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酸素じかけの境界層  作者: 堀河竜
第一章 砂漠、ブルーレイクの夢
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新たな絆


レベッカは次の日になっても昨日と同じ様子だった。

コンテナで一人になったままで誰にも会おうとはしない。

起きて運転席や外に出ようとせずに、ただコンテナの隅で横になったまま時間を過ごしているのである。


ただ、ヴィンスの甲斐あってブルーレイク……妹の夢からは覚めている。

今はその悲しみを受け止めきれずに時間が必要なだけで、しばらくは一人にしておくか、心配なら労う事も必要なのだろう。


しかしヴィンスは自分が労える立場ではないと考えていた。

仮にヴィンス自身がレベッカを気遣って気の利いた風な言葉を掛けたとする。

今回の出来事で発端となった張本人から言われた言葉など、何の気休めにもならない軽薄過ぎるものになるに違いない。

それどころか逆に彼女を怒らせてしまう事もヴィンスにとって想像は難くなかった。

夢から覚めさせるためにやった事とはいえ、ヴィンスは憎まれても仕方がない事をしたのだ。


勿論その覚悟で襲撃していたし、ブルーレイクの幻ではなく現実を受け入れさせられるなら仕方がない。

何よりレベッカ達が餓死する運命を変えられるならヴィンスにとって本望だった。

それは喜ばしい事であったが、一緒に旅をできる関係ではなくなってしまったはずだった。

これからレベッカ達が北へ引き返し、同じ方角を目指すと言っても同行を願うなど虫がいい事だった。


それならば早々にこのトレーラーからも離れなければならないだろう。

太陽が上ってきてしまったから仕方なく日中は車内で過ごしてしまったが、本当ならすぐにでもこの場所を離れて一人で旅立たなければいけない。

夜が再びやってきたのなら最後に挨拶を残して旅立とうとヴィンスは考えていた。


「ベル。傷の具合はどうだ?」


運転席で休息を取っていたベルはあまり眠れなかったようで、頭を掻きながら答える。


「お陰様で背中が痛むかな。車から落ちた時の怪我が響いてる」


ベルの皮肉めいた言葉にヴィンスは苦笑する。

こうして車で過ごさせてくれたものの、やはり恨みを売ってしまったかもしれないと気が気でない。


「悪いなベル。でもあのまま夢を見させていたらきっと酸素玉が足りなくなって死んでいたかもしれない。俺にはそれを知らない振りしたまま北を目指す事なんてできなかったんだ」

「そんな事わかってる。だからこう見えても俺は感謝しているんだ。お前にとっては意外かもしれないが、助けてもらったと思ってるんだ」


その言葉はヴィンスにとって本当に有り難い言葉だった。

三人の誰からも信用を失くし憎まれてさえいると思っていたのだから、安心するよりも先に驚きや感謝の念に包まれる。


思えばベルは元からブルーレイクの事を疑っていた。

疑っていたものの、やはりベルもレベッカと同じく家族を死んでいるものと認めたくないが為に気付かないようにしていた。

夢から覚める機会を探し続けるようにこの砂漠を旅し続けて、ようやく見付けたのだ。


そう考えるとヴィンスにとっても楽だったが、すぐにレベッカの事を思い出した。

彼女がすぐ後のコンテナで一人落ち込んでいる事を考えながら答える。


「ベルがそう思ってくれてもレベッカはきっとそう思ってくれない。きっと今も俺の事を、余計な事をしてくれる迷惑なお節介ヤローだとか思ってるはずだ」

「それはどうだろうな。聞いてみないとわからないが」


ベルにフォローを入れてもらって有り難いがレベッカの気持ちが変わった訳ではない。

気休めにしかならない事は誰でもわかる言葉だ。

ヴィンスは自分の考えを述べる。


「俺は三人から憎まれる覚悟で襲撃したんだ。なのに誰からも憎まれない結果なんて有り得ない。ブルーレイクの夢から目覚めさせられれば俺はどう思われてもいいと考えていたし、もうこの三人と一緒に旅する事なんでできないとも思っていたんだ」

