フンベルクの猛攻
「ようやく追い付いたぞヴィンス」
「フンベルク、どうしてここに?!」
「俺の部下がお前らの飛行機に追跡装置を着けた。それを頼りに俺はたった一人車を飛ばし、太陽の光を浴びながらお前を追い掛けてきたんだ。お前に借りを返すためにな!」
太陽が有害紫外線を降らせているにも関わらず、ヴィンスに追い付くためにやってきた姿はとても痛々しい。
皮膚ガンで黒ずんで固くなっているところもあれば皮膚が剥がれて赤くなっていたり、腫れ上がって大きな水ぶくれになっている箇所がいくつもあった。
顔だけ見てもその白かった肌は跡形もなく荒れて果てていた。
「俺はお前にたくさんのものを奪われたんだ。最初に会った時から今まで、女を殺され片目を奪われた。大切なものをお前は次々に奪っていったんだ!」
フンベルクの話を聞く一方でヴィンスはベルを心配して目を向ける。
胸を撃たれたようだがまだ生きている。フンベルクが撃った弾薬は麻痺弾だったようだ。
「どうして俺が麻痺弾を撃ったかわかるかヴィンス。最初から殺せる弾を撃てばいいのにどうして麻痺弾なのか、それにどうして麻酔弾じゃないのか、お前にわかるか?」
フンベルクはホルスターからもう一挺の拳銃を取り出して持ち替える。
9ミリパラベラム弾が装填されたものをベルに向ける。
「お前の大事なものを人質に取って痛め付けるためだよ!」
倒れているベルに向かって容赦なく銃弾を撃ち込む。
それも致命傷にはならない太腿や腕などばかりを狙って一発、二発と発砲していった。
「やめろ!」
麻痺によって痛みを訴えることすらできないベルに代わって、ヴィンスが飛び出した。
刃渡り十センチほどのナイフを取り出して、オキシゲンナーで空気の膜を盾にしながらフンベルクへ突っ込む。
トリガーガードでナイフを受け止めたフンベルクは、焦りを見せるヴィンスと違って、楽しんでいるかのように口を緩めていた。
ようやくお前に復讐できる。
そう言っているかのように、白く濁った片目を細めて笑っていた。
「レベッカ、ベルを連れていってくれ!」
レベッカに助っ人に入ってもらうよりもベルをこの場所から離れさせることを優先して、ベルは鍔競り合いながら叫んだ。
ヴィンスに加勢したい気持ちがあったものの、レベッカは言われた通りベルを部屋から連れ出す。
肩を担いで外へと歩いていった。
「一対一……特殊なオキシゲンナーを持つ者同士か。興が乗るじゃないかヴィンス!」
言い終えると同時にフンベルクは鍔迫り合っている拳銃のトリガーを引く。
発砲された弾丸がヴィンスの頬を掠めて血を噴き出させた。
歯を食い縛るヴィンスは空気の圧力でフンベルクの拳銃を弾き飛ばす。
ナイフで横に切るとフンベルクのシャツを切り裂いて、腹に浅い切り傷を負わせた。
堪らずヴィンスから退くフンベルク。
それをチャンスと取ってヴィンスはホルスターから拳銃を抜いて構えた。
ところが突然、拳銃を弾き飛ばされたはずのフンベルクから銃撃を受け、ヴィンスの拳銃は遠くへと撃ち飛ばされてしまった。
フンベルクは右手を拳銃の形にしてこちらに向けている。
いつかレベッカを撃った時と同じように、空気を固めて弾丸のようにして撃ち出したのだ。
「せっかく同じ力を持つ者同士なんだ。この力で決着付けようぜ」
フンベルクが空気弾を指先から連射してくる。
ヴィンスは横向きに走ってフンベルクから距離を取り、オゾンシールド装置の影に身を飛び込ませた。
装置に背を向けてながらヴィンスはナノマシンとオキシゲンナーからなる特殊能力のことを改めて考える。
自分が使える能力はフンベルクも使えるということであって、どういう戦い方をしてくるか推し量らなければならない。
ただ、フンベルクは酸素残量を考慮していない無謀な戦い方をしている。
推測だが自分よりもオキシゲンスフィアを多く持っていて、酸素を遠慮なく使える。
オキシゲンスフィアに限りのある自分は酸素を節約しながらフンベルクと戦わなければならない。
「オキシゲンナー、残りの酸素量は?」
『残りあと56パーセントです』
残量が半分程の酸素玉に加えて、ポーチの中に新品の酸素玉が入っている。
一個で半年が過ごせるのだがフンベルクと真っ向から戦うには少ない。
できれば弾き飛ばされた拳銃を取りに行きたいがヴィンスが隠れた物影とは反対側にあった。
その代わりに部屋の出口が近くにあり、この施設の奥へ進める道が見えている。
内部がどうなっているか知っている訳ではないが、ヴィンスはこれをチャンスと捉えてその道へ進むことにした。
