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酸素じかけの境界層  作者: 堀河竜
第二章 海底都市、夢の空
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残された者達、深まる確執


ヴィンスはセリカという大切な仲間を失って悲しんでいたが、フンベルクもまた失ったものがあった。

ヴィンス達の飛行機にグレネードランチャーを撃ち込んだフンベルクだったが、飛行機の翼に激突しようとしていた。

決死の覚悟の上で身を乗り出していたのだが、どういう訳だか生き続けることができている。

爆発に巻き込まれて気絶した後、車の中で意識が戻り、まずフンベルクの頭に浮かんだ疑問がその訳だった。


「……俺はどうなったんだ?」

「フンベルク様! お目覚めになりましたか!」


族二人がフンベルクの目覚めに気付いて報告する。


「危ないところでしたよ。もう少しで奴等の飛行機とか言う乗り物にぶつかって死んでました。女が身代わりにぶつかって助かったんですよ」


フンベルクは動揺して耳を疑った。

そんなはずはないと思っても側近の女がフンベルクを突き飛ばして身代わりになったことは事実だった。

聞き間違いでも、下っ端の見間違いでもなかったのである。


「おおおヴィンスッ! 俺の片目だけでなく女まで殺していくとは! 殺す……殺してやる……! 俺のものを奪っていく奴は誰だろうとどこまでも追いかけて殺してやる!」


激昂するフンベルクは下っ端を殴り、胸を突き飛ばし、車の外に出て空へ叫んだ。

口を大にして広大な空に叫ばなければ彼の激しい感情はその身に収まり切らず、狂気めいた殺気さえもオーラににじみ出る。

フンベルクの憎んでも憎み切れない感情は、星が浮かぶ空と比べてまるで煉獄の炎のように煮え滾っていた。


「フ……フンベルク様! こんな時ですが、朗報がございます! ヴィンセント一行についてのことです!」

「なにぃ?」


怒りを露わにするフンベルクに何をされるかわからず恐怖する下っ端だったが、伝えなければならないことがあって恐れ多くも彼を呼んだ。

族のボスはいつも以上に眉を吊り上げ顔も真っ赤にしており、空気まで震えているようだった。


「奴等の飛行機が包囲網を突破するときに発信機を着けた者がいます。目では見えなくなってしまいましたがその発信機で追跡できます」

「それなら俺の仲間全員に伝えろ。これからヴィンスを追う。街の包囲も攻撃も全て中止して俺についてこいとな!」

「わ、わかりました!」


フンベルクに貢献したにも関わらず怒鳴られた下っ端が不憫ではあったが八つ当たりに頭を撃ち抜かれなかっただけ増しであったかもしれない。

それだけフンベルクは冷静さを失ってヴィンスを憎悪し固執していた。

族の車で一番速い車に乗り、仲間が自分自身に追いついてこなくてもヴィンスを追いかけていこうとさえ考えていたのである。




ヴィンス達はそんなフンベルクのことは全く考えず、やはりセリカを失ったことで頭がいっぱいになっていた。

溢れてくる涙は流していたものの、まだ誰も元気を見せられるほどの気分には到底なれず、ずっと静かで暗い雰囲気だった。

近い場所にいるのに四人全員が星空を見上げたままで、誰一人として話すことのない沈黙の夜間飛行だった。


太陽が上ってくるので紫外線を避けて一度着陸することになった。

フンベルクとはかなり距離を開けたのできっともう追い付いてくることはない。

族も紫外線を避けなければならないので安心して体を休められるだろう。


「日の出まではまだもう少し時間があるから飛行機のメンテや修理をしておく。お前らは先に寝てていいぞ」


そう言ってバルドメロは飛行機の外に出た。

ヴィンス達は窓を真っ黒のフィルターで覆って明かりも消す。

青白くなってきた夜空を完全に塞ぎ、眠る準備を整えた。


しかし、三人は眠る気分になれずそれぞれ考えに耽っていた。

涙を流して疲れてはいたものの、思うことがあったのである。


「なあヴィンス。俺達がこれからやろうとしていることはセリカが犠牲になるほどのことなんだよな」


沈黙を守り続けていた三人で最初に口を開いたのはベルだった。ヴィンスは目線を向けずに答える。


「俺達は人類を救えるかもしれない大事なことをしようとしているんだ。セリカもきっと、そのための役に立ったと言えば報われるはずだよ」

「セリカの死は無駄じゃなかったんだな」

「そのはずさ」


理屈ではわかっていても納得がいかなかった。

しかし死別というものはそういうものだった。

覚悟していたとしても受け入れ難いものなのである。


「セリカはきっと、私の新しい家族になっていたかもしれない人だった」


レベッカもまた自らの気持ちを語り始める。


「私はセリカも入れた四人が大事な仲間だと思い始めていたの。長い間旅を続けて信じ合えるような関係になり始めてると思ってた。血のつながった家族を亡くした私にとっては四人が新しい家族になろうとしていたのよ。でも、その一人を早くも失った。家族になろうとしていた人をもう亡くしてしまったのよ」


レベッカの声は段々と震え始めていた。

ヴィンスが窓から前部座席のレベッカを見ると、項垂れているのが見える。

顔を見なくてもまた涙が込み上げてきていることがわかる。


しかし彼女の場合は仕方がないとヴィンスは思っていた。

レベッカは家族や仲間など、遠く離れていても受け入れてくれるような居場所を求めている。

彼女自身も気付いていないことだが、居場所がレベッカを支えていて力になっている。

そのレベッカの根底にあるものが、セリカを失った悲しみを誰よりも募らせているのだ。


「寝てしまえば少しは気持ちが楽になるはずだ。もう寝てしまおう。目的地に着くのも明日だしな」


レベッカの性分をわかっているヴィンスは何か他に声を掛けようかとも考えたが何も浮かばずやめてしまった。

自分自身もセリカを失ったことで誰かを思いやれる気持ちになれずに目を閉じた。

それでも気持ちが落ち着かずなかなか眠れなかったのだったが、そんな長い夜が大きな戦いの前夜であり、フィルターに覆われた機内は嵐の前のように暗く静かだった。


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