ガレージで見たもの
病室のベッドを出てトレーラーを見に行くと、そこにはただの鉄塊しかなかった。
これまでヴィンス達が乗ってきたトレーラーは炎によって何ヶ所も黒く焦げていて、心臓であるエンジンは火の手が回って粉々に吹き飛んで形すら残っていない。
コンテナに積んでいたバイクも火に包まれて修復できるかわからなくなっていた。
再び四人で旅を続けることを決めたのに出発から大きな問題が立ちはだかる。
早めに出発しなくてはいけないのに思わぬ足止めだった。
ヴィンス達は途方に暮れて廃棄場の玄関から、ビームシールドで覆われている街の空……つまり海を仰いだ。
この街からも太陽を目にすることはできず、星も輝かない暗い空を月明かりだけが照らしている。
トレーラーのことで気落ちしてしまいそうだったが、その特徴的な光景に気付いてヴィンスは目を見張る。
夜の暗い空だったが星の代わりに海を泳ぐ生き物が光り輝いている。
魚の鱗が月明かりを反射してきらきらと不規則に点滅し、虹色に発光するくらげが空に橋を架ける。
街灯の光で照らされていることもあってその彩りが鮮明に浮かび上がっていて、独特な夜空を作り上げていた。
ヴィンスはそのような幻想的な空を目にして、初めてこの世界で美しい光景を見つけていた。
これからのことも頭から離れ、しばらく空に見入る。
「陸とは違って海にはまだ生き物が残っているの。海中は太陽の光が緩和されて生きることができるみたい」
レベッカが一緒になって空を眺めながら言った。ヴィンスもそのまま眺めながら答える。
「綺麗な海だ。この世界にもこんな景色があったなんてな」
「今までの旅でも綺麗なものはあったじゃない。星空はいつ見てもいいものよ」
「そうだけどこの景色は見たことがなかったんだよ」
「そういえばこの街は太陽の光から逃れるために作られたって聞いたことがあるわ。ワープゲート事故が起きる前には海底都市なんてなかったのかしら」
「きっとそうさ。この海の景色は今じゃないと見られないものだ」
二人してこの世界特有の空を眺める。
動きの速い魚が素早く泳いでいって箒星のようにきらきらと光りながら消えていく。
ヴィンスはその魚が気になってじっと目で行方を追っていた。
その目線の先であるものがふと目に映った。
幅二十メートルほどの小さいガレージがあり、そこで老人が乗り物を整備していたのである。
この荒廃した世界では珍しく、ヴィンスもおそらくもう見ることはできないだろうと諦めていた小型の飛行機であった。
ヴィンスはガレージに歩いていき、その懐かしい姿を眺める。
整備していた老人が話しかけるまでヴィンスはじっと飛行機を見ていた。
「あんた、これに興味があるのかい」
白い髭を伸ばし、白髪を後ろで結った老人はヴィンスに気付いて尋ねた。
「この世界にはもう飛行機はないと思っていたからな。驚いたよ」
「この世界?」
「ああ。滅びる以前から最近までコールドスリープしていたんだ。見た目は二十代後半でも五十年は生きてる。ヴィンセントだ。ヴィンスって呼んでくれ」
老人はヴィンスが本当にコールドスリープしていたのか疑問だったが、取るに足らないと思って気にしない。
名乗られたのでこちらも返すべきだと自らの名前を言った。
「……バルドメロだ」
突然現れた男の顔を一瞥すると、老人バルドメロはまた黙々と作業に戻る。
ヴィンスも飛行機の状態を眺める。
飛行機は全長9メートル全幅13メートルで、種類で分けるなら軽飛行機ほどの大きさだ。
レシプロエンジンのように前方にプロペラが付いていて、コックピットの下に主翼が両方に伸びている。
垂直尾翼と水平尾翼はこれから付けるようで、バルドメロはその部分を製作していた。
「この飛行機はいつ完成するんだ?」
「わからねえよ。これを作ってるのが俺一人で、しかも趣味でやってるようなものだからな。二酸化炭素だらけの世界で飛行機を飛ばそうなんてやつは俺くらいの物好きだよ。仕事もしながら作っているし、たぶんまだ一年掛かると思うぞ」
「そんな世の中でどうして飛行機を作ろうなんて思ったんだ?」
「俺は昔、空軍の戦闘機で飛び回ってたんだ。世界が滅んでもその時のことが忘れられなくて、廃棄場から鉄くずを引っ張りだしてきて地道に作っている訳さ」
ヴィンスは「なるほどな」と相槌を打つ。
