、何が何処にあるかなんて見なくても手に取るように分かるのだ。
……と言っても私が覚えているのは昔の森である為、昔には無かった筈の立派な木が時折暗闇の中から目の前に現れたりするのだが、何とか避けることに成功している。
危ない場面は幾つもあったが、これまで実践や練習で覚えてきた身体裁きでどうにか出来ているし、深夜だから眠っているのかモンスターが一匹も出てこないので、今気を付けるのは木だけでかなり楽だ。
しかし、何処に居るかも分からない誘拐犯を探して森の中を探し続けるのはやはり大変ーーーかと思いきや実は大体の居場所はもう既に掴んでいる。
この森に入る少し前、私は魔力を解放して森の中にある『エリアセーフティー』が掛かっている幾つかの広場に魔力を流し、ソナーのように生物の反応が無いか調べたのだ。
その結果、森の奥の方にある広場に反応が二つあり、そこに件の誘拐犯と拐われた少女が居ると当たりを付けた。
こんな深夜の時間帯に真っ暗で足下さえ満足に見えない森の中に居る人間はまず居ないし、仮に居たとしてもそれは日中の内にドリントへ戻って来ることが出来なかった冒険者ぐらいである。
実際、ドリントから近い所にある広場には沢山の反応があったのだが、奥の方にある幾つかの広場にはその二つの反応を除いて何も無かった。
このことから誘拐犯と少女はそこに居ると仮定したのだが、まぁもしも違っていたらその時はその時だ。『魔閃』を使った上空からの探索行動に移し変える。
例えそれで私の足がへし折れたとしても後で魔法で治せる。手間ではあるが、それで少女を発見することが出来るのなら安い代償だ。
その覚悟を胸に抱きつつ走り続けること数十分。漸く私は例の広場に辿り着きーーー驚愕で目を見開いた。
確かにその広場には拐われた少女の姿があった。まるで死んだように腹部に手を置き仰向けで地面に横たわっている少女だが、胸が微かに上下していることからちゃんと呼吸をして生きていることが分かる。
私が驚愕したのは少女が一瞬だけ本当に死んでいるように見えたからーーーだけではない。
私が本当に驚愕した物。それは少女の直ぐ側に立っている人物についてだった。
乱雑に着こなした執事服も、その腰に差した一振りの剣も、遮る木々が無くなり儚くも美しい月光に照らされて煌めく金色の髪も、空のように澄んでいる碧い瞳も、その全てを私はこれまで見たことがある。
それこそ子供の頃からずっと。現在に至るまで何度も見てきたことのあるその姿を。
「……何故だ?どうして、どうして貴公が此処に居る?」
無意識の内に零れた言葉。目の前の現実を認識することを拒む私の心が出したそれに男は答えない。答えようとしない。まるでそんなことは聞いてなんかいないとばかりに。
「よぉ、待ってたぜ。坊っちゃん」
ただそう言って男ーーークラスターは不敵な笑みを浮かべたのだ。
▼▼▼
「どういうことだ?待ってたとはいったい……」
「おいおい、惚けんなよ。どうして俺が此処に居るのか、少し考えりゃ普通に分かる筈だぜ?」
信じられないとばかりにクラスターを見つめ続けるアリステレスに、クラスターは笑みを浮かべたまま事実を突き付ける。
「嬢ちゃんを誘拐し、坊っちゃんをここまで誘き寄せた張本人。それが俺だってことぐらい気付いてんだろ?」
クラスターにそう言われ、無言になるアリステレス。
アリステレスとて馬鹿ではない。エリィがドリントに来てから一番懐いていたクラスターが犯人であるという可能性は、少なからずも考えていた。
しかし、クラスターはアリステレスにとって親代わりも同然の人物。そんな彼がこんな事を仕出かす筈が無いと、無意識の内にそう思い込んでいた。
だが、現実は何時如何なる時も残酷な物。今目の前にある光景や状況を見て、クラスターが犯人ではないと心の底から断言出来る者はこの世に決して居ないだろう。
「……何故少女を誘拐した?こんなことを貴公が実行したなんて信じられん。何か理由がある筈だ」
心の中で、クラスターは本当に少女を誘拐した犯人なのか?と疑っている自分と、クラスターはそんな男じゃない。何かしらの理由がある筈だと信じている自分に挟まれ、アリステレスは問いを投げ掛けた。
それに対するクラスターの返答はーーー呆れたようなため息だった。
「はぁ……やっぱりそうだ。昔からそうだった。坊っちゃん……いや、アリステレス。お前は何時まで経っても『甘い』奴だ」
「何?どういう意味だ?」
甘いと言われ、怪訝そうに目を細めるアリステレス。そんなアリステレスに対し、クラスターはまるで物分かりの悪い子供を諭すかのような口調で言葉を紡ぐ。
「そのままの意味さ。アリステレス、確かにお前は昔と比べて格段に強くなった。賢くなった。偉くなった。けどな?お前の根底にある甘さだけは昔から変わっちゃいねぇのさ!!」
「っ!?」
そこまで言うと、クラスターは腰に差していた剣を鞘から抜刀し、一瞬の内にアリステレスへと距離を詰めて斬り掛かった。
「くっ!」
突然の奇襲に驚愕したものの、アリステレスは反射的に大盾を構え、クラスターからの攻撃を防御する。
