一人立ち向かうレベッカ、迫る酸素残量
しかしトレーラーが目的地に到着する以前にレベッカの命が問題であった。
奪ったセダンに乗って一人で族の群れへ向かった彼女だったがあまりに無謀だった。
以前は、腕の立つヴィンスの隙をついて倒した事もあるレベッカだが、これほどの多くの相手をするにはさすがに心許ない。
それでもただやられるだけのレベッカではなかった。
奪った車で後方へ下がり、族の前まで来ると、手榴弾のピンを抜いてダッシュボードに仕掛ける。
族の車に目掛けて減速し、衝突する直前にレベッカはハンドルも放り出して他の車へ跳び移った。
セダンを2、3台巻き込んで大爆発を起こす。
炎と黒煙が雲のように舞い上がり、乗っていた敵も外に吹き飛ばす。
跳び移って背中からフロントガラスへ突っ込んだレベッカも間髪入れずにUZI短機関銃を構えて左隣の車の乗員を撃つ。
反対側から接近してきた車に目掛けて、振り向きざまに連射。
弾薬が切れたところで立ち上がり、銃を捨てて再び左隣の車へ飛び移った。
運転手を蹴り落としてハンドルを握ったものの、この目まぐるしい展開は止まらなかった。
後方から銃を撃たれ、リアガラスどころかフロントガラスまで貫き割られる。
このまま走っていてもタイヤを狙われ、レベッカ自身も撃たれかねない。
三方向からの銃撃の中、レベッカは一番大きい車を見る。
ホイールもタイヤも規格外に大きく車高はセダンより二倍以上もあるモンスタートラックに族のリーダーが乗っているに違いない。
そいつを人質に取ってしまえば少しでも良い状況になるはずだとレベッカは推し量った。
そう決めると彼女はアクセルを踏み込んでハンドルを切り、その巨大な車の前方に出た。
割れたフロントガラスから手榴弾を投げ、その爆発に敵の気を取らせている隙にレベッカは車を飛び出す。
錐揉み状に回転して弾丸の嵐を避け、ダガーナイフと拳銃を抜くとまずジープに着地して銃座手を切り抜ける。
着ているローブを翻しながらモンスタートラックに跳び付き、自分の背丈ほどもあるタイヤにも恐れずその車体へ上った。
これだけの人数が近くにいながら誰も彼女の流れるような勢いに追い付けなかった。
グレネードの爆発で隙を取ってからレベッカがここまで移動するのに十秒ほどしか掛からなかった。
族の全員が彼女に銃口を向ける頃には既にレベッカが運転席のフンベルクに銃を向けていた。
「撃つな! やめろ撃つな!」
どこからか発砲を止める声が聞こえる。
銃口を向けた族たちだったが彼女にフンベルクを人質に取られていてはそう叫ばざるを得なかった。
今の彼女を撃つ事はフンベルクを撃つという事であり、誰もレベッカを撃てなかったのである。
そして状況は膠着状態に陥る。
彼女は銃を向けたまま静止し、彼女もいくつもの銃口を向けられたまま動かない。
エンジンを唸らせて走っていた車が全てゆっくりと停止し、辺りは沈黙だけが広がる。
アイドリングするエンジンだけが静かに響いていた。
「あんたがフンベルクっていうリーダーね? 指揮を執っていたのを見たからわかるわ。車から出てルーフの上に立ちなさい」
レベッカに銃口を向けられていたがフンベルクは依然余裕そうに笑みを見せているままだった。
彼女の言う通りルーフの上に立つが仁王立ちしていて、レベッカを嘲笑うかのような表情を見せる。
「それで、どうする? 仮に俺を人質に取ったとしてお前はどうするつもりなんだ?」
「私達が町に着くまで人質として一緒に――」
そこまで言ってレベッカはフンベルクの言葉に疑問を覚えた。
些細な事だったので気付かなかったが、思い返して言葉の不自然さに気付いた。
「『仮に』ですって?」
「そうだ。お前は俺を人質に取ったつもりらしいがまだ甘い。簡単に優位を取られるほど俺は優しくはないぞ」
フンベルクは銃口を向けられているにも関わらず手を腰のホルスターに掛ける。
それを見てレベッカは彼の足を撃ち抜こうと発砲するが、見えない何かに弾かれて防がれる。
諦めず2、3発撃っても弾は通らず、まるでヴィンスが空気の膜で防ぐように弾かれる。
どんなに発砲しても命中せず、撃った弾は貫通せず、遂に銃がホールドオープンして、フンベルクの言葉の真意を理解した時、レベッカは彼の放った弾丸に体を撃ち抜かれていた。
痛みが感じると同時に血が背後から飛び出る。
着ているローブとトップスが自らの鮮血で濡れ、腹部にもだらりとそれが伝う。
歯を食い縛っても痛みが収まる事は決してなく、むしろ体に穴が空いた事による鈍痛は酷くなっていった。
震える足が体のバランスを崩す。足を踏ん張ろうとしても力を込める事ができず、レベッカはゆっくりと車のトラックから落ちていった。
「レベッカァー!!」
レベッカに注意を取られていた族たちはその叫び声によってようやく背後から迫り来る者に気付いた。
ヴィンスがトレーラーのコンテナからバイクを引っ張り出し、レベッカの危機に駆け付けたのである。
「撃て! 撃て!」
族が張る弾幕をもろともせずにヴィンスはそのままバイクで突撃する。
空気の盾で全ての弾丸を跳ね返し、車の間を通り抜けてレベッカのところへ急行した。
「大丈夫か、返事しろレベッカ?!」
堪え難い痛みに苦悶の表情を浮かべながらレベッカは目でヴィンスに答える。
意識はあるようだが肩を撃たれていて出血が酷い。
肺も損傷している可能性もあり、急いで手当てしなければ命が持たない怪我だ。
一先ず敵に囲まれているこの場所から脱しなければと自分さえも助からない。
トレーラーに戻らなければとレベッカを背中に抱えようとするヴィンスだったが、そんな彼に背中の機械が一つの情報を伝えてきた。
『危険、酸素残量低下。酸素残量低下。残り2パーセントです』
「なんだと……?」
敵に囲まれて四方から銃撃されているタイミングでその事実を知る事になり、ヴィンスは動揺を隠す事はできない。
本当なら一日持つ残量でも特殊能力を使えばあと一回分。
空気の盾を一回張れるか張れないかの酸素量だったからだ。
しかし彼のオキシゲンナーなら酸素が急速になくなっていても不思議な事ではない。
ヴィンスのオキシゲンナーは特殊な能力と引き換えに酸素の消費が早く、特にヴィンスは先程の施設で透明化して酷使してしまった事がこの危機を招いてしまった原因だった。
「ちくしょう、これで少しでも保て!」
持ってきていた閃光手榴弾を真上に投擲する。
強烈な光で一時的に族たちの視界を奪い、その隙にレベッカと共にバイクでその場から脱出する。
エンジンを全開まで回転させ、先を進むトレーラーへと逃亡を図った。




