フンベルクの攻撃、包囲網の突破①
ヴィンス達が飛行機の製造に加わって一ヶ月、ようやく軽飛行機が完成した。
電動エンジンで動くプロペラ付きの飛行機はプロペラから尾翼側にかけての青いラインが入っている。
白いボディと合いまってよく映える色で、誰が見ても完成し立ての新品に見える。
最初に目にした時はまだコクピット内にシートもなく尾翼すら着いていなかった飛行機も、今は部品を取り付けられて全ての装置が機能するようになっていた。
「ようやく完成だな。これでまた空に上がれる」
バルドメロは主翼を愛おしく撫でる。
世界荒廃以前の頃と同じように空を飛べると思うと心が踊らずにはいられない。
早くガレージを出て飛行機を乗り回したかった。
「出発はいつになるんだ? 早いところ街を出たい」
「今日にでも発てるから心配するな。ただ、一度飛行テストしたい。俺一人で飛行させてくれ」
「……わかった。その後に荷物を積んで出発しよう」
頷いたヴィンスだったが本当はテストすらもまどろしくなるくらい時間がない。
街に滞在して一ヶ月にもなり、フンベルクが襲ってくるのならもう待ってくれないのではないかとベル達の心は焦っている。
バルドメロは言う。
「街に来る時にアスファルトの道路があっただろう。フンベルクの族が待ち構えている南の道と同じように北にも直線の道があるんだ。そこで加速して離陸しようと思う」
ベルは答える。
「わかった。それなら荷物をガレージからその場所に移そう。テストの後に積んですぐに発てるようにするんだ」
随分とせっかちだなとバルドメロは笑ったが四人は真剣だった。
フンベルクの脅威を背中でぴりぴりと感じていて、苦笑いもままならない。
今日は特にその感覚があって、思い過ごしであってほしいと心の中で考えながら四人は飛行機と共にガレージを出た。
しかしその予感は当たってしまっていた。
実際ヴィンス達がガレージで飛行機を作っている様子は一週間前から監視され始めていて、ガレージを後にするところも覗かれていた。
どうやって侵入したのかまではわからないがフンベルクが仲間を街に忍び込こませて偵察していたのである。
ヴィンス達が飛行機を作っていることを知ったフンベルクは、街を出発するこの日に向けて襲撃の準備を整えていた。
飛行機が離陸する直前でヴィンス達を止め、希望を粉々に打ち砕こうとしていたのである。
「偵察している仲間に伝えろ。これから街に攻め入る。逃げるなら今だとな」
失明した片目に黒色の眼帯をはめたフンベルクは、ヴィンス達がやってくるであろう北の道に回り込んで立っていた。
北側の海底トンネル出口で車を横に並べて封鎖し、ヴィンスを待ち伏せていたのである。
北側にも出口の道があると下っ端から情報を得たフンベルクが、反対側に回り込むことは何も不可能なことではなかった。
海と言っても湖ほどのサイズを回るには数日も掛からないのだ。
「街の中に仕掛けた爆薬に火を点ける準備をしろ。あの街で必要なものは酸素玉のリサイクル工場だけだ。それ以外に必要なものはない。ヴィンスを捕えて街の権力も手に入れてやる」
フンベルクは下っ端から爆薬の点火装置を受け取って車の上へ立つと、側近の女を抱き寄せて街に向かって言った。
「よく見ていろ。これから難攻不落だったビームシールドの街を攻撃する。爆発で吹き飛んでいく住民共の姿を見て嘲笑うのだ」
恍惚と笑う女の横で、ヴィンスへの復讐に燃えるフンベルクは何の躊躇もなく爆破スイッチを押し、街の各所に仕掛けられた爆弾を点火した。
同時に海底トンネルの奥から雷のような激しい爆発音が聞こえてくる。
衝撃がフンベルクが立っているところにまで伝わってきて、地面が大きく震えた。
街にいるヴィンスが立っている場所は震えるだけでは済まなかった。
飛行機を運んでいると突然住宅や店が吹き飛んで火に包まれた。
その時には既に街の門から出ようとしていたのでどうにかヴィンス達も飛行機も被害を被ることだけは避けていたが、街は大きい被害が出ていたのである。
背後で火が上がっている街並みを見詰めていると、前方から拡声器を屋根に載せたトラック一台が街に近付いてきた。
