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酸素じかけの境界層  作者: 堀河竜
第一章 砂漠、ブルーレイクの夢
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オキシゲンナーの輝き


「こいつの背中にも酸素玉ありますぜ」


ヴィンスを囲んでいる族の誰かがそう言うとフンベルクは躊躇う事なく命令した。


「なんだと、構わねえ殺して取り上げろ」


フンベルクが命じると、銃を構えている下っ端たちはヴィンスへと銃口を向ける。

そんな危機的状況にどうするのかと三人は目を見張っていたが、なんとヴィンスはただ腰を屈めるだけだった。

不敵な笑みまで浮かべて随分と余裕そうな表情だったが、確かに彼は腰を屈めるだけで状況を打開できた。

彼を囲んでいる状態で発砲したので、弾はヴィンスに当たらず向こう側の族たちに命中し、仲間内で撃ち合う事となってしまったのである。


「馬鹿野郎、囲みながら射つ奴があるか!」


フンベルクの叱咤も虚しく、ヴィンスは連携の隙を付いて敵の包囲を抜ける。

並んでいる装置の影に身を隠した。

隠れても銃弾の盾になるくらいにしかならなさそうだったが、ヴィンスは倒れた敵から自動拳銃を奪い取っていた。

サブマシンガンまでは遠くて取れなかったが、一先ず武器を拾う事はできたようである。


その武器を右手で構え、装置の影から目標に銃口を向けると、一発の弾丸を眉間に命中させた。

族たちのような我流の構え方ではなく、本来の整った構え方が弾丸を狙い通りに貫かせていた。


残る族の数は今倒した者を外して五人。

サブマシンガンを持つ者が三人、ハンドガンが二人残っていた。

その銃を持つ五人が狙いも付けずにやたらめったら乱射してくる。

姿を見た訳でもないのに、ただヴィンスがいるであろう方向へ射ってくる。


もしかしたら弾幕を張って反撃の余地を与えないつもりなのかもしれないが、族は肝心な事を見落としていた。

ヴィンスがどこへ移動できるかという事を考慮に入れていなかったのである。


なのでヴィンスは先程隠れている場所から移動して離れた場所から様子を窺っていた。

それから不意を付いて簡単に二人……反撃の弾を躱してもう一人を倒す。

残り三人になったところで再び物影へ逃げて身を潜めた。


「お前ら何をしてる?! 相手は一人だぞ! 一箇所に固まって迎え撃つんだ!」


族の者たちはヴィンスを囲んだまま散らばっていたので、フンベルクは危険だと判断した。

部屋の出口に集まるように指示したところまではよかったが、族の者たちは背中を見せて動いてしまい、ヴィンスに反撃の隙を見せてしまった。

物影から飛び出したヴィンスは足を払って族の一人を転倒させる。

そのまま眉間に向けて銃を発砲した。


更にヴィンスはフンベルクを狙って距離を詰める。

残る二人を沈黙させるべく両手で拳銃を構えて走った。そしてフンベルクの眉間へ銃口を真っ直ぐに向けて弾丸を放つ。


ところがフンベルクは残った仲間の首根っこを掴み、自らの前方へ出して盾にした。

仲間を全く省みずに犠牲にしたのである。


「お前、仲間を利用してまで勝ちたいのか……」

「そんなのは甘ったれた考えだ。この世界で生き残れるのは何でも利用しようとする奴だけだ」


盾として使った仲間の自動拳銃を取り、フンベルクは真っ直ぐにそれをヴィンスへ向ける。

余裕があるみたいにゆっくりと仲間を捨てた。


「お前はさっきの弾で最後だったはずだ。その銃は7発しか込められない。最初の一発とお前が使った6発で弾は切れ、弾薬を拾ったところも見てないから弾はない」


フンベルクの指摘にヴィンスのはにかんだ表情が少し引きつった。

確かにヴィンスの銃にはもう弾が入っていなかった。

ヴィンス自身もその事は知っていたし、フンベルクへ向けていた銃ははったりだった。


それでもヴィンスは芝居を続ける。


「そう思うなら撃てよ。お前の仮説が真実かどうか確かめてみな」


ヴィンスの不敵な様子にフンベルクは笑う。

欺瞞を見抜いてもそれを貫こうとするヴィンスを嘲り笑っていたが、そのはったりに少しでも動揺する彼自身の姿がそこにいた。

注意深く見ていたがそれでも自分が見ていないところで奴はリロードしていたかもしれない。

フンベルクはそう考えていた。


彼がしばし動揺している一方、ヴィンスは左手に異常な熱を感じていた。

フンベルクに銃を向けられてから突発的に熱くなり始めた感覚は、ヴィンスにとっても初めてであり、むしろ関心は目の前の銃口よりもこの熱にあった。

顔を引きつるほどに強い感覚が左手にあったのである。


その事を知らず、フンベルクはヴィンスを撃つ決心が付いた。


「なるほど、ここまで俺を惑わせるとは大した奴だ。ヴィンセントとか言ったか、覚えといてやる」

「そうかい」


左手の熱によって話を聞く余裕もないヴィンス。


「さよならだヴィンス」


フンベルクが銃の引き金を引いた時、弾丸が発射されると共にヴィンスの左手からある力が開放される。

それはヴィンスがこれまで経験した事のない事象で、この世界でも誰もが目にした事のない現象だった。

