第二話
目の前の少女が挙げた二人の人物の名前。私はその二人のことをよく知っていた。
ディーダ・マクガイアとミーシャ・マクガイア。この二人は紛れもなく私の両親であり、私に領主の仕事を丸投げしてから数年経った今でも連絡一つ寄越さない者達である。
顔を見せに帰ってくるようなことは無く、今何処に居るか全く以て不明。そんな二人の娘だと主張する少女を前にして、私はもう疲れ切った気分になった。
「……それは、本当か?」
「本当だもん!ワタシは嘘なんてつかないんだから!」
頬をリスみたいに膨らませて怒る少女の様子はとても可愛らしいものであるが、今だけはそれで私の心が癒されることは無かった。
恐らくこの少女が言っていることは本当なのだろう。容姿も私……というより母によく似ているし、そもそも銀髪で深紅の瞳をした人物なんてそう居ない。
この少女は間違いなくあの二人の娘であることはほぼ確信を持って言えるのだが……どうにもその事実を認めることが出来ない自分が居た。
考えてもみてほしい。今まで何の音沙汰も無かった両親の娘だと言い張る十歳以上は確実に歳が離れている少女が目の前に現れたとして、果たしてそれを素直に受け入れることが出来る人間が居るのだろうか?
……少なくとも私には無理だということが分かった。
「……パパとママが誰かは分かった。私もその二人のことはよく知っている」
「お兄さん、パパとママのこと知ってるの!?」
「あぁ、勿論だとも」
何せ、実の息子なのだ。育児放棄でもされたならともかく、普通なら知らない訳が無い。
「それで、どうしてパパとママは一緒じゃない?あの二人は今何処で何をしている?」
「ち、近いよお兄さん」
ようやく両親が居る居場所の手掛かりが掴めると思っていた為か、無意識の内に少女へと詰め寄っていたことに気づき、私は直ぐに離れた。
「すまない。だが、教えてくれ。あの二人が何処に居るのかを……」
「……お兄さん、どうしてそんなにパパとママのことを知りたいの?」
私が切に頼むと少女は不審者でも見るかのような目をしながらそう聞いてきて、子が親のことを知りたがるのは当然だからだ、と言おうとして、まだ少女に対して自己紹介をしていなかったことにふと気付く。
少女からして見れば、自称両親の知人である誰かも分からない男が、自分の両親の居場所を知りたがってるのだから、不審者でも見るような目になるのは当然のことだった。
自分がいつもよりも冷静じゃないことを自覚し、一度深呼吸して心を落ち着かせてから、私は名を名乗ることにした。
「……私の名前はアリステレス・マクガイア。このドリントの街を治める現領主であり、君の兄に当たる者だ」
「え……えぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーー!!??」
晴れ渡る青空へと届くぐらい、少女の絶叫が何処までも響き渡った。
▼▼▼
「え、じゃあ、あなたがワタシの兄様!?あ、でも、確かにママに似てる……いや、だけど、ウェ!?」と、話す言語が明らかに可笑しくなるぐらいに困惑した少女を脇に抱え、他の門番達に一言告げてから私は屋敷へと一旦帰ることにした。
これ以上あの場で話すには門を通ろうとする者達に色々と迷惑を掛けてしまうことを危惧したが為に行った行動であり、決して誘拐などでは無いことを断言しておく。
そして、屋敷に連れて帰ってきた少女は現在ーーー
「ふんっ!」
何故かとても怒っており、私と一向に目を合わせようとしなかった。
「……何をそんなに怒っている?」
「ふんだっ!」
さっきから話し掛けてもこの調子であり、どうにも本題へと進むことが出来ない。
今私と少女が居るのは応接室であり、テーブルを挟んで向かい合っているソファーの片側に少女が、もう片方には鎧から私服に着替えた私が座っており、私の後ろにはマリアとクラスターの二人が立っていた。
この二人には既に事情を話してあるので少女が何者なのかは知っているが、私と同じくどうして少女がこんなにも怒っているのかはさすがに知らないらしい。