乗っているのはフンベルクではなく、その下っ端の者二人だ。
『街の住人共に告ぐ。大人しく門を開けろ。俺達の要求に従えば手荒な真似はしない。門を開けて俺達を迎え入れ、そしてヴィンスを俺の前に引きずり出すんだ』
拡声器から聞こえてきた野太い声はフンベルクのものだった。
伝達の仕事を下っ端に頼んでまでヴィンスを要求してきたのだ。
街の安全を守るためには従った方がいいかもしれない。
従わないにしても最後まで街の防衛に尽力するべきじゃないのかと、ベルは考えていた。
ところがヴィンスは不意に拳銃を抜いた。
「テロリストに交渉の余地はない。俺達の世界じゃそんなことは常識だぜ」
そう言ってヴィンスは下っ端が乗っている車のボンネットを五、六発連射し、爆発させて吹き飛ばしてしまった。
吹き飛んで炎を上げる鉄塊をベルは唖然として見詰める。
バルドメロも一緒になってヴィンスを見ていたが、レベッカとセリカだけは冷静だった。
レベッカは銃を抜きながら言う。
「ヴィンスが脱出すれば、フンベルクもきっと追ってくる。私達が無事に街を発てれば街も助かるはずだわ」
「そうかもしれないが見捨てるみたいじゃないか」
「大丈夫、フンベルクは必ず追ってくる。ヴィンスは二度も奴の顔に泥を塗ったんだから恨まれて当然よ」
ヴィンスが全て悪いような言い分で当の本人は釈然としなかったが、抗議する余裕などなかった。
すぐに族の攻撃は始まり、南側の門から激しい銃声が聞こえてくる。
脱出するのであれば悠長な時間などなかった。
「しかしどうやって脱出するんだ。フンベルクの族に囲まれてしまっているんじゃ逃げようにも逃げられない」
バルドメロの言った通り、フンベルクの族に囲まれているのが現状で、飛行機に乗って逃げようにも海底トンネルは出口のところで封鎖されてしまっている。
街の門まで運んできたものの、飛行機を海から移動させることはできない。
ヴィンスは荷物の中から双眼鏡を取り出して海底トンネル内を見渡す。
何を考えているかわからないが、主翼の上に肘を掛けて状況を確かめているようだ。
「バルドメロ、海底トンネルの中を飛ばせないか?」
「それってトンネル内の道を使って離陸するってことか?」
「そうだ。どうやら北側の道にはフンベルクとその仲間数人しかいない。道を塞いでいるのは出口に横付けしてある数台だけだ」
北側に回るためにフンベルクは少人数しか連れてこずに後の仲間は南側で待機させていた。
ヴィンスはそのことに気付いて飛行機を離陸できるかもしれないと考え始めたのである。
しかし、トンネル内で飛行機を飛ばすと聞いただけで、ベルやレベッカは無茶なことだと思った。
操縦士のバルドメロはともかく不可能ではないかと二人は不安だった。
しかしヴィンスは真剣にバルドメロに尋ねていて、本気で飛行機をトンネル内で飛ばしてフンベルクの包囲網を突破しようとしていた。
不安を拭えないレベッカは言う。
「そんなの無茶だわ。仮に成功したとしてもフンベルクは弾幕を張ってくるのよ。せっかく完成させた飛行機が撃ち落されるかもしれない」
「それは俺が車を走らせて壁になろうと思う。この飛行機は時速120キロ前後で離陸するから車の頭上に付いた時に乗り移るんだ」
作戦が無茶すぎていて非現実的だとベル達は思った。
確かに何もかも上手くいけばフンベルクの脅威から逃れられるかもしれないがそうなると飛行機の操縦技術だけでなく、飛行機に飛び移るタイミングも完璧に合わせる必要がある。
これらの点をクリアしなければ実現できない本当に難しいミッションなのだ。
「確かに難しい作戦だと思う。俺も飛行機に飛び移らないといけないし、失敗すれば一人だけ取り残されるかもしれない。それでも脱出するにはこの作戦しかない。このミッションを成功させなければ俺達も街もフンベルクに屠られるんだ」
この作戦しかこの状況を覆せない。
確かにそれは事実であって、脱出する作戦を他に思いつかない三人は覚悟するしかなかった。
バルドメロは唾を飲み込んで意を決した。
「……いいだろう。俺のパイロットとしての腕を見せてやろう」




