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酸素じかけの境界層  作者: 堀河竜
第二章 海底都市、夢の空
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交差する想いと2つのルビー


飛行機はこの世界で広く用いられる電動エンジンで推力を得る設計だった。

太陽光だけは満ち溢れている世界ではソーラーシステムを介して得られる電力が重宝され、車やバイクなどの乗り物、街灯や工場の動力も太陽光から生まれる電力だった。

今回の飛行機も車の電動エンジンを改修し、プロペラを回して揚力を得る仕組みである。

バルドメロによればジェットエンジンを用いることも考えていたようだが、二酸化炭素だらけの世界で火を起こすためには酸素を浪費してしまうので見送ったらしい。


とはいえ電動エンジンは世界崩壊以前の技術を受け継がれているので五百馬力ほどのトルクを出せて、プロペラを回して揚力を得るには十分な動力だった。


飛行機の建造は一ヶ月を予定されていた。

当初は一年で予定されていた計画が一ヶ月へ一気に縮まったが製作人数が五人に増えて、作業時間も増えることによって見通せるようになった。

なによりヴィンス達にとってはフンベルクが襲ってくるかもしれないこともあって急いで完成させなければならなくて、ここまで予定を縮めなければいけなかった。

一ヶ月でもフンベルクの脅威に心が急かされている。

フンベルクが実際に行動を起こす前にこの街を出たかったが、なかなか作業は思い通りに進まなかった。

発注を頼んた部品が作業に間に合わず、手が空いてしまう日が何日か続いた。

出発したい気持ちが募るだけで何もできなかったのである。



そんな日にヴィンスはぼーっと惚けながら製作途中の飛行機を眺めたりしていた。

暇を持て余したヴィンスはコーヒーでもゆっくり飲みながら時間を過ごしていた。


「この世界の生き物は本当にオキシゲンナーがないと生きていけないんだな」


座ってゆっくり過ごしているヴィンスが呟いたのを聞いて、レベッカが視線の先を見ると白くて長い毛並みをした猫がいた。

ぴんと耳を立てて青色の目をした綺麗な猫だったが背中には小型のオキシゲンナーが着いていて、スノーボールのような酸素玉もしっかりとそこにある。


「でも魚は海を泳いでたでしょう?」

「そういえばそうだな」

「海の中ではまだ海草が自生していて酸素を生み出しているみたいなの。海中はまだワープゲート事故の影響が少なくて植物もどうにか生き残れたみたい」

「カンブリア紀みたいだな」

「そうね。オキシゲンナーのある生き物以外はカンブリア紀と大体一緒ね」


レベッカはオキシゲンナーの着いた白猫を抱えあげて膝の上に乗せた。

首筋を指の背で撫で、頭をゆっくりと愛撫する。

白猫は悪くない気分のようで、気持ちよさそうに目を細めている。

酸素のない世界にはもう生き残っていないだろうと考えていたこともあって、ヴィンスにとってもその姿はとても愛らしかった。


「些細な疑問なんだが」


ヴィンスは言った。


「子供を出産する時はどうしてるんだ? 新生児にもオキシゲンナーを着けるのか?」

「そうね。最初は酸素マスクを使うけど後から背中に埋め込まれるわ。赤ちゃんの肺とオキシゲンナーを繋いで生きていけるようにするの」

「本当に幸せか疑いたくなるな」


他人事のように呟いてコーヒーをすするヴィンス。

自分にとってはもう縁のない話だと思って聞いていたヴィンスだったが、そんな彼にレベッカは一つの提案を持ちかける。


「……幸せかどうか、試してみない?」


悠長に過ごしていたヴィンスは思わぬ言葉にコーヒーを咳込みそうになる。

レベッカが言っている試すということは話の脈絡からすると、幸せな赤ん坊を作れるかということだ。

暗にヴィンスに子供を作らないかと言っているようなものなのである。


「ヴィンス……この前フンベルク達に追われてる時に私がヴィンスの足に跨って迎撃してたことがあったでしょ? 意識を失ってたからその時のことがしばらく思い出せなかったけど、ヴィンスのここが凄く固くなってた」


そう言ってレベッカはヴィンスの股の間に手を触れる。

体を寄せてヴィンスの顔を覗きこみ、筋肉質な背中に腕を回す。

恥じらいながらも誘うようなレベッカの表情に見詰められるヴィンスは、心が高鳴り始めているのを感じる。


「私に女の魅力を感じてくれているのなら、ヴィンスの好きにしてくれてもいいのよ。今の私はヴィンスになら体を許してもいいと思ってるんだから」


鼻同士が触れ合いそうになるくらい顔を近付けるレベッカはヴィンスの頬に手を触れると、口を交わしてヴィンスの唇をくわえた。

舌をその中に滑り込ませてヴィンスの舌を掬い取り、何度もこねくり回す。

レベッカ自身も気持ちが昂ぶっていくのを感じ、ヴィンスの味を確かめるように舌を交差しながら唾液を吸う。

気持ちが昂ぶっていく内にヴィンスの太腿に馬乗りになり、両腕を背中に回して、舌を交わすのに夢中になった。


しかしそれらの行為の中でレベッカはヴィンスに意志がないことに気付いた。

触れ合っている胸からヴィンスの心臓が高鳴っているのはわかるし、下腹部からはヴィンスの固さを感じ取れるが、それでもヴィンスは自分から求めてこようとはせずに乗り気ではないとレベッカは悟った。


