フライパンガール(短編版)
突然ではございますが、皆様は九十九神を御存じでございましょうか。
付喪神と申したほうが分かりやすいのやもしれませんが、我々の間では九十九神なので御座います。
長い間使われた物には魂が宿ると、いやはや、日本という国はなんと素晴らしいので御座いましょう。
鎌鼬然り、唐傘然り。古来より多くの九十九神たちが活躍して参りました。このことからも、九十九神が如何に有能であるか窺い知ることが出来ましょう。
さて、ここで皆様がお気になさるのが、私が何者なのかということで御座いましょう。
このように語っているのだから、私もまた九十九神なのだろうとお思いになられるかもしれません。
ですが、実は私はまだ、九十九神になってはおりません。
もう九十九神になる条件は満たしているのですが、命を宿す神がまだいらっしゃらないので御座います。
晴れて九十九神と成れれば、それは恐らく、我が一族初の偉業となりましょう。
私は、フライパンなので御座います。
明治の初めに私は作られ、そして今も私のいる、古びた料理屋に買われました。
来る日も来る日も肉や野菜を炒めるために火に炙られ、私の寿命も尽きようかという時、当時の旦那様がこう仰ったのです。「今までありがとう」と。
いよいよ捨てられる時が来たのかと、私は覚悟を決めました。
しかし、私は捨てられませんでした。旦那様は、私を店の看板娘にして下さったので御座います。
あの喜び、どうすれば皆様に伝えられましょうか。もう兎に角、嬉しくて嬉しくて、今思い出しても涙が… とと、いつの間にやら話が脱線して仕舞いました。
おっと、そうこうしているうちに、やっと神様がいらっしゃったようで御座います。あのくそじじ… とと、何でも御座いません。
「ええ~っと、其処のフライパン。フライパン…!? ふむ、お前をこれから九十九神にする。異論は無いな?」
「はい。神様」
何やら巻物に目を通しつつお聞き下さる神様に、私めが申します。
「どれ、お前はフライパンでは初めての九十九神じゃからな。特別に、望む姿にしてやろう」
「ほ、本当で御座いますか」
「ああ。望む姿を言うがよい」
「ええと、ええと、では、申し上げます。人間の女の姿で人間と同様の行動が出来てでもおならとお腹が鳴るのとげっぷと鼻水が垂れるのは無しで見かけは十八歳髪は白銀背の中ほど辺りまでの長さでこれはもちろん結うことも出来るもので、顔は小さめ各パーツの配置は左右完全に対称の黄金比、瞳の色は緋色がいいですね吊り目や垂れ目じゃなくて普通で儚げな中にも力強さが垣間見える感じがいいですね鼻は小さめでちゃんと筋が通っていて唇には艶があってあまり厚いのは好きじゃないので気持ち薄め輪郭は丸すぎたり四角いのは嫌ですよエラや顎は出さないで下さい顎はすっとしているのがいいですねそれで胸! 胸は重要ですからねこれは大き過ぎず小さ過ぎずが良いですねああもうスリーサイズで決めちゃいましょう八十二、五十六、八十五にしましょう身長は」
「ちょ、ちょっと待て。……五十六、八十五と。ほれ、いいぞ」
「身長は百六十センチ全体の肉付きは体重四十五キロに合せて下さい肌は絹のように滑らかで色白、かといって不健康な感じではありませんよ足の長さはこの身長の平均より少し長めスラッとしていて手の指も長めでスラッとしているのがいいですねもちろん爪は長爪で体毛は髪、眉毛、睫毛、陰毛以外は無し、声はピアノの音色のように澄んでいて美しく艶があり聞き惚れるような声で視力は三十くらいですかね聴覚は超音波も聞こえるようにして嗅覚は良すぎても困りそうなので鼻が良く利く人ぐらい味覚も普通で脚力は二百馬力ぐらい他のところの力や強度は脚力に準じて下さい服はそうですね私は桜が好きなので桜柄の着物をデフォルトにして下さい」
「…終わり?」
「はい」
「今まで何回か注文聞いたけど、こんなに色々注文してきたのは君が初めてだよ… どこかにフライパンを取り入れないといけないんだけど、どうしようか?」
「フライパン? ええっと、そうですね…… じゃあ、イヤリングで。あっ、福耳はおやめ下さい」
「はいはい…… はあ、これでいいかな。ほれっ」
神様が、先ほどから私の申すことを書き連ねていた紙に火を付けお投げになり、その炎に私も包まれます。
炎に包まると、手足ができてゆくのを感じます。
「ほら」
火が消えるとすぐ、お気を利かせた神様が、手鏡をお渡し下さいました。
