第四話
少女が我が家に住まうことになった翌日の早朝。私はいつもの日課である剣の鍛練をしていた。
ゴブリンや手強い冒険者と言った架空の敵をイメージしつつ木剣を振り、腕の振り方や足の動かせ方など、一挙手一投足に気を配らせながら身体を動かし、ダメな点があればじっくりと考察してから直す。
如何にして相手より速く相手を斬るか。ただその一点だけを私は求め続けており、少年漫画とかでよくある敵を一撃必殺で倒せる奥義みたいな物は一切求めていない。
何故なら、剣士にとって、強いては刃物を武器として使う者にとって一撃必殺というのは当たり前のことだからだ。
剣で心臓を突き刺せば相手は死ぬ。剣で首を切り落とせば相手は死ぬ。剣で脳を突き刺せば相手は死ぬ。例を挙げるとしたらそんなところだろうか。
相手に向けて剣を振るだけ。たったそれだけのことで相手を殺すことが出来るのだから、態々一撃必殺を狙った奥義だとかは必要無い。
敵と対峙するに当たって一撃の威力より最も大事なこと、それは速さだ。
敵との間合いを如何に速く詰めれるか、剣を振る速度を如何に速く出来るか、重要なのはその二つ。
こちらの間合いに相手を先に入れることが出来ればこちらからの攻撃を先に当てることが可能となり、防御されるか反撃を食らうよりも先に相手を斬り殺せば私は生き残ることが出来るのだ。
防御されるから一撃の威力を、反撃をされるから防ぐ為の技術を必要とすると言うのならば、防御も反撃もさせなければいいというだけのこと。
無論、それがどれだけ安直な考えであるかは理解しているが、私はこれまでその考えをしていたおかげで生き残れてきたのだから、今さら考えを改める気は毛頭無い。
速さこそが最重要。一撃の威力や防御力なんて装備や魔法に任せればどうとでもなるが、速さだけは自分で考え鍛え上げなければならず、だから私は十年以上続けてきた剣の鍛練で愚直なまでに速さだけを求めてきた。
今でも私はコンマ一秒でもいいから速くなれるように考えながら素振りをしているのだが……今日の朝はいつもと違って少しだけ気になることがあった。
「じぃー……」
私が剣の鍛練をしている最中、少女が中庭に植えてある大きな木の陰から頭を出してずっと私の方を見ているのだ。
本人はバレて無いと思っているのかもしれないが、私と同じ銀色の髪が朝日の光に反射しているせいで、木の陰とは言え普通に目立ってしまっていた。
「……………………」
「ッ!」
私が剣を振るのを止めて少女の方へと視線を向ければ、少女は身体をビクッと震わせサッと木の陰へと隠れる。
「……………………」
「ふぅ……」
私がまた剣を振り始めると、少女が木の陰から頭を出して安堵したため息を吐いてから再びじっと私のことを見つめてくる。
(私にどうしろと言うのだ……)
このやりとりはもう既に何度も繰り返されており、私はいい加減そろそろ少女が何の用件があってそんなことをしているのか気になっていた。
(大方、クラスターが何か余計なことでも吹き込んだと思うが……)
後でそのことを本人に確認しようと思いつつ、剣の鍛練を一度止め少女の相手をすることにした。
「そこに隠れてないで、こっちに来たらどうだ?」
「ッ!?」
私が声を掛けてみれば、少女は明らかに驚いた様子を見せたが、直ぐに木の陰に隠れて顔を見せない。
「おい」
「……………………」
再び声を掛けても反応なし。徹底された無視に少しだけ心が傷付いたが、そちらがそのような態度を取るなら、こちらもそれ相応の対応をさせてもらおう。
「ふっ!」
体内にある魔力を活性化させつつ一部の魔力を足の裏に集中させ、前へ踏み出すと同時に魔力を地面に向けて放出する。
風を切り裂くと共に世界が急速に変わっていくが、タイミングを見計らいつつ空中で身体の向きを変えてから再び足の裏から魔力を放出させ、行く先を強引にねじ曲げる。
そして最後にもう一度だけ足の裏から魔力を放出して勢いを殺し、音も無く地面に降り立つと、私の目の前には背中を見せる少女の姿があった。
