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酸素じかけの境界層  作者: 堀河竜
第二章 海底都市、夢の空
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新しい服とセリカの目覚め


フンベルクが襲ってこないか心配しながら道具を片付けていると、セリカが傍にやってきてヴィンスの名前を呼んだ。


「あの、今日は何か予定があるのでしょうか」


ヴィンスはセリカがこのまま休んでもいいものか尋ねてきたのだと思った。

それか、何か役に立てることはないのかと訊いているのかと思った。

しかしそのどちらも今回は違っていた。


「特にないよ。フンベルクの様子を調べたいところではあるけど、うっかり刺激したら逆に危険だしな」

「それでは、今日は暇を持て余しているのですか?」

「そういうことになるが、もしかしてセリカは何か用があるのか?」


ヴィンスが尋ねるとセリカは目線を逸らしながら答える。


「以前私に衣服を着替えたらとおっしゃられていたでしょう? この機会にヴィンスさんに服を選んでほしいのです」


今までいつも無機質で無表情だったセリカが何かを躊躇うかのような表情を見せてヴィンスは意外だった。

こういった表情もできるとわかって新鮮だったのである。


暇を持て余してもゆっくりコーヒーを飲むことぐらいしかすることがなかったヴィンスは製作作業の合間にできた時間でセリカの買い物に付き合ってもいいなと思った。

それに黒くてフリフリした服装以外のセリカも見てみたいと純粋な興味もあったのでセリカの誘いを受けることにした。



飛行機の工場から外出したヴィンスとセリカだったが、海底都市はショッピングを楽しむような建物がある訳ではなかった。

ヴィンスがいた世界で言うところのデパートやショッピングモールはある訳もなく、服が売られていてもお洒落なものではなくて作業服やTシャツなどしか置かれていない。

生き残るために必死だったこの街の住人達はファッションに気を使っている余裕などない。

だとしたらセリカのゴスロリの服はどこから仕入れたのかと気になってヴィンスが尋ねると、セリカは「私が製造されたのはワープゲート事故以前でしたからこの服を作る技術も残っていたのです」と答えた。

セリカもセリカの服もロストテクノロジーだったのである。


「そういえばこの街を歩いて回ったことはなかったな。街の名前すら聞いたことがない」

「この街が作られたのも世界崩壊前で、元々潜水艦の軍用基地のための場所だったそうです。第二オーシャンベースという名前があったのですが、『街』と言うだけで伝わるようになったのでその認識も薄れていったのです」

「街と言えばこの場所しかなくなったからな。しかし一世紀も経たずに街の名前が風化するとは因果なもんだ」

「人が生き残って集落ができているだけでもまだ幸せですよ。この街の誰一人として生き残れなかったとしたら街すらも残らなかったのですから」

「……さらっと恐ろしいことを言うんだな」


プラス思考をしているようで恐ろしい想像をしているセリカにヴィンスは冷や汗を流す。

論理的な考え方をしているのでしかるべきではあったが想像もしたくないことだった。


「それで、この街にはどんな店があるんだ? 服を売っているところの他にも店はあるんだろう?」

「あるにはあるのですが、あまり多くありません。食料や飲み水など生活に必要なものの店ばかりです。この街は太陽光で発電したものを貯めておく蓄電池、酸素玉をリサイクルする工場などでほとんどが構成されています」


