長い眠り、その果ての意志
レベッカが目覚めたのは意識を失ってからあまり長くない時だった。
意識が戻ると錆びたベッドに横へなっていて、弾を受けてしまった肩も縫い塞がれていた。
族もすっかり居なくなってしまっていて、彼女は全ての危機からも解放されていた。
レベッカはここが自分達の住んでいた街だという事を理解した。
意識を失ってしまったがその間に到着できたのだ。
そしてこれまで一緒に旅を続けてきた仲間達の事を思い出す。
ヴィンスにバイクでトレーラーまで送ってもらって、意識を失ってしまった後、ヴィンス達はどうなったのだろう。
彼女自身は助かったものの三人の身に何かあったらと考え始めるとレベッカは居ても立ってもいられなくなる。
まだ肩が痛むものの構わずレベッカはベッドから立ち上がった。
薄汚れた白色の病室を出て古い建物内を足早に歩いていると、ベルとセリカの姿を見付けた。
二人共腕や足などに包帯を巻いているが大きな怪我を負っている訳ではない。
ベルの体はいつも通り大きく筋肉質で、セリカも変わりなくそこにいて無機質な表情を浮かべている。
その普段と変わりない姿を見て一息ついているとベル達が肩に包帯を巻いているレベッカに気付いた。
「レベッカ、もう寝てなくても大丈夫なのか?」
「大丈夫。それより二人は?」
「トレーラーが転倒した時にコンテナの下敷きになったが怪我は大したことなかった。セリカも無事だぞ」
「そう……よかった。それで、ヴィンスは? ヴィンスは無事なの?」
レベッカに尋ねられたベルは突然答える言葉を失って、何も言わずに向こうにある部屋を指で示した。
セリカの表情もいつもと変わらないのにどこか悲しそうである。
不吉で嫌な予感がしたレベッカは、指差された部屋へと急いで走った。
黄ばんで古ぼけた病室に行くとカーテンが風に煽られて大きく膨らんでいる。
暴れるカーテンの横で、ベッドに眠るヴィンスの姿がそこにあった。
レベッカが駆け寄って体を揺するが目を覚まさない。
安らかな顔でゆっくりと眠っていた。
「ヴィンス……ヴィンスは大丈夫なの?!」
慌てる彼女にセリカが冷静に答える。
「ヴィンセントさんは私達を助けるために決死の覚悟で最後の酸素を使いました。族を退けたもののトレーラーが横転してしまい、ヴィンセントさんはあなたを庇いながら倒れました。そのまま酸素がなくなってオキシゲンナーも機能しなくなり、意識を失ってしまったのです」
「それでも安心してくれレベッカ。セリカが酸素玉を取り替えたから命は取り留めた。後遺症が残るほどのダメージもなく数日で意識が戻ると主治医が言っていたから安心していいんだ」
ヴィンスが自分自身を庇って意識を失ってしまった。
自分が肩に銃創を負ったりしなければヴィンスは命の危機に晒されることなんてなかったのにと、レベッカは自らを責め始める。
そして彼女が意識を失う瞬間に見たヴィンスの顔を思い出す。
とても慌てていて、まるで彼女の危機を自分のことのように取り乱す様子は朦朧としている意識の中でもよく覚えていて強い印象になっている。
自分を抱きかかえている目の前の男はただの男ではなく特別な人なんだと感じたこともレベッカは思い出し始めていた。
「ヴィンス……」
眠ったまま起きないヴィンスの手をレベッカは握り締める。
必死になって助けてくれた彼に自分がしてやれることはこれくらいしかなく、ベッドの隣にいて看病しながらヴィンスが目覚めるのを待つしかできなかった。
レベッカは長いことそうして時間を過ごした。
体を拭いてあげたり服を着替えさせたりもした。
眠る時間になってベルとセリカが病室を去ってもレベッカはヴィンスの側を離れずに隣に座っていたのである。
それは想像するよりもなかなか根気のいることで、看病するのも大変なことだったが、彼女にとっては命を救ってくれただから当たり前のことと思っているようだった。
ましてや自分の所為でヴィンスが眠ったままになってしまったと思い込んでしまって付きっ切りで一緒に過ごしていた。
その間にレベッカは自分が意識を失ってから何があったのかをセリカから詳しく話を聞いた。
止血が遅れて失血が酷くなってしまい、ヴィンスから輸血してもらったこと。
トレーラーが横転した時に彼女を庇ってくれたこと。街まであと2、30メートルというところでトレーラーは止まってしまったけど街からの救援でなんとか族を追い払えたことなど、詳しい経緯を教えてもらった。
どうしてそこまでして助けようとしてくれたのかレベッカにはわからなかった。
セリカから語られるヴィンスの姿は自分を省みずに救おうとしているようだった。
他人に構っていれば命を落としてしまう無情な世界だからこそ、レベッカにとってはそれが並外れて尊いことに思える。
レベッカはヴィンスがただの他人とは思えなくなってきていた。
そんな時間を過ごした後のことだった。
