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酸素じかけの境界層  作者: 堀河竜
第三章 そらをまわるもの
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明かされた事実、迫る影


梯子を下りると通路に出た。

短い階段がところどころにあり、螺旋階段のようにして下に下に続いている。

天井には緩やかな明かりの電灯があるが、模様が入った石に木の根が入っている造りで遺跡のように古めかしい。

オゾンシールドを展開しに訪れていたヴィンス達だったが失われた財宝を探しに来た探険家の気分に錯覚しそうだった。


「そこら辺のものに触らない方がいいかもしれないな。何かに寄り掛かったらうっかり罠のスイッチを作動させて大玉が転がってくるなんてのは嫌だぞ」

「わかってるわよ」


冗談を言うヴィンスにレベッカが答えながら先を進むと大きな部屋に出た。

地上に生えている大木の太い根が天井から何本も垂れ下がっていて、地下水が通っているのか、水滴も雨のようにぽたぽたと落ちてきている。

石畳には繋ぎ目やその模様に沿って藻や苔が生えていて、それが七十メートル余りもある部屋に広がっている。

部屋の奥にはまだ通路が続いていたが、この広さとなるとこの部屋が施設の中心部と考えてよさそうだった。


そして部屋の奥へ歩いていくと、何かの装置が横倒しに眠っていた。

それは街で見た蓄電池よりもずっと大きく、高さはヴィンス達の身長の二倍もあって全長は20メートルもあった。

蓄電池なのかオゾンシールドを発生させる装置なのかまではまだわからないが、重要な機械であることは明白だった。


しばらくその周辺を探すとコントロールパネルを見付けた。

使い方はわからないが、ヴィンスが手を触れていれば、秘密の扉を開いた時のように何か作動するかもしれない。

ヴィンスはコントロールの電源を入れることにした。


少し唸ると同時に何かの作動音が響き始める。

まだ装置自体を立ち上げてはいないはずだが数十年眠っていたので起動にも時間が掛かるのだろう。


しかし、案内も説明もないとなればヴィンスにとって腑に落ちない。

あまり考えなしに操作する訳にはいかず、ヴィンスはどうしたものかと困り始めた。


「……何も起こらないな。何の機械かわからないけどとりあえず起動してみるか?」

「あ、危なすぎるわよ。変な機械だったらどうするのよ」

「こんだけ大きい機械だったら影響も大きいだろうな。起動したら取り返しも付かないかも」

「ベルの言う通りよ。もうちょっと冷静に考えるべきよ」


レベッカとベルに反対されたので仕方なく辞めたが、考えるのが面倒臭いヴィンスは手っ取り早く起動してしまいたかった。

総スカンになったヴィンスは不満そうに口をへの字に曲げる。


その様子を見兼ねてヴィンス達三人の元に、第三者が姿を現す。


「急ぐ必要はないぞヴィンス。時間の余裕はまだ残されているはずだ」

「誰だ?!」


振り向くとそこにはヴィンスをここまで招いた当人……ディートリヒ・シュヘンベルクが立っていた。

コールドスリープ施設で見たビデオメッセージが数十年前のものだったので、三人は今も博士が生きているとは予想していなかった。


しかしヴィンスだけは、現れた彼の正体を見破る。


「……ホログラムか」

「ご名答。本物の私は既に亡くなっていて、私はその代わりだよ」


ホログラムの技術を知らないレベッカとベルはどういうことかわからず困惑しながら武器を抜く用意をしている。


「大丈夫だ。ホログラムは光の技術で実体がないんだ」


ヴィンスが手をディートリヒ博士の体に透過させる。

姿が見えているだけだということを知ってようやく二人は納得した。


「それで……あんたは装置の説明をするために出てきたんだろう? どうやってオゾンシールドを展開するんだ?」


尋ねると博士は「話が早くて助かる」と言った。


「オゾンシールドならそこにある装置で展開できる。君達二人が躊躇っていた機械じゃよ。特殊なオキシゲンナーを持つ者……つもりヴィンスだけが起動できる」

「やっぱりこの機械だったじゃないかレベッカ」

「間違ってたら取り返しが付かないって言っただけでしょ」


文句を言うヴィンスと口を尖らせるレベッカ。

後はもうこの機械を起動するだけとあって気分は楽なのか、和やかな雰囲気が流れていた。

しかし博士の表情は涼しくはなかった。


「ただ、ヴィンス……私はここまで言っていなかったことがある。伝えておかなければならないと思いつつも言えなかったことだ」

「……それはどんなことだ?」

「オゾンシールドを展開するためには一人の犠牲が必要なこと。ヴィンスが装置に取り込まれることで発動するのだ」

「えっ……」


レベッカ、ベルはその事実に驚愕する。

ヴィンスも静かに受け止めていても動揺しているようだった。


「ヴィンスには空気を操れる特別な能力を託した。それはオキシゲンナーの力ではなく、正確に言えば体内のナノマシンの力。目には見えないサイズの機械がオキシゲンスフィアの酸素を放出して、膜を作ったり力場を作ったりしているのだ」