「おおおお! これが、私…!」
見てみると、理想としていたその姿が鏡の中にあるでは御座いませんか。
「有難う御座います」
神様は少しだけ頬を赤らめられると「はいはい」というお言葉を残し、居なくなられました。
居なくなりました。
「やったー!」
自分で聞いても心地よい声。美しく澄んでますね。最高です。
そしてあの堅苦しい話し方をしなくてもいいのです。
成るまでが大変ですが、成ってしまえばこっちのものです。
さっきは口にすることが憚られた「くそじじい」だって言えます。なんせあのおじいさんは命を与えるだけの神ですからね。どんだけ馬鹿にしようが命を与えられた今となっては問題ありません。
人間の姿を手に入れ、様々なしがらみからも開放され、喜びのあまり飛び跳ねると、天井に頭から突っ込んでしまいました。
元がフライパンなので体は頑丈なのですが、そのせいで天井に大穴が空いてしまいました。
結構マズイですね、これは。
「なんだあ!?」
現在の旦那様の素っ頓狂な声が聞こえました。
私が想いを寄せる方のお父様なのでいずれはお話をしなければならないのですが、今はフライパンに戻ってやり過ごすことにしましょう。
「…え?」
「誰だあお前はああ!?」
ほんの数秒後、信じられないことが起きました。
フライパンの九十九神がフライパンに戻れないなどということが起きてしまってよいのでしょうか?
私は人間の姿のまま、旦那様に見つかってしまいました。
「お前がやっ……」
お父様の言葉が途切れました。フライパンに戻れず動揺する私の顔を見ながら。恐らく見惚れたのでしょう。自分で言うのもなんですが、それほどまでに私の姿は美しいのです。
「おっと、びっくりさせちゃったかな? ごめんね~。お嬢さん、どうやって入ったのかな? 今は営業時間外だから、来るんだったら昼の十一時以降にしてくれないかな?」
急に猫撫で声になった旦那様が、私に話しかけます。それでいてどこかびくついてるのは、昨今の女尊男卑社会の影響なのでしょうか。
「旦那様……」
「え?」
潤んだ瞳で見つめられ、旦那様がたじろぎます。目が潤んでいるのはフライパンに戻れなくて半泣きになっていたからなのですが、そんなこと旦那様が知る由もありません。
「旦那様。私が誰か、お分かりにならないのですか? ずっと、ずっと見ていましたのに、あんまりです」
そう言って私はそっと旦那様の胸に寄り添いました。先ほどの天井の件がありますからね。今のうちに力加減を学んでおかなければ、坊ちゃんに大怪我をさせてしまいかねません。
「おおう!?」
旦那様が素っ頓狂な声を上げました。本日二回目、なかなかに面白い方です。
「親父、さっきからうるせーよ。………って何やってんだくそじじいいいい!?」
と、ここで私のお慕い申し上げる坊ちゃんが現れました。驚きましたが、これはこれで面白いです。
「四十越えたおっさんが散々俺に『神聖だー』とか言ってた仕事場で何やってんだよああ!?」
「ち、違う! これは… ちょっとお嬢さん、放してもらえませんか!?」
「嫌です。私を思い出して下さるまで放しません」
面白いので、服を掴んで放さないことにしました。
「思い出す…? おい親父、まさか愛人の子とか言うんじゃねーよな…?」
静かに怒気を孕んだ声で坊ちゃんが仰いました。素敵です。
その言葉で、旦那様の目が泳ぎました。おっと、これは可哀想なことをしたかもしれません。
「くそじじいいいい!」
と、ここで予想外のことが起きました。坊ちゃんが旦那様に殴りかかったのです。
坊ちゃんを犯罪者にするわけにはゆきません。
「なりません!」
私は咄嗟に旦那様を脇に押しやると、坊ちゃんに抱きついてその暴力を止めました。
「ぐぎゅうううう」
奇妙な音がしたかと思うと、ポタポタと何かが私の肩に滴り落ちてきます。
何事かと見たそれに、私は戦慄しました。
真っ赤なそれは、坊ちゃんの口から次々と溢れ出ているではありませんか。
「ああ、あああ……!」
手を離すと、坊ちゃんの体がどさりと床に崩れ落ちます。
「は、早く救急車をっ! 旦那さ……ま?」
壁際で、不自然な方向に首を曲げた旦那様が、そこには横たわっていました。
連載にしようと思ったのに、フライパンが想いを寄せる人を殺してしまった…
続き何とか書けそうだったら、連載にして書き直すかもしれないです。
ジャンルがいまいち分からないので、分かる方教えてください(汗)