消え行く意識の中で望んだ事
トレーラーを追っていると道がアスファルトに変わった。
アスファルトと言ってもかなり古くなっていたが、それでもダートな路面よりもずっと振動が少なくなる。
これまで悪路ばかり走ってきたので新鮮さがあったが、族に追われ、あまつさえレベッカが撃たれているこの状況ではそれを感慨深く思う余裕などヴィンスにはない。
スタングレネードで隙をついたものの、五台ほどの車両が既に五十メートルの距離まで近付いていた。
エンジンを全開で飛ばしていても離れる気配はなく、性能の良いエンジンで走らせているようで、むしろ段々と車の距離が縮まってくる。
弾丸も飛んでくるようになり、真っ直ぐに走る事はできなくなった。
「ヴィンス……」
後ろに乗せているレベッカが弾痕の痛みに堪えながら言った。
「迎撃するわ。銃を貸して……」
怪我を負っていて呼吸も荒くなってきている彼女の様子を見てヴィンスはレベッカが心配だったが、このまま銃撃してくる敵を許していたら二人共助からないかもしれなかった。
やむを得ずホルスターから抜いた拳銃を片手で渡す。
「前へ回れレベッカ。このままじゃまた撃たれちまう」
ヴィンスの言葉を聞くとレベッカはヴィンスの肩を掴んで太腿へ足を伸ばした。
二人で息を合わせて前後を入れ替えると、ヴィンスの肩に腕を乗せて、そこから目標への狙いを定める。
まるでバイクの上で抱き合うかのような体勢だったが手のブレもなく発砲しやすい。
オートバイで敵が迫っていたがすぐにタイヤを運転手の眉間を撃ち抜き迎撃できた。
ところがやはり肩に怪我を負っている事もあっていつものようには射撃できない。
撃たれていない肩で反動を抑えてはいるのだが利き手ではなくなってしまうし、発砲の衝撃が銃創を痛めつけていて、撃つ度にヴィンスの首元に血が滲む。
それでも自分達が生き残るために撃ち続けて、バイクは全開で道を走る。
「トレーラーが近い。あともう少し堪えてくれレベッカ!」
迎撃を続けながら走って、ようやく先行していた車が目の前に近付いてきた。
トレーラーまで辿り着けれればレベッカの止血や消毒くらいはできる。
ヴィンスとレベッカは血液型も同じなので輸血もできるはずだった。
ところが背後から二人乗りの大型バイクが近付いきていた。
バイクのハンドルを握る運転手の後に、M47ショットガンを構える大男が乗っている。
レベッカが族達を迎撃していたのが、大男の乗るバイクは車の影からリロードのタイミングを狙っていて、マガジンの弾が尽きるのに合わせて急加速してきたのである。
レベッカがヴィンスのホルスターからマガジンを抜いて慌ててリロードする。
歯を食いしばりながらスライドを引いて薬莢を送ったが間に合わず、ショットガンの射程内に入られてしまった。
狙いもヴィンスの背中に定められていて外しようがない。
万事休すと二人が思った時、突然前方から大きな音と共に銃撃が始まった。
族のバイクが転倒してエンジンが爆発する。
誰の攻撃かと思ってレベッカが前を見ると、トレーラーのルーフにAK-47自動小銃を構えたベルが立っている光景が目に移った。
二人を見兼ねたベルが助けてくれたのだ。
「危ねえところだったな。もう少しで撃たれるところだったぞ」
「レベッカが怪我をしてるんだ! 早く乗せてくれ!」
一息もつかずにヴィンスは叫ぶ。
ヴィンスの胸に倒れ込んでいる彼女は意識が朦朧としていて、呼吸も脈拍も速くなっている。
止血が遅れて血を失いすぎてしまっていた。
ベルにラダーを下ろしてもらって、走っているトレーラーに強引に乗り込んだ。
まだ後方から族が追ってきているが、ヴィンスは構わずレベッカを運転席の後部座席に寝かせる。
医療キットもベルがコンテナから用意してくれた。
