第三話
ストック無しに毎日投稿しようとすると、案外キツいことにようやく気が付いた今日この頃(;・ω・)
クラスターから渡された小さく細長い封筒。少女がずっとスカートの中に入れてた為か妙に温かく湿っているが、中身は無事だと信じて封を切る。
封筒の中身を確認してみれば、入っていたのは丁寧に折り畳まれた二枚の紙だけであり、他には何も入っていない。
この二枚の紙にいったい何が書かれているのか。折り畳まれていた紙の内の一つを封筒から取り出し、少しだけ緊張しながら開けた時、私の目に飛び込んできたのはーーー
『任せた』
汚い文字でデカデカと書かれた一言だけだった。
「ふんっ!」
「ひゃ!?」
イラっとした私が思わず持っていた紙を真っ二つに裂くと、それに驚いた少女が小さな悲鳴を上げた。
あのミミズが這ったような字は間違いなく父の筆跡なのだが、ずっと会っていない息子に宛てた紙に『任せた』という意味不明な一言しか書かないというのはいったいどういう了見なのだろうか。
次に会ったらとりあえず顔面が凹むぐらいの力で一発殴ろうと決心しつつ、もう一枚の紙の方を開く。
そこには先程のふざけた紙と違って綺麗で丁寧な字がびっしりと書かれており、筆跡からして母の物で間違いなかった。
父のことは一旦頭の中から追い出し、母からの紙をゆっくりと読み進めていく内にどうしてこの少女がドリントに来たのか理解した。
まず、この少女は紛れもなく私の妹であり、私に領主を明け渡した翌年に生まれたらしい。
これまでは旅をしながら少女を育てていたのだが、少女が八歳の誕生日を迎えて無事に半人前になったことと、急ぎの用事で危険な場所へ向かわなければならなくなったことが重なり、少女を何処か安全な場所へと避難させることにした。
そして、両親にとって一番安全な場所とは私の所であるらしく、『テレポート』と呼ばれる対象を何処かへと一瞬の内に移動させる魔法を使って少女だけをドリントの街に送った。
私のことを心配するような言葉や、兄として妹である少女のことを任せたという言葉が所々にあるが、内容を要約すればだいたいそんな感じである。
まぁ要するに、これからの少女の世話を押し付けられたのだ。
「……クラスター。マリア」
「おう」
「はい」
思わずため息を吐きそうになるのを我慢して、私は持っていた紙をクラスターとマリアに渡す。
二人は私と同じように紙を読み進めていくと、次第にクラスターは明らかに怒りを抱いた顔を浮かべ、マリアは呆れたかのようにため息を吐いた。
「あのバカ共が……自分らのガキの世話を自分らがしなくてどうするんだ……!!」
「あぁ、全く以て同感だ」
例えどのような事情があったとしても、親が子供の面倒を見なくてどうするというのだ。
しかも、こんな年端もいかない少女をたった一人でドリントに送るなんて、無責任にも程がある。
「母は説教。父はそれに加え一発殴る。異存は?」
「ねぇよ。むしろ俺にも一発殴らせてくれ」
「アリステレス様のお好きなように」
対面に居る少女には聞こえないように小さな声で話し合い、今度両親に会った時に行うことを議決した。
「ねー。三人で何話してるのー?」
私達が話しているのを見て仲間外れにされたと思ったのか、少女はむすっとした表情をしていた。
「すまんすまん、今ちょっくら嬢ちゃんのパパとママのことで話してたんだよ」
「パパとママのこと?」
「あぁ」
さっきのことで完全にクラスターをいい人だと信じきっている少女。もしもここで私が話し掛けようものなら直ぐに不機嫌になることが目に見えているので、ここはクラスターに任せることにして傍観に徹する。
「嬢ちゃんのパパとママはこれから大事なお仕事があるらしいから、しばらく嬢ちゃんを此処に預けたいらしいんだ」
「えっ……」
クラスターの話から、しばらく両親と会うことが出来なくなることを知った少女は、その真ん丸な瞳に大粒の涙を溜めて非常に悲しそうな顔になった。
本気で泣く三秒前とでも言うべきか、流石に不味いと思って少女を慰める為に口を開こうとした瞬間、私よりも先にクラスターが動いた。
