第七話
弟が学校から貰ってきたのか、それとも私が職場で貰ってきたのかは分かりませんが、インフルエンザに罹ってしまいました(´・ω・`)
そのせいで文章がいつもよりもかなり雑になってしまっていたり、更新する速度が遅くなったりするかもしれませんので、毎日投稿を楽しみにしていた方々には申し訳ありません……。
なるべく速く治るように頑張りますので、これからもよろしくお願いします。
朝食を食べ終え、自室で着替えを行うと共にいつもの装備を身に付けた後、アリステレスは直ぐに屋敷を出た。
少女のことはクラスターやマリアを含めた屋敷の使用人達がどうにかするだろうと思い、アリステレスは気兼ねなく街の警備をしようとっていたのだが……。
「……何故貴公らが此処に居る」
「まぁまぁ、そう言うなよ坊っちゃん」
往来で立ち止まったアリステレスの言葉に答えたのは、その直ぐ後ろに立っているクラスターであり、隣にはクラスターの手を握っているエリィの姿があった。
今、街の警備をしているアリステレスの後ろにどうしてクラスターとエリィの二人が居るのかと言えば、それはアリステレスが屋敷を出る時にそのままついて来たからだった。
「嬢ちゃんもこの街に来たばかりで何があるかよく知らねぇだろ?だから、坊っちゃんの仕事を見学しながら街の紹介でもしようと思ってな」
「いや、だからと言って私の仕事を見学する必要はなかろう?」
「いやいや、もしも坊っちゃんに捕まったことを逆恨みした奴が、坊っちゃんじゃなくて妹である嬢ちゃんを狙ったりしたら大変だろ?俺もいい歳したおっさんだし、何人も来られたりしたら嬢ちゃんを守りきれねぇからな。だったら、坊っちゃんの近くに居た方が安全ってもんだ。違うか?」
「…………」
それがクラスターの言い分であり、一概にその可能性はありえないと切り捨てることが出来なかったが為に、アリステレスは仕方なくクラスターとエリィの同行を黙認した。
「沈黙は肯定なり、ってな」
「……あぁ、分かった。貴公らの好きにしろ」
「よし、言質は取ったぜ!」
ガッツポーズを決めながら笑うクラスターに、付き合いきれんとばかりに小さくため息を吐いたアリステレスは無言で移動を始め、二人もその後にぴったりと付いて行く。
自分の仕事を誰かに見られるのは初めてのことであり、顔には出さなかったが少しだけ胸の中で緊張しているアリステレスの後ろで、クラスターは頭を回転させていた。
(さて、この兄妹をどうやって仲良くさせるかな)
クラスターが考えるのは勿論エリィとアリステレスのこと。
アリステレスとエリィの両親とは主従の関係である前に一人の親友であるクラスターにとって、この二人は実の子のマリアと同じように大切な存在だ。
だからこそ、中々素直になれない不器用な妹と、行動を起こすことが出来ない不器用な兄をどうにかして仲良くさせたいと思うのは当然の親心であり、仲良くなる切っ掛けを作れるのは自分しかいないとクラスターは思っていた。
どうやって切っ掛けを作るべきかクラスターが考えている傍らで、エリィはアリステレスのことをじっと見続けていたが、ふとあることに気付く。
(何か……悲しそう)
エリィから僅かに見えるアリステレスの横顔。そこには真剣な表情が浮かべられているのだが、エリィにはそれが何処と無く悲しそうにしているように思えたのだ。
(何で悲しそうにしてるんだろう?)
