空から見えた、大地に根を生やすもの
旅を続けるヴィンスは荷物にしまっていたミュージックプレーヤーで「ミスター・ロンリー」を聞いていた。
飛行を続ける機内で、プレーヤーからイヤホンを通してぼんやりと時間を過ごしている。
満天の星をいただく果てしない光の海を飛行機の窓から眺め、光と影の境に消えていく地平線をまぶたに浮かばせている。
遠い地平線が消えて、深々とした夜の闇でこの曲を耳にする時、失ったセリカとの思い出も、ベルやレベッカへの想いも、これから果たそうとしている使命も、音なく流れ去る風に溶け込んでいく。
豊かに流れ行く風を感じれば、セリカや今は亡き人々が側にいる心持ちになるような、穏やかで満ち足りている時間を過ごしていた。
「目的地が見えてきたぞ」
そんな旅の時間を過ごした末にバルドメロがそう言った。
見下ろすとかなり風化している建物が幾らか地上に見られた。赤い鉄筋が剥き出しになっているビル、ジェットコースターのレールだったのか黄色いアスレチックなどが砂漠の砂に埋もれかけている。
ワープゲート事故で倒壊してしまったがかつてビルが立ち並んていたであろう都心の空を飛行機は飛んでいる。
その座標に特別何かないかと探していると一本の木のようなものが目に映った。
空からでも手の平ほどの大きさがあるそれは、砂漠の地から根を生やし、幹と枝が伸びた先に緑色の葉を付けていて、月明かりにぼんやりと照らされている。
植物が絶滅した世界でそれを木と判断するには悩ましかったが、そうとしか取れないものが地上に見えていた。
「どうして木が生えているんだ」
ヴィンスが疑いながら言うと、木を目にしたことがなかったのか、レベッカやベルが物珍しそうにそれを見る。
植物が絶滅した世界でどうして木が自生し続けているのか不思議だったが、とにかく着陸して確かめるしかない。
焦る気持ちを抑えるヴィンス一行は着陸できる場所を探して砂漠の廃墟に降り立った。
倒壊して風化したビルには人の気配は何一つ残っていなかった。
中の様子を覗いてみたりしたが砂だらけで誰かが住んでいた形跡は全くない。
「人は誰もいなさそうね。どこかに隠れているかもしれないと思ったけど、それもないみたい」
夜の砂漠が冷えるのか、レベッカはローブを押さえるように腕を組みながら言った。
「とは言え何があるかわからない。砂に埋もれているとはいえ重要な場所ではあるからな」
注意をするように言って、ヴィンスはバルドメロに振り返る。
「バルドメロはここで待っていてくれ。敵に襲われた時は空に逃げてもいいが、俺達が戻るまで旋回していてほしい」
バルドメロが「わかった」と答えるとヴィンス達三人は空から目についたものの場所へ向かった。
空から手の平サイズに見えたそれは地上から見ると更に大きく目に映った。
目測で大体高さ35メートル、幹周り40メートルもある巨大な物体で、ヴィンスの記憶にあるものからするとそれは異様に大きかったがやはり木としか見て取れない。
植物が死滅して酸素が全くなくなってしまった世界でも青々と葉を茂らせている不思議な巨木だった。
仰ぎ見るようにして木を見ているとベルが言った。
「聞いた話では確か……植物も酸素が必要な生き物なんだろう? 光合成で酸素を作り出せるとは言っても酸素は絶対必要なはずだ」
「この木だけは特別なのかもしれない。自分で作った酸素を貯めておいて使える力か何かがあるのかも。二酸化炭素だらけだから光合成するには困らないからな」
「ワープゲート事故の衝撃から偶然生き延びることができて、その影響から何らかの能力が身についた……なんて想像はできるけど実際のところはわからないわね」
三人はそれぞれ目の前の巨木が自生できている理由を仮定していたが、ヴィンスはそもそもこの場所に何を成し遂げるために来たのか思い出した。
オゾンシールドを展開する装置があると情報を得てこの座標にやってきていたが、それらしい装置や施設は見付かっていない。
この巨木がきっとその装置に関係していることは間違いないだろう。
何かヒントがないのかと思い、ヴィンスは木の幹にそっと手を触れてみた。
するとその触れた辺りが一瞬光り、突然地面が揺れ始める。
何事かと思って身構えていたがヴィンス達に危機が振りかかる訳ではなく、大木の根本から……それもヴィンスの足元からコンクリートの小屋が現れたのである。
「なんだ、何が起きた?!」
塔屋の上からヴィンスは慌ててベル達に尋ねていたが、現れたものが何かわかっている二人は冷静に答える。
「梯子だ」
「地下への梯子よ。どうやらオゾンシールド装置はこの先にあるみたいね」
ヴィンス以外の人間には開かないようになっていたのかもしれないが、どうやってヴィンスと認識したかは定かではない。
何事もなく施設の内部に入ることができるかも不安だったが、少なくともシステムに敵と見なされて排除されるような様子はなかった。
「ヴィンス、早く下りてきて。中に下りられるみたいよ」
コールドスリープ施設とは違って下りた先には電灯が点いていて、ヴィンス達を歓迎しているかのようだった。
ヴィンスが搭屋から下り、三人は恐る恐るも梯子を下りていった。
夜間飛行のシーンを書くとなった時にまずジェットストリームが浮かびました。
冒頭がポエムみたいになっていて更新するのが少し恥ずかしかったですが、好きなのでナレーションを参考にしながら書いています。




