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(5)

「ふふふ」


 部屋に帰ると不敵に笑うベタ子が出迎えた。


「なんだよ、気味悪いな」


 ベタ子を素通りしてスーツを脱ぎ捨てていく。


「ああ! もうだから脱ぐときは事前に言って下さいって!」

「いい加減慣れろよこれくらい。で、さっきの気持ち悪い笑いはなんだよ」

「気持ち悪いって言わないで下さいよ。いや、見えたんですよ」

「何が?」

「私の目的を果たす光が」

「まわりくどい言い方すんなよ。それって……」


 俺の言葉は途中で止まった。目的を果たす光。つまりそれは――。

 ベタ子の顔には笑顔が浮かんでいる。


「お前まさか、見つけたのか?」

「はい」


 つまりそれは、未練を晴らす何かを彼女は掴んだのだ。


「良かったじゃねえか」


 自然と漏れた言葉だった。

 唐突に現れて俺の生活に当たり前のように入り込んだ存在は、人間臭くてもどこまで行っても幽霊だ。よくは分からないが、幽霊がいるべき場所はここではないだろうし、彼女には彼女の本来いるべき場所があるはずだ。

 何かを成せなかったのか、思い残す事があったのか、いずれにせよこの世に留まる事になった彼女にだって帰るべき場所があるのだ。だったらそれは、良い事のはずだ。


「で、どうしたらいいんだ?」


 尋ねながら俺は冷蔵庫で冷えたビールを取り出しプルダブを開ける。プシュッと小気味の良い音が耳を幸せにする。


「みなとさんに頑張ってもらいます」

「は?」


 口につけかけた缶ビールが寸での所で止まる。


「どういう事?」

「ユウキ先輩と付き合いましょう」

「はあ!?」


 突然放たれた衝撃的な言葉は俺をよろめかせた。

 何故こいつはユウキ先輩を知っているのか。しかも付き合えだと。

 

「な、なんでお前っ……お前、まさか!」

「後、つけちゃいました」

「はあああああああああああん!?」


 どんっとその時隣から壁を叩く音が聞こえた。しまった。少々声が大きすぎた。


「つけたって、お前……」

「だって暇ですから」

「暇だからって……」

「みなとさん、あの人事好きなんでしょ?」

「やめろやめろやめろ!」

「でもそれが重要なんです。みなとさん、もしあの人と付き合えたら、幸せって思うでしょ?」

「ん……まあ、そうだな」


 そこまで来て、ベタ子の言わんとしている事を俺は理解した。


「……それでお前も幸せになれるってか」

「そういう事です」

「なんだよそれ……。これじゃ本当に頑張るの俺じゃねえかよ」

「でも、そうなれたら幸せじゃないですか。お互いにデメリット何もないですよ、これ」

「……なんかお前の為に頑張るみたいな感じでやだ」

「まあまあ、そう言わずに」


 まさかこんな事になるとは思ってなかった。双方にデメリットはない。確かにそうだが、それは俺がユウキ先輩への告白に成功した場合の話だ。しくじればかなり不幸な事になる。  

 同じ社内に自分が告白し、そしてフった人間がいる。かなり厳しい環境だ。加えてそんな面白い状況は必ず、いずれどこかから漏れ出る。そうなればおしまいだ。


「ずっとこのまま、片想いで終わらすんですか?」


 ベタ子の言葉がぐさっと刺さる。

 そうだ。今までは一人だった。そしてユウキ先輩への想いを誰かに相談した事もない。俺の片想いが、噂として回ってしまう事自体を恐れたからだ。だからずっと、押し殺してきた気持ちだった。

でも本当はどこかで、誰かに背中を押して欲しかったのかもしれない。ベタ子の言葉はとても素直で、俺の片想いを終わらせるには十分な威力を持っていた。


 ――そうだよな。


 玉砕覚悟。駄目なら駄目で仕方がない。でも誰かが言っていた。

 しない後悔より、する後悔を選べ。

 このままじっとしていれば、いずれ先輩は誰かにとられる。そんな事は明白だ。逆に、今までそうなっていない事がむしろ奇跡的なのだ。そう思った瞬間、俺の心は焦り始めた。


「頑張って、幸せになりましょ」


 ベタ子はそう言ってにこっと笑った。

 俺は静かに頷き返した。


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