そのことに疑問を感じていると、不意にエリィ達の前方にあった路地から厳つい男が出てきて、咄嗟に避けれる距離でも無かったせいで一番前を歩いていたアリステレスとその男がぶつかってしまった。
男の方は地面に尻餅をつき、アリステレスは倒れることは無かったものの僅かによろけるだけだった。
「ってぇ……誰だ!ぶつかってきやがった……の……は……」
「すまない。大丈夫か?」
ぶつかられたことに男が怒りを爆発させようとしたが、手を差し向けながら目の前に立っているアリステレスを視界に入れた瞬間、怒りで赤く染まっていた顔はあっという間に病人のように青白くなった。
「す、すみません!!ぶつかってしまったのは俺が悪かったです!だからどうかご容赦を!!」
「え!?」
そしていきなり始まった命乞いにエリィが驚きのあまり声を上げるも、その場に偶然居合わせたドリントの住民達は驚きもせずに「あぁ、またか」と言って去っていく。
どうしていきなり命乞いを始めたのか。どうして誰もこの状況に驚かないのか。エリィには何一つとして分からなかった。
「ぶつかってしまったのは貴公だけの責任では無い。私も些か注意が散漫していたようだ。許せ」
「は、はい!勿論許しますとも!では、俺はこれにて失礼します!!」
男はアリステレスの手を掴むことなく尻尾を巻いて何処かへと走り去っていき、アリステレスはその後ろ姿を数秒見つめた後、周りを一度だけ見渡す。
それにつられてエリィも周りを見渡しーーーどうしてアリステレスが悲しそうに見えたのか分かったような気がした。
(一人ぼっち、なんだ……)
アリステレスを見る人々の目。畏怖や恐怖、羨望や尊敬などの様々な感情を含んだ視線を人々が向けるのは、アリステレスが持っている力だけ。
持っている力ばかりに注目し、誰もアリステレスという個人そのものを見ようとしていない。だから、アリステレスが悲しそうにしているのを誰も気付かない。
自分のことをちゃんと見ていてくれる誰か。それがクラスターなどの極僅かな人間しか居ないという事実が、きっとアリステレスを悲しくさせている理由なのだろう。
(可哀想……)
たった一人で前に歩いていくアリステレスの後ろ姿が何とも寂しく見え、エリィは心の底からそう思った。
「おい、嬢ちゃん。置いてかれるぞ」
「あっ、うん……」
考え事をしていたせいでぼっとしていたエリィの手をクラスターが引っ張り、歩き出したアリステレスの後を二人して無言のまま付いて行く。
数分か、それとも数十分か、どれだけの時間を無言で居たのかは分からないが、二人の内で最初に口を開いたのはエリィだった。
「どうにかしてあげたいな……」
アリステレスのことを可哀想と思い無意識の内に呟いてしまったその言葉は当人に届くことは無かったがーーー
「ん?今何て言った?」
エリィの隣に居たクラスターには、ばっちりと聞かれてしまった。
「べ、別に何も言ってないよ?」
「そうかぁ?俺には確かに嬢ちゃんが何かを言ったような気がしたけどな~?」
無意識の内に呟いてしまった言葉を聞かれてしまったことに若干の恥ずかしさを覚えたエリィが慌てて否定するも、クラスターはニヤニヤと笑いながらエリィを見る。
「ほ、本当に何も言ってないから!?」
「大丈夫大丈夫、分かってるって」
「分かってなーい!!」
歩いていたエリィとクラスターが立ち止まり、突如漫才みたいなやりとりを始めると、それに気が付いたアリステレスはエリィ達の方を振り向いた。
「やけに大きな声を出してどうした?」
「何でもねぇよ。ちょいと嬢ちゃんが小便したくなっただけだ」
「はぁっ!?」
いきなり謂われ無いことを言われ、エリィが驚きの声を上げると同時にアリステレスが困ったような、もしくは気まずいような苦笑を浮かべた。
「むぐっ!?」
「悪い、坊っちゃん。見学の途中だが、ここら辺には便所が無ぇから一回嬢ちゃんの小便を済ませる為に屋敷に戻るわ」
「あぁ、了解した」
エリィが反論しようとした瞬間、クラスターがエリィの口許を後ろから右手で塞ぎ、何も言うことが出来ないままにアリステレスとクラスターは話を勝手に終えてしまった。
「むぐぐっ!!」
「どうどう、落ち着けよ嬢ちゃん」
いつも通り一人での街の警備に戻ったアリステレスがその場から離れた後、口を塞がれているが為にエリィが手足を振り回して無言の抵抗を繰り返していたが、クラスターの一言によって動きを止めることとなった。
「なぁ、嬢ちゃん。坊っちゃんが感じている悲しみを無くす為の方法があるんだが……ちょっくら協力してくれねぇか?」
▼▼▼
日が完全に沈み、大きな満月が天へと昇った頃、私は街の警備を終えて屋敷へと帰ってきていた。
日中は少女とクラスターによって少しばかり緊張し、集中しきれてなかったせいで人にぶつかったりしてしまったが、途中から一人になれたので街の警備のみに集中することが出来た。
今日も無事に一日が終わり、明日の為に早く夜食を取って風呂に入って寝ようと思いながら屋敷の玄関を開けたーーーその時だった。
「た、大変ですアリステレス様!!」
玄関の扉を開けてから直ぐに、酷く慌てた様子で一人のメイドが私に駆け寄ってきた。
その手には一枚の折り畳まれた紙が握られており、それを見た私は何故かとても嫌な予感を感じていた。
「落ち着け。何をそんなに慌てている?」
「こ、これを!とにかくこれの中をご覧ください!」
メイドの必死な様子から何やらただ事では無いことを察した私はメイドから紙を受け取り、中を開く。
そこに書かれていたのはーーー
『お前の妹は預かった。返して欲しくば明朝までに『狩りの森』へ一人で来い』
紛れもない誘拐文だった。




