勧進帳
「ここで関銭を払って頂けましたら、
次の関所までわたくしどもが責任を持って警護にあたらせて頂きます。
関銭は別に義務ではありません。
あくまで皆様がたのお気持ち次第でありまして
払わなかったからと言いまして関所を通さない。
などと言いました嫌がらせはけっして致しません。
ただし。
もし払わなかったとしました場合、
その払わなかったかたの道中を先回りさせて頂きまして
わたくしども関守が
あなたの身ぐるみを剥ぎに御伺いする所存にございます。
関銭を払いますか?払いませんか?」
安宅の関の関守。富樫泰家は、関所の維持・管理費用を捻出すべく
今日も朝から夜まで働き続けるのでありました。
そんな富樫のもとに鎌倉の頼朝より一通の便りが届くのでありました。
『今後。1万5千の兵を率い安宅の関にやってくるは、
朝敵。金吾・秀秋である。けっして通してはならぬ。』
この便りを読んだ富樫は、こう呟くのでありました。
「……無理です。」
「私はあくまで私よりも武力に劣る一般の通行人に対しての番人でありまして
正規の軍隊。それも1万5千モノ。
しかもよりによってその相手が西国で我々の知らぬ方法を用い、
一瞬にして平家を葬り去った金吾・秀秋。
そんな得体の知れぬ輩どもを押し留めるなど
たとえ鎌倉殿の命でありましても不可能であります。」
弱気な姿勢を見せる富樫に対し、
再三再四、叱咤激励を試みる頼朝でありましたが
富樫が頑迷なのか。賢明なのか。
交渉が暗礁に乗り上げる中、
頼朝の脳裏に過ったモノ。
(……金吾は北陸を経由して何処へ向かうのか?)
(……鎌倉を狙うのであれば最短ルートの東海道を通るであろうし、
木曽に金吾の地盤は無い。
……となると金吾の行先は、彼が育った奥州・平泉。
奥州はかつて我が祖先。八幡太郎義家公が欲するも叶わなかった地。
そこに朝敵である金吾が迷い込むとなれば……)
頼朝は富樫に対し、金吾・秀秋が安宅の関にやって来ても抵抗せず。
そのまま通過させるよう命ずるのでありました。
そんな折。加賀の国。安宅の関にやって来たのが金吾・秀秋率いる1万5千の小早川軍。
朝敵となっていることも知らぬ金吾は、普通に関所の通過を試み。
自前の軍もあるため、特に護衛を必要とはしていないけれども
源氏がたの富樫が管理していることもある手前。
関銭を払おうと富樫のモトを尋ねるも
「お気持ちだけで結構にございます。」
と丁重に断られ、
……ならば。
と無事。関所を通過する金吾・秀秋とその一行の中。
独り不満に思っていたのが弁慶役の稲葉正成。
日頃から主君とは言え。若輩である金吾・秀秋より軽口を叩かれていたことに対し、
我慢に我慢を重ねて来たのも
安宅の関で身元を疑われた義経役の金吾・秀秋を
合法的にフルボッコすることが出来るから。
でありまして、
ここで富樫が止めてくれないと……。
と手ぐすねを引いて待っていたにも関わらず。
正成は弁慶でありますので
彼が次に登場するのは衣川館で立ち往生。
(我が軍。強いと思っているかもしれないけど、
実は今。火薬を持って居ないから
正直な話。弱いよ。)
と身振りでメッセージを送るも届かず。
これでは割に合わぬと納得のいかない表情を浮かべる正成に対し、
「行くよ。」
と金吾が一言。
何事も無く金吾・秀秋とその一行は奥州へと歩を進めるのでありました。