使命と生きる実感
夜の砂漠を行くトレーラーは今度は南ではなく北へ向かっていた。
ヴィンスだけでなくベル達も一緒であってヴィンス含めた四人で旅を続け、トレーラーは先の道を行っていた。
ただレベッカはまだコンテナの中で一人になっていて、それを近くで見守るようにセリカもコンテナに居る。
運転席には出てきておらず、ベルとヴィンスしか席に座っていない。
どうやらレベッカはまだ妹の事を忘れる事ができず、ヴィンスを引き止める事はできても自分の元気を出せる訳ではないらしかった。
それどころかレベッカはまだヴィンスの事を怒っていた。
仲間としてトレーラーに残る事を認めてくれた彼女だったが、それとこれとでは別件らしく、あの後ヴィンスは「でも妹の事を忘れた訳ではないわ」などと言われてしまったのである。
これにはあまり細かい事を気にしないヴィンスも参らずにはいられなかった。
一人で旅していた方がずっと気楽だったかもしれないと後悔し始めていて、彼女が側にいなくても落ち着いた気がしないままだった。
「ヴィンス、俺達は北にある町に戻ろうとしているが、お前はこれからどうするつもりなんだ? 人工のオゾン層……確かオゾンシールドとか言うものを展開しに行くのか?」
「そうだ。それは今でも変わらない。そのオゾンシールドが展開できれば、今は紫外線が強くて植物が育たなくても、紫外線を防げるようになって緑を増やせるようになるんだ。昔みたいに太陽の光を浴びられるようにもなるんだぜ?」
ベルはハンドルを握りながら「そうか。それは有り難い事だ」と答える。
「ヴィンスは本当にそれでいいのか?」
「どういう意味だ?」
「確かにオゾンシールドを張れば世界が元通りになって平和にする事ができるかもしれない。でもそれは命を賭けなきゃ果たせない事なんだろう? その使命をヴィンスが背負う必要はない。それを敢えて背負ってもいいのかと訊いたんだ」
ベルは使命を果たす理由の事を更に奥深くまで尋ねていた。
後世の多くの人々が救われるかもしれないがヴィンス自身が犠牲になるかもしれない。
その使命を果たす義務などないのだから、別の生き方も選べるはずだとベルは言いたいのだろう。
ヴィンスは悩んだ後、思い出したようにこう言った。
「ベル、こんな話を知ってるか?」
「どんな話だ?」
「あるところに働き者の男がいた。妻に飯を食わせて子供を育て、自分一人の時間など取らずに役割を果たしていた。自分だけでなく家族を守るために汗を掻き、上司に頭を下げていたんだ。そんな生活を長い間続けた末、子供は自立して退職する時期がやってきた。久しぶりに自分一人の時間が取れてゆっくり過ごしていた時、男の妻が言った。今までありがとう。あなたは立派に役目を果たしたわ、と」
ベルは「良い話じゃないか」とはにかんだ。
ヴィンスの話はベルにとって別の世界の話に聞こえていたが、長い苦労がようやく報われた話だという事はわかった。
「男は涙して喜んだ。今まで働いてきてよかったと妻に告げた。ところが男は次の日、首を吊って死んでしまったんだ」
「……」
ベルは途端に男の心情が読めなくなって言葉を失った。
どうして男が死んだのかわからなくて黙り込んでしまう。ヴィンスは話を続ける。
「男は使命を果たして喜んでいたのは変わりない。でも使命を終える事、それは同時に死ぬ事でもあると考えていたんた。使命がない時は最早死んでいるも同然という事なのさ」
「わかりそうでわからない考えだな。それで、お前もその男と同じだと?」
「同じだとまでは言わないさ。でも確かに使命を見付けられず堕落していく様は死んでるみたいだと思うよ。何もない空間をふわふわ浮かんでいるみたいに思えてさ」
ヴィンスは荷物の中から水筒を取り出して水を飲む。
冷たい水は渇いた口内を潤し、喉を通って胃に落ちていく。
「だから俺は使命感が持ち続けていたいんだ。その感覚が強ければ強いほどいい。きっとそれが生きている実感に繋がると思うんだよ」
「なるほどな、それがお前の生き方で性分だって訳だ。そういう生き方は格好が付くが、実際はどうなんだ?」
「きっと他人よりも疲れるんだろうな。夢にすがって生きてる時の方がずっと楽に違いない」
「ああ、違いねえ」
ベルが答えるとヴィンスは吹き出して笑った。
ベルも笑い始めて声は段々と大きくなり、二人して笑い合う。
夜の砂漠を走っていた車の暗い運転席は、互いを揶揄した笑いで少しばかり明るくなった。
笑い終えたヴィンスはゆっくりと一息吐いてから話を切り出す。
「ベル。一つだけ寄り道してほしいところがあるんだ」
「どこへだ?」
「俺が眠っていた場所さ。コールドスリープされていた場所にオゾンシールドを張る施設の情報と、俺の力についての情報も残っているかもしれない。このオキシゲンナーに力を託した奴がきっと情報を残しているはずなんだ」
「わかった。セリカが記録しているはずだから案内してもらおう。コンテナから呼んできてくれ」
ハンドルを放せないベルは手の空いているヴィンスに頼む。
セリカを呼ぶためすぐにコンテナへと歩いていった。
いつものようにコンテナの小さい扉から中へ入る。
相変わらずコンテナは荷物が多く、一人ずつしか通れないほど狭い。
電気ランタンの光もあまり行き届いておらず薄暗い。
しかしセリカは入口の近くに立っていたのですぐに見付けられた。