一度、二度、三度と、クラスターの持つ剣とアリステレスの持つ大盾がぶつかり合う度に火花が舞い散る。
「どうしたぁ!?さっきから守ってばっかだぞ!!」
絶え間無く攻め続けるクラスター。その剣筋はとても鋭く、常人の目では決して捉えることの出来ない速さで振るわれる。
その光景を例えるならば嵐。全てを切り刻まんとばかりに吹き荒れる剣の嵐だ。
だが、それでもアリステレスには掠り傷一つさえ付かない。
吹き荒れる剣の嵐をその手に持つ大盾で全て防ぐ様は正に鉄壁。決して崩れることの無い城壁のようだ。
「攻撃してこい!守ってるだけじゃ俺には勝てんぞ!!」
嵐対城壁。攻め続けるクラスターと守り続けるアリステレス。
いくらクラスターが態と隙を作っても、アリステレスは決して防御を止めて攻撃へと移ろうとせず、ただ大盾を構え防御し続けている。
アリステレスは攻める気が一切無い。そうなると、もはやこの戦いはクラスターが諦めるかアリステレスが防御するのを止めない限り永遠に続く持久戦だ。
クラスターもそれが分かったのだろう。攻撃する手を止め、後ろへと跳んでアリステレスと距離を離す。
「すぅ……はぁ……」
一度だけ深呼吸をし、僅かに乱れていた呼吸を整えたクラスターはアリステレスを見据える。
そしてーーー
「いい加減にしやがれ!!」
その顔に映る『どうしてこんなことをする?』と言わんばかりの表情を見て、クラスターは胸の中にある苛立ちと共に吼えた。
「アリステレス、お前は甘い!今の俺は敵だってのに、お前はまだ俺のことを信じようとしている!」
突然キレたクラスターに少しだけ困惑の表情を浮かべるアリステレス。しかしクラスターは気にせず言葉を重ねる。
「それじゃあダメなんだよ!いいか!?年齢はどうあれ今のお前はドリントの領主だ!民の上に立ち、民を明日へと導く存在だ!なのに、お前は身内の人間に対して甘過ぎる!!」
アリステレス・マクガイアは最強であると、ドリントの住民達からそう謳われているアリステレスだが、何も弱点が無い訳じゃない。
ーーーアリステレスの弱点。それは『身内』の人間に対する甘さである。
昔から、それこそ生まれた時からずっと面倒を見てきたクラスターにとって、その弱点は手に取るように分かっていた。
「犯罪者には無慈悲になれるクセしやがって、いざ身内の人間が犯罪者になった時には『何故?』だの『どうして?』なんざと言って慈悲を掛ける?ふざけてんじゃねぇぞ!!」
クラスターが言っているのは、恐らく先程までのアリステレスのことだろう。
「意識を切り替えろ!甘さを捨てろ!慈悲を掛けるな!それが出来ないなら身内なんて持つな!!」
その言葉は最早暴論に近かったが、決して間違っているとも言い難かった。
身内が大事なのは人である以上当たり前だ。しかし、アリステレスのように犯罪者なんかを取り締まる人間は身内と他人の境界線を出来るだけ無くさなければならない。
それは単に、身内の人間が犯罪を起こした時に捕まえにくくなるからだ。
ーーー差別は無く平等に、犯罪を犯した者は誰であろうと容赦なく断罪するべし。
それこそが、クラスターがアリステレスへ本当に伝えたかった言葉だった。
「……この嬢ちゃんを拐ったのもそれが理由だ。お前自身はまだ気付いてねぇかもしれんが、お前は無意識の内に嬢ちゃんのことを自分の家族だと、身内の人間だとは認めていねぇ。だったら、余計な荷物が増える前に消しといた方がお前の為にもなる」
「何だと?私はしっかり少女のことを家族だと認識して……」
「ハッ」
エリィのことを家族だと言い張るアリステレスに、クラスターは鼻で笑った。
「家族って認めてるなら、どうして一度足りとも名前で呼んでやらねぇんだ?どうして一緒に居てやろうとしないんだ?どうして真正面から向き合おうとしないんだ?」
「それは……私があの少女に嫌われているからだ」
「そんなの理由になんかならねぇし、いくら嫌われてるからと言っても家族なら名前ぐらい普通に呼べる筈だぜ?」
「…………」
クラスターに即答され、押し黙るアリステレス。
「お前は嬢ちゃんを自分の家族だと知った。だが、知っただけでまだ嬢ちゃん自身を認めた訳じゃない。なら、赤の他人も同然な今こそが嬢ちゃんを始末するチャンスだ」
ある程度キレて冷静さを取り戻したクラスターは、持っていた剣の切っ先を少し離れた所で倒れているエリィへと向ける。
「さぁ、どうする?俺を倒して嬢ちゃんを救うか、嬢ちゃんが俺に殺されるのをそこで黙って見ているか。どっちでも好きな方を選びな」
そう言って、戦いが始まる前のように不適な笑みを浮かべるクラスター。しかし、その瞳には本気の殺意が宿っていた。
エリィとの距離が僅かに離れているとはいえ、所詮それは数メートル程度。アリステレスやクラスターならば一足で潰せる距離だ。
クラスターを倒すか、エリィを見捨てるか。選択肢は二つに一つ。
「さぁ、どうするか答えてみろよ」
クラスターにそう問われ、アリステレスが出した答えはーーー