「……その空気の膜を張る能力をこの機械で拡張する。そのために俺が犠牲になるというのか?」

「残念だがそういうことになる。オゾンシールドを張るにはこの方法しかなかった」


ヴィンスは眉をひそめながら黙っている。

三人の最終目的であるオゾンシールド施設に招いておいた後に今ようやくこの重大な事実を明かされて、納得できないのは当然だった。

ヴィンスをここまで導くために伝えづらかったとはいえ、騙し討ちされたような気分だった。


「しかしオゾンシールドを展開しなければ残された君達が生き残られないのは確かなんだ。オゾン層が回復するのは十億年の単位で時間が掛かる。それまでに人類が酸素玉だけで生き延びるのは不可能なんだ。装置の起動を悲願していた私からだけでなく、地球上の生命のためにも頼む。オゾンシールドを展開してくれ。お願いだ」


ホログラムとはいえ、ディートリヒ博士の訴えはとても悲痛だった。

生前に叶えることができなかった悲願も理解できるし、地球の生命を救うのは大儀であるということも納得できる。

それでもヴィンスも二人もすぐに受け入れられず黙ったまま動揺していた。


「……時間をくれ。いきなり言われてもすぐに承諾はできない」

「無理もない。ゆっくり考えてほしい。しかし賢明な判断を頼む。君だけが頼りなんだ」


ホログラムでも論理的で情に訴えてくるような博士を横目で流しながらヴィンスは一度その場を離れる。

背を向けて歩いていって、石畳から伸びている根に腰掛けた。


参っている。

ヴィンスは珍しくそんな表情をしていた。

自らを犠牲にしなければならない選択をこの土壇場のタイミングに知ることになって、さすがに頭を抱えずにはいられないのだろう。


心配したベルとレベッカも側にやってきて、ヴィンスに尋ねる。


「ヴィンスはどうしたいんだ? 自分が犠牲になってまでオゾンシールドを展開したいのか?」

「……そうするつもりだよ。情けないことにまだ覚悟し切れていないけどな」

「今頃事実を伝えてきた博士を信用して願いを聞き入れるのか?」

「そうだよ。オゾン層が回復するのに何億年も掛かることは知っていたし、博士の言っていることは本当さ。そりゃあ納得がいかないことはあるけどやることは変わらないさ」


ヴィンスが話している間、ベルは奥歯を噛み締めながら黙って聞いていたが、その話に返した言葉は様子とは違ったものだった。


「……わかった。残念なことだが使命のためだ。装置を起動して地球の命を守ってくれ」

「ベルもシールドを展開した後のことは頼む。植物の種を植えて緑を作ってくれ」


そう言って男二人は互いの意志を確かめ合ったが、その様子を見ていたレベッカは納得できるはずもなかった。

既に目に涙を溜めていた彼女は、ヴィンスを止めようとしないベルに見兼ねて抗議を始める。


「嫌よ……私は嫌よ! この間セリカがいなくなったって言うのにヴィンスまでいなくなるなんて嫌よ! 今までこんな大事なことを隠してた博士の願いなんか聞く必要ないわ! ヴィンスは私達と一緒にいるべきなのよ!」


涙を散らすレベッカはヴィンスの肩を掴む。


「私にはもう家族がいない。はっきり血が繋がっているってわかる人はもういない。私の居場所はもうここにしか残っていないの! それなのにどうしてヴィンスなの? どうして私の仲間だけがいなくなる運命なの? 私はただ帰る場所が欲しかっただけなのに……」

「レベッカ……」


ヴィンスの胸を借りて泣いていたレベッカは次第に声が小さくなり、その場に力なくしゃがみ込んでしまった。

鼻をすすりながら次々に溢れる涙を拭っている。

ここまでヒステリックになるほどにレベッカは仲間を失いたくなかった。


そして悔しさが彼女の胸にあるのはヴィンスが行く理由が大儀なもので自分ではどう説得しても止められないとわかっているからだった。

どんな言葉を並べ立てても地球の生命のためという理由に覆されて、彼女のわがままにしかならない。

どうやってもヴィンスを引き止める理由にならなくて悔しかった。


別れなくてはいけない現実に悲しむヴィンスとレベッカの背後で、ベルも同じ想いで歯を食い縛っていた。

ただ堪えるしかないことを理解してどうにか自分を納得させようとしていたが、そんな最中、ベルは誰かが部屋に入ってくる足音を聞いた。

背後から響いたその音に反応してベルが振り向くと誰かが入口の影から拳銃をこちらに向けているのが目に入る。

ヴィンスとレベッカが狙われていると察した瞬間、ベルは咄嗟にレベッカ達の前に飛び出した。


拳銃の発砲音が部屋に木霊する。

二人を庇ったベルは胸を撃たれ、飛び出した勢いのままその身は地面に落ちた。


驚いたヴィンスとレベッカが現れた人影に目を向けると、そこには皮膚がぼろぼろになったフンベルクが拳銃片手に立っていた。


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