「ベル、追ってくる連中の相手を頼む。レベッカは俺が何とかする」
ベルは「わかった」とだけ言って自動小銃を片手にコンテナへ行く。
ヴィンスもレベッカの虚ろになった目を見てすぐに処置を始める。
ハンドルを握っていたセリカもレベッカを案じてその処置の顛末を気にしていた。
「止血を急いでください。その注射器を使えばすぐ止まります」
「わかってる」
セリカの言う注射器のような器具を医療キットから取り出して、レベッカの銃創に当てる。
錠剤状の特殊なスポンジを押し出すと流れ出ていた血液を吸って固まる。
溢れ出ていた血はようやく止まり、一時的だが止血が完了した。
「レベッカ、気をしっかり持てレベッカ!」
やっとの事で処置に在り付けたヴィンスは、朦朧としているレベッカの意識を保つために呼び掛ける。
しかしどんなに名前を呼んでも返事する事はなく、その目線もどこを向いているのかわからず虚ろだった。
「家族……」
表情と言えるものがなくなり青白くなった顔でレベッカは消え入りそうな声を漏らした。
ヴィンスはその声を聞こうと耳を寄せる。
「私の家族に会いたい……もう一度でいいから家族に会いたい……」
生死を分けるような瀬戸際に声で表した想いは彼女自身の家族の事だった。
先日ようやくその死を受け入れる事のできた妹や亡き母親の事を思い出しているのかもしれない。
自身さえも命を失ってしまうかもしれない状況にも関わらず込み上げてきたその想いは間違いなく彼女が一番に望んでいる事だった。
その言葉を残してレベッカの体からゆっくりと力が抜けていった。
眠りに入るのとは違う、意識を失っていく様子を見てヴィンスは愕然とする。
そんな訳ない。
このままレベッカが永い眠りにつく事なんてない。
まだまだ生きられるはずだ考え、しばらく現実を受け入れる事ができなかった。
意識を失ったレベッカを見てヴィンスは彼女に対して初めての感情を胸に抱いた。
このトレーラーで旅している時や喧嘩して不味い紅茶を飲まされた時にはなかった、掛け替えがなく尊いという感情が心に満ちたのである。
ヴィンスはその感情が駆るままに医療キットへと手を伸ばした。
ゴム管と針を取り出して自分の腕に針を刺す。
「レベッカ……レベッカ、死ぬな……」
そう呟きながらゴム管に血が通っていくのを見る。
それをレベッカの腕に繋げ、自らの血液をレベッカに輸血し始める。
彼女の頭を抱えて再び名前を呼ぶヴィンス。
脈拍がまだあって呼吸もしているので輸血していれば悪化しないはずだが、ヴィンスの心にはまだレベッカへの想いがある。
どうにか助かって生き延びて欲しいという感情を、他の誰よりも感じている。
「君は俺にとってこの時代で一番に特別な女だ。ここで死ぬなんて許さない。そんな結末なんか認めるもんか」
ヴィンスの言葉が届いているのか届いていないのか。
それどころかバイタルが安定したのか危ういのかも定かではなかったが、レベッカの表情はまるで眠っているように安らかだった。
ヴィンスに見詰められて安らいでいるようにも見えた。
「ヴィンスさん、街への道が開けてきました。レベッカさんも私達も助かるまであと少しです」
セリカに言われてヴィンスはゆっくりと顔を上げて車の外を見る。
道の先を眺めてみるとそこにはトンネルのようにビームシールドが張られている道が見えた。
どうしてそのようなものが張られているのか不思議だったが、すぐにヴィンスはある事に気付いた。
ビームシールドのトンネルは水の中……つまり湖の中へと続いていたのである。
止血の事を調べてたんですが「X STAT」という、錠剤状のスポンジで止血できる特殊な注射器の事を思い出して全部無為になりました。
SFだからそういうものがあってもいいかと思って参考に登場させてます。