「酸素玉って、どうやってリサイクルしてるんだ?」

「酸化鉄を還元して酸素玉に注入するのだそうです。ディートリヒ・シュヘンベルクがこの供給システムを確立させてリサイクルできるようになったのですよ」

「そうだったのか。会ったこともない人物だがあの研究員は人類を救うためにこんなこともやっていたんだな」


ディートリヒがいなければこの世界で人類は誰一人生き残れなかった。

人類滅亡からすんでのところで生存を保っているのが彼だと思うと感慨深いものがある。

オゾンシールドのためのコールドスリープ、酸素玉供給システムの確立などディートリヒは荒廃した世界で誰よりも貢献した人物なのかもしれない。


セリカに話を聞きながら歩いていると、ようやく服屋に到着した。

やはりセリカが着ているゴシックロリータ服のようなものはなかったが、ヴィンスが予想していたよりは品揃えは悪くなく、気温の高い環境に合った服は何着かはある。

作業着やツナギのような服しか置いていない訳でもなかった。


「ヴィンスさん、私はどの服を着ればいいのでしょうか」

「俺もよくわからないが、とりあえずレベッカが着ているような服を試着してみようか。それと緩くて涼しい服とかも……おっ、スカートなんてものも残ってたのか」

「あの、できれば露出が少ないものでお願いしたいのですが……」


どんな服を選ばれるか心配するセリカの横でヴィンスは似合いそうな服を選んでいく。

この機会に考えうる全てのジャンルを試してみようと決めてヴィンスは次々にハンガーを空けていった。


その試着の結果、まずはレベッカがよく身につけている、丈の短いトップスとショートパンツを身に着けた。

黒色の革でできている服装はセリカの冷静な外見とマッチして気の強そうに見える。

セリカのブロンド髪と相まって強い存在感があった。


「あの、この服はレベッカさんだから似合うのであって私には似合わないのではないですか?」

「そんなことはない。次はこれを頼む」


服を渡されたセリカは試着室のカーテンを閉じる。

開けて出てくると、白くて柔らかい生地のワンピースにサークレットなどの防具を着けた、ボウガンか弓でも射りそうな服装になっていた。


「悪くはないのですが……やはりもう少し露出が少ない服をお願いしたいです」

「そんなに恥ずかしいのかい?」

「アンドロイドらしい部分はあまり晒したくないのです」

「セリカが気にしてるよりもずっと人間らしいと思うんだけどな。関節とか手の平とか見てもそう思うし」


そう言いながらヴィンスが何気なく彼女の肘や腕を触るとセリカはくすぐったいのか顔を上気させて目を逸らした。

まるで製造されてからこの長い時間の中で心が宿っているかのような、アンドロイドとは思えない仕草だった。


気にする必要はないと言っていたがセリカの要望に答えて更に試着してもらった。

露出が少ないものという要望に答えて選ぶと、今度は気に入ってもらえたようである。


「これなら砂漠や荒野でも動きやすいですし、肌もあまり見せないのでいいですね」

「俺としてはドレスとかカジュアルな服も着せてみたかったんだがな」

「それはこの世界にはありません」

「如何せんそうだな」


砂漠迷彩柄のズボンにノースリーブの黒インナースーツ、緩いローブにゴーグルまで身につけたセリカに言われてヴィンスは残念そうに眉をひそめる。

肌を出していなくても、髪を細い指でくるくる回して恥ずかしそうにしている。

ヴィンスの反応を窺っている様子はやはりアンドロイドらしくなかった。


「ヴィンスさんはこの服が私に似合うとお思いですか?」

「そうだな。よく似合っていると思うよ」

「そうですか。それなら私はこの服を買うことにします。選んで頂いてありがとうございます」


頬を染めて微笑みながら感謝を伝えると、すぐにその服を買いに行ってしまう。

プログラムで組まれているのかもしれないとしても、セリカの表情から考えるとその仕草すらも照れ隠しのように思えてならなかった。


セリカは環境に合わないゴシックロリータの服装から新しい服を着るようになった。

しかしヴィンセントはセリカが人間らしい表情を見せるようになったことが気になり始めていた。

以前はまだ、心がこもっていないアンドロイドらしく無機質な表情を見せることが多かった。

そんなプログラムはされていないし、気に障ったりすることはまったくなかったので問題なかったのだが、最近は人のように色鮮やかな表情を見せるようになった。

悪いことが起きている訳ではないが、ヴィンスはセリカに何が起き始めているのか疑問になり始めていた。



セリカを誘ってヴィンス達は街の出入り門の前までやってきた。

フンベルクに追われている時に通ったきりだったが、この場所からも特有の幻想的な景色を目にすることができる。

コンクリートの強固な壁で作られた門だが階段から上れる。

本来、街に襲撃してくる敵を迎え撃つための場所で機関銃や火炎放射器などが設置されているが、ビームシールドでできた海底トンネルを一望できるのだ。


ヴィンスは景色を眺めながら一息付いた。塀の上に腕を組みながらセリカと落ち着いた時間を過ごす。


「最近のセリカは本当に表情が豊かになったな。アンドロイドなのかどうか疑ってしまうくらいだよ」

「私にはあまり実感がありませんが」

「人間らしく見せるように自分でプログラムでも組んだのかと思ってたが、違うのか?」


セリカは首を横に振って否定した。本当にそのようで、きょとんとしてこちらを見詰めている。


「それじゃあ何か変わったこととかないか? 最近誰からかもっと人間らしい仕草をするように言われたり、笑ってほしいとか言われたりとか」


ヴィンスに言われてセリカはこれまでのメモリーを検索してみたが、どれも当てはまる出来事がヒットしなかった。

誰からもそれらのようなことは指摘されなかったし、言い付けられなかった。


ただ、以前には起きなかったのに最近になって頻発するようになったことはあった。

それは自分でも原因がわからず解決できていないことだった。

技術関係で頼れる人がいなかったセリカはその異常を伝えられずに放置していたのだ。


セリカはヴィンスに伝えても解決することができず、ただ余計な心配をさせてしまうのではないかと考えて判断を曇らせていた。

自分のことを尋ねられていても言い出すことがなかなかできない。

さらにその異常は自身の思考回路にまで起きているようで、どういう訳だかヴィンスに伝えることを拒んでいるようでもあった。

ヴィンスに知らせるべきだとも考えているのに何故だかそれを拒否している。

原因不明で矛盾だらけの異常事態が、セリカの思考回路を中心に起こっていた。


「些細なことでもいいんだ。最近で何か変わったことはなかったか?」

「ないこともないのですが……」

「何があるんだ? 言ってくれ」

「……」


問い詰められるセリカには「異常がない」と嘘を吐くプログラムまでは構築されていなかった。

拒んで言い留めていたことを話し始める。


「最近、私の胸部が熱を持つことが多いのです。エネルギーを余計に消費してしまったり、循環液が早くなったり、正常な判断ができないようになったり、何らかの異常が私の中で起きているようです」