フンベルクが発射した弾丸はヴィンスの前方で留まると、見えない力によって方向をずらされ、あらぬ方向へ飛んでいったのである。


最初フンベルクは狙いを見誤ったと思って続けて弾丸を発射したが、それらの弾丸は全て見えない力によって弾かれて飛ばされてしまった。

ヴィンスは何が起きているかわからなかったが、彼のオキシゲンナーだけが輝いていた。


そしてフンベルクが全弾撃ち尽くして開いた遊挺を見せると、ヴィンスは一気に接近して右手を彼の鳩尾にねじり込ませた。

力一杯にぶつけた拳はフンベルクの意識を奪い、気絶して力なく倒れた。

族のリーダーを倒したヴィンスだったが、それよりもどうして弾丸が逸れたのかという事を気にしていた。

弾丸の軌道を変えたのが自分の力かどうかさえわからなかったのである。



「ヴィンセントって名前だったかしら」


背後から第三者の声がして、ヴィンスは咄嗟に銃をその者へ向けた。

レベッカである。

ヴィンスが族を倒し切るまで隠れていたレベッカは、ヴィンスとは争う必要がないと考えて物影から姿を表したのである。


自分にも争う意志がない事を示す為に、両手を空にして上方へ上げていた。


「その銃を下げて。私達はそいつらに追われていただけであなたに敵意はないわ」


レベッカは地面に伏している族を見て言う。

隠れていたベルやセリカもゆっくりと現れた。


「ああ、俺らはここに逃げ込んできただけなんだ。それより奴らの仲間がこの場所に来るかもしれない。俺達と一緒に逃げないか?」

「私達を疑うよりそうするべきです」


現れた三人を怪訝そうに見詰めるヴィンス。

まだ訝しんでいたが、素直に物影から出てきたところを考えれば信用しても良さそうだと考えていた。

それに彼は長い眠りから覚めたばかりでわからない事が沢山ある。


族達が何故襲ってくるのか、どうして先程は銃弾が逸れたのか、説明してほしい事が山ほどあった。


「三人全員の荷物を見せてもらう。それで信用して銃を下ろそう」


用心深いヴィンスはそう言うと、一人ずつ壁際に並べて荷物を調べた上に、三人のボディチェックまで行った。

三人は持っている武器を全てヴィンスに渡したし、他に武器を隠し持っていないか確かめたが、そもそもヴィンスから隠す意味などなかった。

本当に族から逃げていただけなのである。



荷物を調べ終えて銃を下ろす事に決めたヴィンスは尋ねる。


「三人の名前は?」

「私はレベッカ。そこの体格の良い男はベル。隣の女の子はセリカ。アンドロイドよ」

「わかった。どれくらいの付き合いになるかわからないが、よろしく頼む」

「よろしく。それじゃあ奴らの仲間が来ない内に逃げるわ」

「ああ、ちょっと待ってくれ」


この場所を離れようとした時、ヴィンスは三人を止めた。


「ちょっと服を頂こうと思う。こいつらにはもう必要ないんでね」


ヴィンスは先程寝かしつけた族達を指差して言った。

今までこの男達に対して機敏に動き、戦って倒してしまった彼だったが、身にまとっているものはコールドスリープ用の薄い服一枚だった。

施設を離れるにこの服装はさすがに心許なかった。


この族達の中にヴィンスと同じサイズの服を着ている者がいるかまでは検討が付かなかったが、探してみると一人だけサイズが合うものがいた。

上下とも黒革で動きづらい服装だが妥協するしかない。


「急いでヴィンス、あまり悠長に過ごしている暇はないわ」

「わかっている。この施設の事はわからないから外までの道を案内してくれ」


族から服を剥ぎ取って、ようやく四人は走り出す。暗い道を行き始めた。



「それにしても、俺が銃を下ろさずに三人を撃つつもりだったらどうしてたんだ?」


ヴィンスは、ローブをなびかせて前を行くレベッカへ尋ねた。


「もし俺が機械みたいな人間だったら、あんたら死んでたかもしれないぜ」


人の命や権利を屁とも思わない冷徹な人間に丸腰を見せていたとしたら、今頃レベッカ達はこうして走る事さえもできないとヴィンスは考えているのである。


自分の身よりも人の身を案じるなど楽観的なのかもしれないが、ヴィンスはふと疑問に思っていた。

いや、もしかしたら何か裏があったんじゃないかと考えたのかもしれない。


「そうね。でも、私達も何の考えなくあなたに両手を上げた訳ではないのよ」


そう言ってレベッカは自らの背中に手を回すと、ローブの中に隠していた小さなナイフを取り出して見せた。

ヴィンスに殺されそうになった時に抵抗する為に一本だけ隠し持っていたのだ。


そのナイフを見てヴィンスは銃を再び構えて両手を上げさせようと思ったが、それは既にさせるだけ無駄となっていた。

ただ、レベッカの事を思っていたより侮れないと冷や汗を掻くだけだったのである。


「でもこのナイフはあなたに使う事はなさそうね。ちゃんと銃を下ろしてくれたから」

「なるほど。あんたの事、見くびってたよ」


ナイフを元通りに仕舞うレベッカにヴィンスはニヒルな笑いを浮かべていた。

走る四人は施設の外へと近付いていた。


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