「おいおい、そんな悲しそうな顔をすんな」
私の後ろに立っていた筈のクラスターは、いつの間にか少女の前で少女と目線が合うように屈んでおり、その右手を少女の頭に置いて優しく撫でていた。
「嬢ちゃんがいい子で待っていられたら、パパとママが帰ってきた時に物凄いご褒美をくれるらしいぞ?」
「ぐすっ……本当……?」
「あぁ、本当さ。だから、おじさん達と一緒にこの家でパパとママが帰ってくるのを待ってような?」
「…………うん!」
「よし、いい子だ!」
今にも泣きそうになっていた少女の顔が花を咲かせたかのようにパッと笑顔になり、クラスターも優しげに笑いながら痛くないように加減しながら少女の髪をくしゃくしゃとかき混ぜる。
「きゃー♪」と言って楽しそうな悲鳴を上げながら笑う少女と、同じく楽しそうに笑っているクラスターから目を離し、私は後ろに立って居るマリアへと向けた。
「マリア。手の空いているメイド達と一緒に空き部屋の一つを人一人が住めるように準備しておいてくれ」
「かしこまりました」
マリアはそう言って一礼すると、一切の音を立てずに部屋の外へと出ていった。
忍び足でも無いのにどうやったら音を立てずに移動するのか気になることではあるが、今はこちらの方を片付けるとしよう。
「クラスター」
「ん?何だ坊っちゃん」
少女と笑い合っていたクラスターに声を掛け、意識をこちらへと向けさせる。
「料理人達に料理を一人分だけ追加するよう伝えてきてくれ。そのついでに、少女の紹介も頼む」
「はいよ。了解したぜ」
クラスターは一度頷いた後、ソファーに座っていた少女を肩車して「探検しに行くぞ嬢ちゃん!」と言い、少女も少女で「おー!」と楽しそうに腕を振り上げながら部屋の外へと出ていった。
「……これからまた忙しくなるな」
自分以外には誰も居なくなった部屋の中で、ため息の代わりに出た私の呟きは、やけに部屋の中に響いた気がした。
▼▼▼
アリステレスが若干憂鬱な気分になっている一方、部屋の外へと出たクラスターとエリィは厨房へと向かいながら屋敷の中を探検していた。
と言ってもクラスターはあくまでこの屋敷の使用人。何処に何があるかなんて知り尽くしているし、今さら新しい発見をするような物も無いのだが、そこは大人の対応。エリィのテンションに合わせて心底驚いたように演じた。
そんな感じの二人だったのだが、数分歩いた所でクラスターが足を止めた。
「嬢ちゃん、少し頼み事をしてもいいか?」
「うん、いいよ!おじさんは優しいから特別に頼み事を聞いてあげるね!」
「ははっ!そりゃ良かった!」
クラスターは一度だけ笑うと直ぐに真剣な表情になり、肩車していたエリィを床へと下ろすと同時に膝をつき、目線を合わせた。
「なぁ、嬢ちゃん。坊っちゃんのこと……嬢ちゃんの兄貴のことをしっかり見てやってくれねぇか?」
「え?」
いきなり何を言ってるのだろうかと言わんばかりに首を傾げるエリィに、クラスターは苦笑を浮かべる。
「嬢ちゃんの兄貴はな、確かにすげーヤツさ。昔はスライムみたいに弱かったのに今じゃ俺やアイツなんかよりも強くなったし、誰からも敬れるようにもなった」
けどな、とクラスターは言葉を紡ぐ。
「あんなんでも中身は普通のヤツなんだ。何処かの誰かから畏怖や恐怖を向けられる度に一見何とも無さそうにしてるけれど、坊っちゃんだって心は人間だ。傷付きもするし、悲しみもする」
今では『白銀の狼』やら『断罪者』とまで呼ばれるようになったアリステレスを幼少の頃から知っているクラスターにとって、アリステレスはいつまで経っても普通の子供でしかない。
「だからさ、坊っちゃんのことをしっかり見てやって、悪い所だけじゃなくて良い所も一杯見つけてくれ」
「んー……うん!分かった!」
最初は渋い顔をしていたエリィだったが、クラスターの頼みともあって、最終的には首を縦に振った。
「……ありがとな、嬢ちゃん」
穏やかな微笑みを浮かべながらエリィの頭を撫でた後、クラスターは再びエリィを肩車しながら屋敷の探検へと戻った。