その異常がセリカの人間らしさに繋がるかどうかヴィンスは考える。

どうしてそのような異常が起きるようになったのか推測しながら、セリカの話を聞き続ける。


「ヴィンスさんといた今日もそれらの異常は起きていました。ヴィンスさんが私の姿を見詰める度に胸や顔が熱くなり、肌を隠さなければいけないと考えていました。ヴィンスさんが選択して頂いた服を着るべきだと思考回路が訴えてきて、それ以外のものが適さない服だと決め付けてしまう判断をしてしまいました。今日以外の出来事でも、ヴィンスさんがレベッカさんと話している姿を見て、痛みを感じるセンサーが誤作動を起こしました。全てヴィンスさんが発端となる異常が起きているのです」


話しているうちにセリカの言う異常は顔のカメラにも至り、普段では有り得ない熱がこもるようになっていた。

ヴィンスの顔を直視しようとしてもできず、目線を逸らしながら話してしまう。

カメラの洗浄液が多量に流れてしまいそうになっていた。


ヴィンスはその姿に驚きつつも、冷静に考えながらセリカに言う。


「一つ思い当たることがあるんだけど、それを確かめるために試してみたいことがあるんだ。やってみてもいいかな?」


セリカは無言で頷く。カメラから溢れ出しそうになる洗浄液を白い指で拭った。


「セリカが嫌だと思ったらそう言ってくれていい。素直な反応を見せてくれ」

「わかりました」


何をするのかと考えながらセリカが答えると、ヴィンスはそっと手をセリカの頬に寄せてきた。

屈んで高さをセリカに合わせてきて顔をゆっくりと近付けてくる。


セリカの思考回路はしばらくパニックを起こしていたが決して拒もうとはしなかった。

顔も胸も耳も熱く循環液も早いが、近付いてくるヴィンスの顔をただ眺めている。

遂にはカメラさえも人工まぶたで閉じて、その感触を体で確かめるようにヴィンスの唇を受け入れた。


五秒にも満たない口付けだったがセリカにとってはいっぱいいっぱいだった。

これ以上していたらきっとオーバーヒートしてしまうかもしれない。そう思っていた。


「セリカの言うところの異常はどうだった?」

「かなり酷くなりました。全身が熱くなっていますし、エネルギーも大幅に使ってしまっています。循環液も今までで最も早いですし体が震えています。しかし、それらの異常が起きて酷くなっても、もっと続けていたい……と私の思考回路は思っているようです」


ヴィンスはセリカの言葉を聞いて微笑む。

「それなら良かった」と答える。

解決に至る答えが出て、それに動揺しつつも納得していた。


「試してみてわかったんだが、やっぱりセリカには人間で言うところの心が目覚めてるんだ。だから最近は人間らしいし、思考回路の異常も起きるんだろう」

「心……」


セリカは動揺しながら自らの胸に手を当てる。

実体がなくてわかりにくくても温かさの感覚ははっきりとそこにあった。

全く未知のものに目覚めた一人のアンドロイドは驚きながら言う。


「重いんですね……心って」

「そうだな。良いものか?」

「はい。きっとこれは……嬉しいって感情なんだと思います。こんな感情を持てるなんて、きっと幸福なことなんですよ」


笑顔を見せるセリカにヴィンスは目を奪われた。

これまで表情を見せればそれだけで珍しかったのに、ここまで感情を出して喜んでいる彼女の姿を見れば目を奪われずにはいられなかった。

脈拍が早くなったり、心臓が高鳴ったり、ヴィンスの体にまで異常が起こってしまいそうになっていたのである。


その魅力的な笑顔を見ていると、ヴィンスはちゃんとセリカに「恋をしている」と教えたい気持ちに駆られる。

忘れられない婚約者がいるのではぐらかせたのに、セリカの想いを受け止めたい気持ちが昂ぶってきたのである。


ヴィンスは心の中でセリカに感謝する。

自分のような人間に恋してくれているセリカが有り難くて、幸福に思う気持ちを一人噛み締める。

せめて今だけはセリカの側に居てあげたいとヴィンスなりに考えて、その日は遅くまで彼女と時間を過ごした。

心に目覚めたアンドロイドにもっと幸福に満ちた気持ちになってほしくて、今日を大切な思い出にしてほしくて、長い間海底トンネルを泳ぐ魚達を一緒に眺めるのだった。


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