道の先は道と道が入り組んでいて迷路のように複雑になっていた。
道は上り階段が多くなっていて、奥に進めば進むほど天井から伸びる根が多くなり、カーテンのように垂れ下がっている。
その根のカーテンを掻き分けながら、ある程度進むとヴィンスは角に隠れながらフンベルクを待ち受ける。
酸素を節約しながらフンベルクを倒すには背後から襲うしかない。
卑怯な手かもしれないが酸素玉の数が不利な分、別の戦い方で覆さなければならなかった。
来る。
フンベルクは必ず追ってくる。
逆恨みして憎んでいるフンベルクなら必ず追ってきて自分の手で殺そうとしてくると、ヴィンスは思って壁を背にして待っていた。
ヴィンスの狙い通り、誰かがこちらに歩いてくる音が聞こえ始めた。
フンベルクのものであろう足音はゆっくりと大きくなってきて響いている。
ヴィンスは気配を消してそれを待ち伏せる。
オキシゲンナーで息は殺せているが、服の擦れも足音も立てないように動きを止めて、背中から空気の弾丸を撃ち込む用意をした。
フンベルクの足音はカツーン、カツーンと大きくなり、もうそこまで距離が縮まる。
奴の姿が目に映るはずなので、いよいよ空気の弾丸を構えようと思っていたが、そこで突然足音が止まった。
先程まで耳にしていた足音がフンベルクの姿の見えないうちに止まって静まり返ったのである。
そこでヴィンスはオキシゲンナーの特殊能力を再び思い返し、空気を操作して光を屈折させる力もあったことを思い出した。
以前ヴィンスがフンベルクから逃れるためにその力を使い、姿を透明化させたことを記憶していたのだ。
その透明化を使って逆に暗殺を仕掛けられたとしたらフンベルクは今、自分の目の前にいるのでは……。
ようやくフンベルクのトリックに気付いたヴィンスは身の危険を感じて、空気の盾を前面に展開する。
その瞬間、攻撃が始まってシールドへ立て続けに空気弾をぶつけられる。
5、6発撃ったところで銃撃は収まり、透明化していたフンベルクはようやく姿を現した。
「トリックを見破るとはさすがだヴィンス。……それでも一手遅れたようだな」
指先を向けたままフンベルクがヴィンスの負った怪我を見ながら言う。
ヴィンスはその言葉通り、防御が遅れて左肩に一発弾丸を受けていた。
鉛の弾とは違って形はないものの、肉が抉れて肩甲骨にもダメージが入り、左腕を動かせば激痛が走る。
不利だった状況が更に不利に陥っていた。
「いくら逃げたってお前の居場所はわかるぞヴィンス。空気の流れ方を把握すればソナーの役割にもなるんだ」
言い終えるとフンベルクは再び空気弾を発砲し始める。
ヴィンスは盾で防御しているが、今度は止めることなく何発も連続して乱射してくる。
酸素玉が尽きるまでリロードの必要がない空気弾は反撃の隙も許さず、ただヴィンスを防御の姿勢に固めていた。
このままでは酸素を枯渇させられると焦ったヴィンスはそのまま距離を取ってその場から逃げ出す。
「ははは! 逃げろ逃げろ! そうやって怯えながら逃げて俺に殺されていくのだ!」
防戦一方のヴィンスは奥歯を噛み締めながら走る。
憎き相手にここまで不利な戦いをされた上に、怒りを煽るような言動をとられて屈辱を感じずにはいられない。
肩の痛みを忘れてしまうほどに怒りが沸々と込み上げてきていて、ヴィンス持ち前の余裕さと冷静さが崩れそうになっていた。
オゾンシールド装置が置いてある中央の部屋にヴィンスは戻ってきた。
フンベルクから死角になるように隠れてある人物を呼ぶ。
「ディートリヒ博士、ディートリヒ博士はいないか?」
名前を呼ぶとプログラムが反応して先程のように博士のホログラムがヴィンスの目の前に現れる。
こんな時でも実体のない博士は悠長な表情を浮かべている。
『敵に襲われているらしいが大丈夫なのか?』
「状況が不利だが、それよりも尋ねたいことがある。オゾンシールドを起動するにはどうすればいいんだ?」
思い返せば、ヴィンスの犠牲が必要ということを聞いただけで、まだ装置の起動方法を聞かされていなかった。
重要なことと思って尋ねると、対する博士は毅然としてその質問に答える。
『オキシゲンナーを持ち、私が託したナノマシンを身に宿す者が犠牲になることはもう知っているな?』
「知ってる。起動には俺が必要なんだろう?」
『その前にオゾンシールド装置は地上を離れ、大気圏を脱出する必要がある。この場所に生えている大木と一緒に第一宇宙速度で回り続け、地球周回軌道に乗らなければならないのだ』
「宇宙……この装置が宇宙まで飛び立つのか?!」




