誰が彼女を殺せるの?
爽やかな風が吹き抜け、草の香りを運んでくる。
翠玉の大きな瞳をしばたたかせて、エレインは彼をまじまじと見つめた。
刈り込んだばかりの芝生に散らばる艶やかな黒髪。白くなめらかな肌、形の良い珊瑚色の唇。驚いたように瞠られた瑠璃の瞳。
「あらあら」
手を伸ばして彼の頰に触れると、幼さを残した頬の柔らかさが指先に伝わる。そのまま指先をすべらせ、輪郭を辿っていく。
すっと通った鼻筋。首筋から肩にかけての華奢な線。成長期特有の体の薄さとしっかりとした骨格、服越しに伝わる、うっすらとした筋肉の弾力。
「まあまあ」
いつのまにか掌に伝わる体温が高くなっていることに気づき、エレインはほころぶような笑みを浮かべた。彼の陶磁器のような肌に朱がさしていく様をじっくりと観察しつつ、うっとりと目を細める。
「お……お前……」
変声期を迎え、ややかすれた声が空気を震わせた。エレインの耳には、その声すらも好ましく響く。
「エレインですわ。エリーと呼んで下さいな」
うきうきと名乗ると、彼は真っ赤な顔を歪めた。
その表情を目にした瞬間、エレインは心臓を引きちぎられるような衝撃を受ける。
(なんてこと……!)
金槌で頭をがつんとなぐられた気分だった。のどを絞め上げられたかのように息苦しくなり、頭がくらくらとする。
「い、いいからどけよ……!」
その言葉に、エレインはいまさらのように自分達の体勢を思い出した。
見下ろした先にある彼の顔は、羞恥か、それとも別の理由からか、顰められている。
とろけるような笑みを浮かべて、エレインは彼を見つめた。
「嫌ですわ」
なよやかな腕を伸ばし、彼の首に細い指を巻き付ける。そのまま軽く力を込めると、脈打つものを指先に感じた。
(彼の命は、今、わたくしが握っている……)
「……ふふ」
堪えきれぬ笑みがこぼれる。
この手に力を込めれば、彼は死ぬ。肌は色を失い、体は冷え、やがて物言わぬ骸となる。彼の美しい体は腐り、朽ち、醜く崩れていく。
……ああ、なんてすてきなことだろう!
「ねえ、名も知らぬあなた」
ぎょっとしたように目を見開く彼へと顔を寄せ、エレインは唇を開いた。
「わたくしを、殺して下さる?」
「は?」
「それとも」
答えを待たず、首を絞める指に力を込める。
「わたくしに、殺されて下さる?」
囁くように、そう告げて。
エレインは、組み敷いた少年の首筋に噛みついた。
のどかな初秋の昼下がり、スチュアート伯爵邸で悲鳴が響き渡る。