「……だから、お前はこのトレーラーを離れて一人で北を目指すつもりなのか?」


ベルの冷静かつ心情を見透かした言葉にヴィンスは述べるべき言葉をなくす。

説明する手間が省けたヴィンスが「そうだ」とだけ返答すると、ベルは神妙な顔で目を伏せる。

まるで別れを惜しむかのように寂しげな表情だった。

昨日、襲撃する以前と同じ、はにかみながらも悲しげな様子だった。


まだ自分を仲間と思っている事が嬉しく、心持ちが少しでも良くなった事を実感していると、ヴィンスはベルに尋ねられた。


「ヴィンス、一つどうしても聞きたい事がある」

「なんだ、ベル」

「俺達をここまでして助けようとした理由が何かあるんじゃないのか? それを教えてくれ」


なんだ、気付いていたのかとヴィンスは思わず嘆息する。

豪快な性格をしていそうな見かけに寄らず鋭い視野があるのだなと感心する。

人は見かけに寄らないとはよく言ったものだろう。


とはいえ、その質問にはあまり答えたくなかったのでヴィンスは返答に渋った。

このまま誰も気付かなければ口に出す事なく旅に出ようと思っていたくらいに答えたくなかった事だったのだ。


しかしどうせ今日はこのトレーラーから離れるつもりなのだからベル一人ぐらいになら明かしてしまってもいいかもしれない。

それにどうしてもと言わんばかりの脈絡に、ヴィンスは話してしまう事に決めた。


「確かにここまでするには理由があったよ。俺をコールドスリープから目覚めさせてくれたり、酸素玉やバイクを分けてくれたりしたが、それだけが理由じゃあない」

「確かに。それで?」


少し言い留まるがヴィンスは観念して告げる。


「レベッカが昔の恋人とダブるんだよ。長い眠りに付く前の恋人にな」


ヴィンスが言うとベルは意外そうな表情を見せた後に「へえ」と言葉を漏らしてにやにやと笑みを浮かべた。

意外な理由だったかもしれないがからかわれるヴィンスにとっては居心地が悪くなる反応である。

やはり話すべきではなかったのかもしれないと後悔せざるを得ない表情と態度だった。


「少しレベッカの様子を見て、それからすぐに出発する」

 そう言ってヴィンスは運転席を立つ事にした。それは、あまり動揺を見せないヴィンスの照れ隠しだったのか、それともただの不満だったのかはわからない。いずれにせよそのヴィンスの意外な一面を知ったベルの表情は、彼が去ってもしばらく変わらいままだった。



レベッカのいるコンテナにやってきたヴィンスだったが彼女と話すのはあまり気が進まなかった。

レベッカにとっては自分と話もしたくないと思っているだろうし、何か言う前に追い返されてしまうかもしれないとヴィンスは考える。

それでも別れを告げる最後の機会なのだから、言葉を一言だけ残していこうと思っていた。


「おはようございます、ヴィンセント」

「おはようセリカ」


コンテナにいたセリカと挨拶を交わす。


「もしかして、この車から離れるつもりなのですか?」

「そうだよ。もう一緒にいられるような関係じゃないと思うんだ」

「そうでしょうか。私はそう思いませんが」


アンドロイドなのに人間らしい事を言うのだなと感心しながらヴィンスは「ありがとう」と答える。

それからレベッカの寝ているところまで歩を進める。


「レベッカ、起きてるか?」


見るとレベッカはうつ伏せになってシュラフに寝ていた。

両腕を枕にしていて、シュラフから彼女の肩とインナーの黒いストラップが見えている。

その女性らしい姿を気にしないようにしながらヴィンスが確認すると、彼女は眠ってはいないようだった。

ただ悲しみに塞ぎ込んでいるだけで、言葉を掛けるとちゃんと顔をヴィンスに向ける。

挨拶はなかったが、赤くなった弱々しい目で彼をじっと見詰めている。


「今度こそ、ここから出ていくよ」


ヴィンスの言葉にレベッカは目線を落とす。

声音もわからないような小さい声でようやく「どうして?」と尋ねる。


「俺にはもうレベッカ達と旅を続けられる権利がないと思うからだよ。俺はレベッカから憎まれても恨まれても仕方がないような事をやったんだ。その覚悟の上でブルーレイクの夢から覚まさせて救おうと思ってたんだから、もう一緒に旅を続けられるとも思っていないし元の関係に戻れるとも思ってない。今はレベッカ達が何にも取り付かれずに笑って生きていけるようになるのを望むだけだ」