二日続けて看病し、その日も病室で眠る時を明かしたレベッカが目覚めると、緑の患者衣を着た男は一日振りに覚醒していた。
待ちわびていた姿を見てレベッカは涙が込み上げさせる。
ようやく地に足が着いたような心持ちになって堪らずヴィンスの胸に抱きついた。
「おはようレベッカ」
「……おはよう」
「レベッカはいつも泣いてるな。情緒不安定なのか?」
「あんたが困らせてばっかりだからでしょ」
ヴィンスの憎まれ口すら今は心地良い。
いつもなら煩わしいのに、久しぶりに彼の冗談を聞いたからか、もっとヴィンスらしい言葉を聞いていたい。
ヴィンスには決してその顔を見せようとはしなかったがレベッカは顔を埋めている彼の胸で涙まじりに笑っていた。
それからしばらくヴィンスは病室でゆっくりと時間を過ごして休んでいたものの、ベルとセリカがやってきてから言った。
「これから病院を出る。担当医には何か理由を言って伝えといてくれないか?」
いきなりそんな話をされても誰も納得などできるはずもなかった。
「そこまで急ぐ必要はないだろう? せっかく休めるんだから寝てていいんだぞ」
「ベルの言う通りよ。それにまだ検査が済んでないからまだ安心できないわ」
「いやだめだ。俺はフンベルクに恨みを買ってしまったんだ。奴のような男ならどんなことをしてでも借りを返しにくるはず。だから俺は長くはこの街にいられないんだ」
三人はヴィンスの言葉に何も返せなくなって黙り込む。
確かにフンベルクなら街に逃げ込んだとしても構わず襲おうとしてくる。
トレーラーが転倒する時、ヴィンスはフロントガラスを発砲してフンベルクと同士討ったが、その時ガラスがフンベルクの片目を傷付け視力を奪っていた。
族を追い返すことはできたものの、ヴィンスは大きな恨みを買ってしまっている。
意識を失ったヴィンスを片目で睨みながら去っていくフンベルクを、恐れながら見送ったのは、他ならぬセリカとベルだった。
「街を出てどうするつもりなんだ? オゾンシールドを張りにいくのか?」
「そうだ。フンベルクに構うことはない。研究員のディートリヒ・シュヘンベルクに託されていることでもあるんだから、俺はオゾンシールドを張りに行くよ」
それが今を生きる意味となっているヴィンスが目的を変えることはない。
オゾンシールドを展開して人が太陽の光を見られるようにする。
フンベルクに恨まれようが命を狙われようが変わらないことだった。
そのヴィンスと変わってこの街に留まることになるレベッカ達は止める理由もなくなり、何も言うことはなくなる。
しかしこの街で平和に暮らしたいのならこのまま送り出した方がレベッカ達にとっては間違いなく正しい。
それでも決して納得はできず、三人の感情が落ち着くことがない。
これまで一緒に旅を続けてきたヴィンスと別れるのが惜しくなったのか、それとも別の感情が胸にあるのか、黙って送り出したくない気持ちになっていた。
「ヴィンス、俺もその旅に連れて行ってくれないか?」
沈黙の末、ベルが言った。
「俺もヴィンスが目指す世界を見てみたくなったんだ。俺を役立ててくれ」
「私も行くわ」
レベッカまで言い出した。
「妹の夢もなくなったから、代わりに何か夢中になれるようなことをしたいの」
続いてセリカも言う。
「私もアンドロイドですので勿論付いていきます。まだ一緒に旅を続けていたいのです」
セリカも加わり、結局これまで通り三人で旅を続けることになる。
これからまたフンベルクに追われて、目的地に辿り着いたとしても危険な目に遭うかもしれない。
そんな旅に三人を連れて行くのは気が引けたが、それでもヴィンスは嬉しかった。
困惑していても口を緩めずにはいられなかった。
「いいのかお前ら。俺が目指す場所は今も残っているかわからないところだ。フンベルクだってきっと襲ってくるし、誰かが命を落とすことだってあるんだぞ」
「それは今までだって同じだ。目的地が残っていなくてもその時はその時さ」
「それにきっと私達はまだこの四人で旅を続けていたいのよ。一箇所に留まっていたらきっともう体が疼いてくる。だから私達を連れて行って」
そこまで言うのならヴィンスにも断る理由はない。
ただこれまで通りこの四人で旅を続けて目的地を目指すだけ。
一緒にオゾンシールドを張って世界にもう一度太陽の光を見せられるようにするだけだった。
ヴィンスはまだこの四人で旅できることの喜びを噛み締める。
自分達を待っている長い旅に武者震いしながらヴィンスは言った。
「それじゃあこれから旅の準備をしよう。到着して早々だがこの海底都市を出発するんだ」
「ああ……待ってくれヴィンス。一つ問題があるんだ」
旅への士気が高まっていたところだったが、ベルが申し訳なさそうに事実を伝える。
他の二人も残念そうに下を向いて項垂れている。
ヴィンスが尋ねると、ベルははっきりと答えを返した。
「俺達が乗ってきたトレーラーはもう動かねえんだ」




