世界の敵
魔王討伐から早一月。
王国は正式に世界が救われた事を大々的に発表。
今日は世界平和記念の祝祭が開かれていた。
世界各地からは様々な人々が集まり、澄み渡る青空の下、王国はかつてない賑わいを見せていた。
しかし、そんな賑わいを他所に、王宮前広場に設えられたステージ上は今、緊張に包まれていた。
「ど、どういうつもりじゃ?」
ステージ上では、六人の男女を囲む様に騎士団が包囲しているが、どうしたものかと困惑気味な様子。
「どういうつもりも何も、見てのとおり。私達はあなた達と敵対する」
私は、僧侶が作り出した魔法の鎖に縛られた国王に、杖の先端を突き付けながら質問に答える。
「貴様等……こんな事をしてただで済むと思っているのかっ!」
その右隣では、国王と同じく、魔法の鎖に縛られた男性。
豪奢な鎧に身を包んだ巨体の男性――北大陸帝国の皇帝は、普段と変わらず威圧的な態度で私達を睨み付けるが、
「黙ってろよ、皇帝さんよ」
「くっ……」
戦士は皇帝の首筋に剣を突き付け、黙らせる。
「そ、僧侶! 貴女も何ですか! 神に仕える身でありながら、こんな悪事に手を貸すなど……あなたには失望しました!」
国王の左隣、黒地に見事な金刺繍を施されたきらびやかなローブに身を包む妙齢の女性――南部連合公国代表は、高飛車な性格と相まって、つり上がった鋭い視線で僧侶を睨み付ける。
それに対し僧侶は、僅かに眉根を寄せるが、
「……この世に神などいない。それがわたくしが得た真実です」
毅然とした態度で対応する。
教会に仕えた頃から、肌身放さず身に付けていた信仰の象徴たる銀の十字架が、今はもうない事こそ、僧侶の言葉が偽りではない証。
「いったい何故じゃ……世界を救ったお前達が、何故こんな事を……」
再び問う国王に、私は逆に問い掛ける。
「私達も聞きたい。何故、私達……『勇者が世界を救わなければならなかったの?』」
「ふん、くだらん質問だな。勇者が世界を救うのは、当然ではないかっ!」
「力無き民の為に代わり、勇者が戦うのは、使命であり宿命ではありませんか!」
答えたのは、皇帝と代表。
それが当たり前だと物語るその態度に、苛立ちを通り越して呆れ覚えながらも、私は再び問う。
「……何が当然なの? 力があっても勇者だって、ただの人間。傷つきもすれば恐れもする。戦う力なら、兵士や騎士達も持っていたはず。それに、権力を持つあなた方なら、軍を率いて魔王軍と戦う事も出来たはず。……それなのに何故、あなた方は戦わず、全てを勇者に任せたの?」
私の問いに、国王達のみならず、周りを囲む騎士達も苦々しそうな表情を浮かべる。
そんな重苦しい空気の中、騎士の一人が一歩進み寄る。
「恐れながら、我らの力は王族の方々や民を守る為の力。それが我らの使命です。故に、我らは国を離れる訳にはいかず……それに悔しながら、我らの力では魔族相手では、手も足も出ないのが現状。我らは……、勇者やあなた方に頼るしかなかったのです」
悔しさに顔を歪ませる騎士に同意を得たのか、周りの騎士達も
「そうだそうだ! おれ達にも力があれば戦っていんだ!」
「力を持ってるお前達が戦うのは当然だろう!」
との声が挙がる。
そこに、
「ハっ! 力が足りない事を正当化してんじゃねえっ!!」
戦士の怒号が、響いた。
「黙って聞いてりゃどいつもこいつも……
『力があれば戦っていた』
『力を持ってるお前達が戦うのは当然』。
よくもまあ、そんな恥ずかしげもねえ事が言えたもんだぜ。勇者や俺達だって、最初から力があった訳じゃねえ。それこそ魔王軍どころか、魔物相手に死にかけた事だって、十や二十じゃきかねえんだよ。それでも俺達は、血を流して、血ヘドを吐いて、死に物狂いで戦って力を、強さを身に付けてったんだ! それを最初から強かったみてえに言ってんじゃねえっ!!」
戦士の独白に、辺りは静寂に包まれる。
その静寂を破ったのは、僧侶。
「騎士の皆さん。あなた方は、王族の方々や民を守るのが使命と仰い、そして、魔族相手には手も足も出ないと仰いましたが……もし、わたくし達が旅の半ばで倒れ、魔族が攻めて来ていたとしたら、あなた方はどうしたのですか?」
「――っ!? そ、それは……」
僧侶の問いに、騎士達は皆、言葉を詰まらせる。
それはそうだろうと、私は思う。
騎士達にとって、使命は絶対であり、彼等は彼等の誇りに掛けて、王族や民を守る為に戦うだろう。
けれど、それを遵守するならば、魔族に攻められた場合、魔族と戦う事を意味する。
魔族には敵わないと言ったのは、彼等自身。
つまり、
「どうなんだよ。魔族相手に戦うのか? それとも、敵わないからって尻尾を巻いて逃げ出すのか?」
「っ!? 馬鹿にするなっ!! たとえ魔族が相手でも、我等は命をとして戦う!」
戦士の挑発的な言葉に、騎士は激昂しながら答える。
その言葉が、私の神経を逆撫でた。
「……なら、何故あなた方は、最初から命懸けで戦わなかったの? 世界には勇者だけじゃない。私達も、あなた方も生きて暮らしているのに、何故、勇者だけに全てを背負わせたの?」
「そ、それは……」
再び言葉を詰まらせる騎士の様子に、私は何の感心も示さず、ただ吐き捨てるように言葉を紡ぐ。
「……結局、あなた方は綺麗事ばかり。全てを勇者に背負わせ、自分達は戦いもせず安全な場所で安穏と過ごし、ただ世界が救われた事だけを甘受した。
――世界の為に、勇者が犠牲になったのに。
それが、勇者の使命だと。
それが、勇者の宿命だと。
そんな、あなた方が押し付け、背負わせた勝手な理屈で、勇者は……死んでしまった!」
珍しく声を荒げる私の様子に、辺りはしんと静まり返る。
でも、私はもう止まらない。
「……だから、これはあなた方の罪。誰かに頼り、与えられるだけを望み、それを当たり前とし、何もしなかったあなた方への罰……
私達は、あなた方の、
――世界全ての敵になる」
私は国王に向けた杖の尖端に、魔法の炎を宿す。
魔法の鎖に縛られたまま身動き出来ない国王は、その光景に声を出す事も出来ず、顔を醜く歪めて怯えるのみ。
その様子を見ていた騎士達は、一瞬驚きながらも、即座に動き出す。
……でも、もう遅い。
私は、躊躇いも戸惑いもなく、それを解き放った。
「――っ!?」
轟く爆音は、国王の断末魔を掻き消す。
私達の願いを叶える為の
それが始まり――
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