ヴィンスの答えにレベッカは何も答えない。

相変わらず腕を枕にしていて目線も動かない。

自分の言葉を聞いてどう思っているのかヴィンスは推測できず、不安にも似た感情が彼の心を満たす。

このような気持ちを抱くのは久しぶりであり、目覚めてからようやく初めてヴィンスの表情が曇った。


いっその事、彼女にどう考えるか尋ねてみたくなったが、気にする必要がないと紛らわせて彼女の前から去る事にする。

最後なのだからもう少しくらい何かしらの反応を見せてほしかったのだが、こう落ち込んだまま黙っているとなると、すぐに発たざるを得なくなってしまった。


「それじゃあ行くよ。本当にこれでさよならだ」


挨拶をして去っていくヴィンスはようやく気持ちを振り切る想いでその場を後にした。

レベッカは心の中で複雑に絡み合った感情を整理するだけで余裕がなく、その背中を見詰めている事しかまだできなかった。



彼女に別れの挨拶を済ませたヴィンスはトレーラーの外に出た。

停めていたバイクに荷物を載せて跨る。

金属の車体にはまだ太陽の温かさ残っていて、ハンドルからほんのりと熱が伝わってくる。


「もう行くのか」


ヴィンスの出発を見受けたベルが言った。

誰にも見送られずにそのまま発とうとしていたが、ヴィンスの事を仲間らしく見送ってくれるらしい。


「レベッカにも挨拶したし、もう行くよ。でもよく考えれば同じ方角を目指す訳だからまたどこかで会うかもしれないな」

「言われてみればそうだな。敵に襲われた時はお互いに助け合おう」

「偶然その時に会えればそれもいいかもな」


ベルとの別れの挨拶も済ませて、いよいよ別れる時が来た。

スイッチを押して電動エンジンを起動させる。

昨日はまだ本当に別れるつもりではなかったが、今回は嘘でない。

本当にトレーラーの三人と別れるつもりなのでヴィンスの心には名残惜しさがあった。

まだこの三人と旅をしていたかったし、あまり認めたくはないが心には寂しさがある。

無理だとわかっていたができれば別れたくなかった。


その辛さを振り切ってヴィンスは言う。


「それじゃあな、ベル」

「またな、ヴィンセント」


前を向いて砂漠の水平線を見る。

荒野の赤い岩山に向かって、バイクのアクセルを捻ろうとしたその時、突然背後から大きな声が響いた。


「ヴィンセント! 待って!」


誰に呼ばれたかと思って振り返ると、寝ていたはずのレベッカがそこに立っていた。

さっきは落ち込んでまともに話もする事ができなかったのに、今は以前のように生気が元に戻っている。

それでもやはり目は赤く涙の痕も残っているのだが、何かすべき事を見付けたようで、今は体に意志が戻っていた。


「どうしたんだレベッカ。妹の事はもういいのか?」


インナーを隠しただけのトップスボトムスの格好で、赤い髪も結ばれていないレベッカにヴィンスが尋ねる。

妹の事を口にすると彼女はまた昨日の事を思い出したのか、きっと鋭い目付きを彼に向けた。

やはりまだヴィンスの事を憎んでいるのかもしれない。

レベッカはその質問には返答しなかったがそれでも答えは明白だった。


レベッカが話を始める。


「あなたはずるいわ……ここまで私を悲しませておいて用が済んだらさっさと居なくなるなんて、あまりにも一方的で意地が悪いわよ……」

「ずるいも何も、レベッカが俺を憎んでいるんなら一緒に旅なんてできるはずないだろう? レベッカだって俺が離れるのを望んでるはずだ」

「私がいつそんな事を言ったのよ。何でもかんでも一方的に決め付けて勝手な事をしないで」


彼女の言葉にヴィンスは訴える言葉を失った。

確かにブルーレイクの夢から覚める事もトレーラーから離れる事も今までヴィンス一人で決めていたし、三人の気持ちは全く考えられていなかった。

ブルーレイクの件はともかく、一人旅立つ事は自意識過剰なところがあったのかもしれない。


「やりたい事だけやって自分の気だけが済んだらさよならだなんて、逃げるのと同じで卑怯よ。それならこれからも私達と一緒にいて旅を続けなさい。同じ方角を目指すなら尚更そうよ」

「いやしかし――」


何か反論しようとして言いかけたが、ヴィンスは自分の中に言う事が何もない事に気付いた。

ベルもセリカもこのトレーラーに残ってもいいと言っていて、レベッカさえもそれを認めてくれている。

一番反対すると思っていた彼女でさえも残れと言うのだから、もうこれから一人旅立つ必要はない。

「それにね、ヴィンス」と彼女は続ける。


「私はあなたの事を怒ってはいるかもしれないけど、不思議と憎くはないの。今でもブルーレイクの事はお節介だと思うし、私も複雑な気持ちでよくわからないけど、何故だか恨ましく思えないのよ」


自らの心情に困惑した彼女の表情に、ヴィンスはふっと笑みを浮かべる。

自分の事を憎んではいなくて、ベルだけではなく彼女も仲間と思ってくれている事がヴィンスにとって嬉しかったのだ。


「だから私達から離れるなんて言わないでこれからも一緒に旅しなさい。もしヴィンスに負い目があるならそれが責任よ」

「……わかったよ、レベッカ」


彼女に説得されて旅立つ理由がなくなったヴィンスは納得してそう答えた。

争いによって一度は敵対関係になってしまった四人だったが、今はその以前よりも絆が強くなっているようだった。


急展開のフォローをする回だったので文字数が多くなりました。

何か間違えばヴィンスが誰にも共感されない悪者になりかねなかったので慎重に書いたつもりです。

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