「空を飛ぶのはいい気分だぞ。今もあの時の空があるのかわからないが、バレルロールしたりインメルマンターンしたり、慣性に逆らいながら自由に飛び回るのは本当に解放感がある。酸素玉の物価も高くて厳しい世の中だが、それでも諦め切れないものなのさ」
バルドメロは尾翼の製作しながら自らの想いを語る。
相槌を打って彼の気持ちを理解するヴィンスだったが、その一方であることを考えていた。
レベッカたち三人もガレージにやってきたところでヴィンスは提案する。
「この飛行機で目的地に向かわないか? まだ完成していないが、全員で製作を手伝えば早いうちに飛べるようになるはずだ」
そう言われても三人の表情は釈然としなかった。
世界が滅んだ後に生まれた三人は飛行機がどんな乗り物か実感が持てず、旅の手段として乗ってもいいのかわからない。
そもそもこの乗り物が飛ぶと言われても、本当に飛ぶものなのかと半信半疑にしかならなかった。
「バルドメロ。俺達は行かなければいけない場所があるんだ。飛行機を作るのを手伝うから、そこまで連れて行ってくれないか?」
「なんだって?」
バルドメロも突然言われて決めかねた。
今日知ったばかりで見ず知らずの相手とそんな約束をしてもいいのか躊躇わずにはいられなかった。
それどころかレベッカからも「待って」と遮られる。
「確かにトレーラーは動かなくなったから別の乗り物が必要だけど新しい車を用意することもできなくはないのよ?」
「飛行機の方が車より断然早いしフンベルクの追手も突き放せる。族どもがぎゃーぎゃー騒ぐのを空から高みの見物しながら逃げられるんだぞ。それなのにどうして車を選ぼうとするんだ?」
「でもヴィンス……」
レベッカは何か言いかけたがバルドメロに気を遣って口をつぐんだ。
その言葉を察してヴィンスが先に言う。
「この飛行機がちゃんと飛べるかどうかわからないだって? それは飛行機が飛んだ姿を見たことないからだろう。俺達の知ってる世界じゃこういった飛行機は何機も空を飛んでいて、一日に十万回も離着陸を繰り返してたんだぜ? なあバルドメロ」
確かにそうだ、と老人は返答する。
肯定はするものの、バルドメロは唐突に話を持ちかけてきたヴィンスを訝しんでいる。
ヴィンスが本気かどうか確かめずにはいられず、気が付けば作業の手を止めていた。
バルドメロとの交渉には、ヴィンスがこの世界に目覚めた経緯から始まって、オキシゲンナーによる能力やオゾンシールドを展開する目的などを話さなければならなかった。
俄かには信じがたい話でバルドメロもなかなか頷かなかったが、ヴィンスの能力を見せると納得せざるを得なかった。
話だけでは突拍子もなかったがオキシゲンナーの力は話の根拠とするには十分すぎるほど印象が強く、交渉に欺瞞を持ち込んでも互いに利益がないことを理解して、特に断る理由もなかったバルドメロはヴィンス達との取引に乗ることにした。
ヴィンス達は飛行機の建造を手伝うことにし、その報酬にバルドメロは四人の目的地への旅を手伝うことになったのである。
「しかし俺達はフンベルクに追われていて、あんたもその危機に見舞われるかもしれない。それは覚悟しておいてくれないか?」
ヴィンスはフンベルクの問題を取引で重要なことと踏まえて伝える。
「フンベルクってやつは車に乗って襲ってくるのかい?」
「そうだ。バイクやセダンやらモンスタートラックやら、数を成して襲ってくるやつらだ」
それを聞いてバルドメロは鼻で笑う。
「それなら恐れるに足らん。飛行機は離陸しちまえばひとっ飛びさ」
「そうらしいぞ、お二人さん」
ベルとレベッカがどう思うかヴィンスが尋ねてみると、やはりまだ飛行機について半信半疑ではあったものの納得してくれた。
見たことないものを建造して旅の足にする立場だと考えるとレベッカ達が悩むのも仕方のないかもしれないが、ヴィンスとバルドメロの自信は二人からすれば固く見える。
元々ヴィンスが進み出した道と考え、舵取りを任せるつもりで二人は飛行機の建造に加わることを決めた。
こうして五人の作業は始まった。
一年を見越していた一人の計画を、四人が加わって本格的に取り組み始めたのである。
重要人物にはしないつもりですが新キャラです。
あまりシナリオの中盤で新キャラ出すのはどうかと悩みましたけど必要な人物なので出しました。