「おい、坊っちゃん。何をやらかしてあんなに怒らせたんだ?」
「いや、私にも心当たりが無い」
「嘘つけ!」
私とクラスターがヒソヒソと話していると、それを聞き取ったのか少女が声を上げた。
「ワタシに剣を向けたりしたくせに、何も知らないって言うつもり!?」
訂正する。思いっきり心当たりがあった。
「マジかよ坊っちゃん……」
「アリステレス様、それはさすがに……」
クラスターとマリアからドン引きされた目を向けられ、色々と弁明したい気持ちもあるが、私がまだ幼い少女に向けて剣を振るったのは事実なので、何も言い返すことが出来なかった。
「それは災難だったな嬢ちゃん。ほれ、あめ玉やるから機嫌直せって」
「あめ玉!?やったー!!」
同情するかのように少女の側へと近寄り、クラスターが懐から取り出したあめ玉を口に含んで嬉しそうに笑う少女。
「あめ玉は美味しいか?」
「うん!おじちゃんありがとう!」
「はっはっは!お礼をちゃんと言えるなんて偉いぞ~!」
「えへへ♪」
これが年季の違いとでも言うべきか。不機嫌だった少女の機嫌を直し、それに加えたった数秒の内に少女を手懐けたクラスターの手腕は見事なものだった。
「で、お嬢ちゃんはこの街に何しに来たんだ?」
「ママに言われたの。『ドリントに居るエリィのお兄ちゃんにこれを渡して』って」
そう言って少女はスカートの中から一枚の小さな封筒らしき物を取り出した。
「こら、女の子がそんなはしたない真似をするんじゃありません」
「あはは!お姉さん、ママと同じこと言ってる~」
マリアが少女に対して注意するも、少女は特に気にした様子も無い。
「…………クソガキが」
「ん?今何か言ったか?」
「いえ、何も言っておりませんが?」
マリアが何か言ったような気がしたが、気のせいだろうか。
「それはともかく、その封筒をこちらに渡して……」
私がそう言いながら少女の持つ封筒を受け取ろうとしたが、その直前で少女の腕がヒョイと動き、私の手は空を切った。
「……………………」
「……………………」
もう一度封筒を受け取ろうとすると、少女の手が再び動き、私の手は空を切る。
「……何故避ける?」
「ふーんだっ!あんたみたいなヤツには渡さないもんねー」
舌を出して「べーっ!」と煽る少女。それを見て固まる私。笑いを堪えきれず吹き出したクラスター。絶対零度の眼差しで少女を見つめるマリア。
中々にカオスな空間が出来上がった中、一番最初に平静を取り戻したのはクラスターだった。
「おいおい、それは不味いぜ嬢ちゃん。もしもそれを坊っちゃんに渡さなかったら、優しいママが怒って怖~いママに変身しちまうぜ?」
「あっ!?」
子供にとって一番嫌なことは母親に怒られること。それは目の前の少女とて同じだったようで、気付いた瞬間あわあわと慌て始めた。
「ど、どうしよう……」
封筒と私を見比べては嫌そうに首を横に振る少女。
……そんなに嫌がれては流石に心が痛いのだが。
「よし、嬢ちゃん。ここは一つ皆が幸せになれるような方法を取るとしよう」
「皆が幸せに……?」
「あぁ」
そんな少女を見かねてか、はたまた充分楽しんだからか、クラスターは優しく少女の肩に手を置いた。
「まず、嬢ちゃんがその封筒を俺に渡す。次に俺が受け取った封筒を坊っちゃんに渡せば、封筒はちゃんと坊っちゃんに渡ったことになるから嬢ちゃんのママも怒らないし、嬢ちゃんも怒られない。そして、俺達は封筒の中身を確認出来るから皆が幸せになるって訳だ。理解したか?」
「ん?ん~……うん!分かった!」
クラスターの話はよく分からなかったようだが、とりあえずそうすれば母に怒られないというのは理解したのだろう。
慌てた様子から一変、唐突に笑顔になった少女はクラスターへと封筒を渡し、そのままクラスターが私に封筒を渡す。
「どうよ」
私に封筒を渡す間際、素晴らしいドヤ顔を私とマリアに見せるクラスターを見て、私は詐欺の現場を見たような気分になった。