普段と変わらず砂漠に似つかわしくない暑苦しそうな服を着ている。
「セリカ。俺がコールドスリープされていた場所を記録しているか?」
「はい。方角はわかっているので他必要事項を教えてくだされば予測地点を割り出せます」
「宇宙衛星がなくてもセリカは優秀だな。運転席でその場所を案内してくれ」
「わかりました」
セリカを連れてヴィンスはコンテナを出る。
奥で寝ているレベッカのためにあまり騒がしくしないように去ろうとしていたが、先を歩いていたセリカが立ち止まった。
「どうしたセリカ。何かあるのか?」
「はい。レベッカさんにコーヒーを淹れるように言われていたのを忘れていました。私はベルさんに道を案内するのでヴィンスさんはコーヒーを持っていってくださいませんか?」
「そうだったのか。わかった、それじゃあ道案内は頼む」
淡々と用事を引き受けたヴィンスだったが、よく考えると、アンドロイドに用事を頼まれるのは妙な事だ
と気付いた。
自分の記憶にあるアンドロイドなら、新たな用事ができても元の用件を済ませてからそれに取り掛かるはず。
いや、もしかするとセリカは自分をレベッカと話させるためにコーヒーを運ばせようとしているのではないかとヴィンスは考えたが、すぐに「考えすぎか」と呟いて自嘲気味に笑った。
ステンレスのカップに淹れた不格好なコーヒーを持って狭い道を歩く。
眠るスペースまで溢さないように歩くと、レベッカは出発前と同じようにシュラフでうつ伏せになって両腕を枕にしていた。
数時間前と同じ姿だが、またこうしてレベッカと話をするとはヴィンスも予想していなかったに違いない。
「コーヒー持ってきた」
ヴィンスが言うとレベッカは起きて「そこに置いておいて」とだけ答える。
言われた通り荷物の上に置いてすぐにでも運転席に戻ろうとするヴィンスだったが、旅の途中で寄り道するようになったと伝えなければならない事を思い出した。
「北へ向かう途中で寄り道をする事になった。俺がコールドスリープされていた場所だ」
顔を両腕に埋め直していた彼女は再び顔を上げて「どうして」と訊く。
「俺が目指している場所の情報を得るためだ。レベッカ達には付き合せてしまう事になるが、外で待っていてくれるだけで構わない。俺にとってはしなくてはならない事なんだ」
彼女は少しばかり考えた後に、呆気なく「わかった」とだけ答えてまた顔を伏せてしまう。
何か尋ねられたりするだろうと考えていたヴィンスが拍子抜けしてしまう反応だった。
妹の事で心を傷めているので些細な事など興味もないのかもしれないと考えるヴィンスだったが、そうなると以前から疑問に思っていた事が頭に思い浮かんできた。
いつか話を聞いてみたいと思いつつもデリケートなことでなかなか尋ねづらかったことである。
「なあ……レベッカの妹ってどんな人だったんだ?」
妹の夢から覚まさせた自分が妹の事を尋ねてもいいのかとヴィンスは不安になりながら口にした。
また再び顔を上げたレベッカはヴィンスの表情からそれを読み取る。
軽率に尋ねているのではない事を理解して、それからようやく質問に答える事にした。
「別に……どこにでもいる普通の女の子よ。マイペースにのんびりしてて優しいけど、刺激的な事には平気で首を突っ込む人だった」
レベッカはシュラフから起きて、コンテナの荷物に座ったまま腰掛ける。
ヴィンスが持ってきたコーヒーを手に取って、それを肩膝で支えた。
「でも妹は私の家族だったの。私達は双子だったから生まれた時からずっと一緒にいた。たくさん思い出もあるのよ」
ヴィンスは「双子……」とレベッカの言葉を反芻する。
「ワープゲート事故の後遺症に堪えながら母に産み落とされた私達だったけど、その後すぐに母は死んでしまったし父親は行方不明だし、はっきりと家族だってわかるのは妹しか残っていなかった。だから妹がブルーレイクを探しに旅立つと言い始めた時は反対したんだけど、妹は勝手に街を出て……」
そこまで言ってレベッカは目線をヴィンスから逸らした。
顔を見られないように向こう側を向いているが、見えている口元は固く閉じられていて震えている。
しかしやがて感情を隠しきれなくなって、歯を食い縛りながら手の甲で顔を隠してしまった。
体が小刻みに震え、鼻をすすっている。
それを見てヴィンスはゆっくりと腕を伸ばしてレベッカの頭を胸に抱き寄せた。
片手で彼女の手を握り、肩に腕を回す。
「我慢するな。辛いなら泣いていい」
「夢から覚まさせたのはあんたじゃない」
「そうだな。俺が悪い」
「軽々しく言うな」
震えて抑えが利かなくなった声で反発するレベッカをヴィンスは全て受け止める。
早く辛い事を忘れて元気になってほしいという気持ちは襲撃した時も望んでいたし、今もそれが変わる事はない。
どうにかブルーレイクや妹などの夢と思い出でなく現実を生きてほしいと、彼女を胸に抱き寄せながらヴィンスは願うのだった。
ヴィンスの話はフィクションですが、働き詰めのサラリーマンが長い休みを取ったらそのショックで死んでしまったという話は実際に聞いた事があります。
ワーカーホリックという言葉もありますからね、恐ろしいものです。
今回は会話シーンばかりでしたが次回はもう少し動きあるシーンになる予定です。
因みに伏線も張ってたりします。何の伏線かまでは言いませんが。