「捕まえたぞ」
「えっ!?」
ひょいと少女の首根っこを捕まえて猫のように持ち上げると、少女はとても驚いた顔をしてさっきまで私が立っていた所と私を何度も見比べる。
少女からしたら、さっきまで何メートルも離れている所に立っていた人間が一瞬の内に自分の背後に居たというびっくりな現象が起きたように見えたのだろうが、何もこれは驚くべきことでは無い。
私が今さっきやった移動方法。あれは『魔閃』と呼びれており、魔力を使って光のように一瞬で移動することからそう名付けられているらしい。
原理はとても単純で、足の裏に魔力を溜めてから放出するだけであり、簡単に言ってしまえば足の裏にロケットを取り付けて発射させるようなものなのだ。
一番速く移動することが出来て、魔力を持っている者ならば練習次第で直ぐに習得できる移動方法なのだが、実際に使っている者はほとんど居ない。
理由は、単純に危険だからだ。
足の裏から放出する魔力の量を見誤れば最悪足が吹き飛ぶし、限界を越えた速さで動こうとするので空気の壁に生身の身体で何度もぶつかることになり、内蔵やら手足の骨やらが悲惨なことになる。
そんな危険な物を使おうとする者は限りなく少なく、仮に使うとしても魔力で全身を覆う者が大半である。
なら私も魔力で全身を覆っていたのかと言うと、そんな筈が無かった。
魔力を解放してから再び制限が掛かるまで極僅かな時間しか無いのだ。そんなことをしている暇は無い。
そこでどうするか。過去の私が悩みに悩んだ結果、辿り着いた答えは『体内の魔力防御』だった。
それはどういう事かと言うと、体内の魔力を活性化させた後に臓器や筋肉を包むようにして魔力を操作し、どんな衝撃にも耐えられるようにするのだ。
体内から外に向けて魔力を放出することは制限されているが為に出来ないが、体内の魔力を体内で使うのは何も問題が無かった。
これを使って私は『魔閃』で移動したのだが……手や臓器は魔力のおかげで大丈夫だったけれど、足は違った。
この『体内の魔力防御』には欠点があり、防御と放出を同時に行うことは出来ないのだ。
その為、今の私の両足からは鋭い痛みと鈍い痛みが同時に伝わってきており、恐らく骨にひびが入ったのと筋肉の筋を痛めてしまったのが感じ取れた。
もうここ何年と『魔閃』を使ってきたからか、痛みの強さで何の怪我を負ってしまったのかだいたい察することが出来るようになったのだが、正直に言ってこんな特技は別に要らん。
痺れとかただの痛みだけなら直ぐに治るので我慢するのだが、骨にひびが入っていては今日の仕事に差し支えてしまう。
魔力の制限が掛かるよりも先に私は体内の魔力を足へと集中させ、スキャンするように魔力を足全体に浸透させながら傷付いてしまった部分を探る。
そして、損傷した部分を全て見つけてから母に教わった『メディキュア』と呼ばれる回復の魔法を使って傷を治す。
すると、さっきまで痛みを発していた両足から嘘のように痛みが消え、通常通りの足に戻ると同時に魔力の制限が掛かったのを感じた。
医学も何もあったもんじゃ無いと思いつつ、魔力の制限が再び掛かったのを確認した後、持ち上げた少女に話し掛ける。
「さぁ、どうして私を見ていたのか話してもらおうか」
「……………………」
私がそう言っても少女は口を開かず、目も合わせようとしなかった。
「……口もききたくない、か」
どうやら私は相当嫌われているらしい。原因は私にあるのだから自業自得だが、そのことに少しだけ寂しさと悲しみを感じながら少女をそっと降ろす。
「あっ……」
「覗くのは勝手だが、クラスターやマリア達に迷惑を掛けないようにしておけ」
少女が何か言うよりも先にそう告げてからその場を離れる。
井戸で身体の汗を洗い流してから魔法を使って身体と服を乾かし、私は背後から突き刺さる少女の視線を無視しながら木剣を持って自室へと戻った。