途端に不安になったレベッカは口をゆっくり離して顔を見詰めながら尋ねる。


「どうしたの? 私のことは好きじゃないの?」

「そうじゃない。君には全く問題ないし、むしろ良い女だと思っているけど、それでも俺にはレベッカを抱けない理由があるんだ」


目を逸らして答えるヴィンスを問い詰めるようにレベッカは真っ直ぐ見詰める。

その答えだけでは納得できない。


「世界が滅びる前に婚約していた人がいるんだ。何年も昔だし生き残ってもいないって諦めてもいるがどうしても忘れられない。コールドスリープで何十年も眠っていても気持ちは変わっていないんだよ」


忘れられない婚約者がいると聞いて胸が痛んでいるのを実感するレベッカ。

ここまでの行為に及んでおきながら妬いていることに自分自身でも驚いているが、ヴィンスにとって特別な女になりたいという想いからくる確かな感情だった。


嫉妬する感情に痛む胸を抱えながらレベッカは尋ねる。


「どんな人だったの?」

「赤くて柔らかい髪をしていて背も高かった。冷徹そうな外見だったけど本当は優しくて思いやりがあって綺麗で……そう、レベッカと似てる綺麗な人だった。このネックレスが形見で、同じものを二人で一つずつ持ってたんだよ」


そう言ってヴィンスは胸ポケットから出したネックレスを見せる。

それはコールドスリープしていた施設にあった、ヴィンスの私物として保管されていたものだった。


その金色のチェーンと大きなルビーのアクセサリーを見て、レベッカは嫉妬も忘れて心底驚愕した。

そんなはずはない、有り得ないと現実逃避するほどに驚いて、目を丸くして眉を険しく寄せた。

ただネックレスを目にしただけなのに異常な驚きを見せたのである。


「レベッカ、それほど驚くことか?」

「ヴィンス……まさかとは思うけど、私達……その……」


言葉で伝えようとするが頭で整理することができずにあやふやになる。

とにかく何か言うより先にヴィンスに見せるべきものがあると踏んだレベッカは、ローブのポケットに仕舞っていたネックレス……ヴィンスの持っていたものと全く同じものを取り出して見せた。

ヴィンスの婚約者が持っていると言っていたものをレベッカが持っていたのだ。


レベッカが驚愕した意味を知ったヴィンスはそのアクセサリーに目を見張る。

どう見てもヴィンスの持っているものと同じ金色のチェーンと赤いルビーのネックレスで、どうしてレベッカがこれをもっているかわからなかった。


「ヴィンス、これは私の母親から残された形見のネックレスなの。父親とペアで持っていたらしいって後から教えられて手にしたものなの」


そう話すレベッカの顔をヴィンスは真っ直ぐに見詰める。

このアクセサリーを持っている意味を理解し始めて、レベッカの顔が自らの婚約者の顔と重なって見えた。


「……ヴィンス、このことは何でもないことにして忘れてしまいましょう。母親は私と妹を生んでそのまま死んでしまったから名字すらわからなくて事実を確かめられないの。変に気にしないためにも忘れるべきだわ」


目を逸らすレベッカに、ヴィンスはただ頷くことしかできない。

関係を確かめられないのなら気にするべきでない。

その通りだと思って、それ以上は何も話すことができない。


ヴィンスに跨ったままだと気付いてレベッカは体を離した。

ヴィンスに背を向けてその場を後にしようとする。


「ねえヴィンス、私達は明日からまたいつも通りよ」

「できるかわからない」

「できなくてもやらなきゃだめ。旅をするためにも必要なことよ」


レベッカはヴィンスよりもずっと辛そうに眉をひそめる。

それもそのはずだった。

ヴィンスにとっては事実があるだけだったが、レベッカにとっては胸を焦がしていた相手が父親かもしれないとわかったのだから。


それでも強がって見せるレベッカは目を擦りながら背を向け、駆けるようにしてその場から去っていった。

きっと泣いているだろうと思っていてもヴィンスには追いかけることもできずに項垂れるしかない。


コールドスリープが作り出した時間の悪戯に苛まれてしまったとヴィンスは思った。

事実を確かめられないのは幸運だったのか、それとも不幸だったのかと考えながら、ヴィンスはレベッカが走り去った後を眺めていた。

近くにいた白猫がじっとそのヴィンスを見詰めているのだった。


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