笑顔の世界
「よくぞ戻った、冒険者達よ!」
荘厳華麗な謁見の間。
そこには今、数十人の騎士達に宮廷魔導師、大臣などの各役人と、人で溢れている。
その玉座に座る国王は、私達に向け厳かに語りかける。
この様な場では、横柄な態度の戦士や、無愛想な私より、人当たりの良い僧侶が相応。
いつものように、僧侶はにこやかな笑顔で対応する。
「御無沙汰して申し訳ありません、国王陛下。本日は陛下に御報告したい事がございまして、馳せ参じました」
「ほお、魔王討伐の旅に出ていたそなた達が、いったい何の報告か?」
「はい。本日の報告は、まさしくその事にございます。わたくし達は魔王討伐の任、見事果たしましてございます」
「なんとっ!? それは真か!」
僧侶の言葉に、謁見の間はにわかにざわめく。
「はい。その証拠にこれを……」
無言のまま戦士は一歩前へ。
手にしていた袋から、魔王の首を取り出す。
「っ!? た、確かにこれは魔王ですぞ!」
魔族に詳しい宮廷魔導師の一人が、驚愕の声を上げる。
「これで魔族の侵略は治まり、世界には平穏が訪れましょう」
ざわめきは、やがて歓喜の声に変わる。
「よくやった、冒険者達よ! 世界全ての民に代わり、そなた達に礼を言おう!」
国王は満面の笑みを浮かべ、私達に感謝を述べる。
「……しかしながら陛下、勇者は魔王の最期の攻撃を受け、命を……落としました」
瞬間、謁見の間は静寂に包まれる。
「っ!? そう、か……。それは真に残念じゃ」
悲痛な表情を浮かべる国王に、隣に佇む大臣が語りかける。
「陛下、心中お察し致します。ですが勇者は魔王を討つ使命を見事果たしたのです。死しても悔いはない事でしょうぞ」
「……そうじゃな。勇者も本望じゃろう」
「っ!?」
「戦士!」
その言葉に、戦士は怒り心頭。
今にも大臣に襲いかかろうとするも、私の声に気付き、何とか動きを止める。
戦士の怒りは理解出来る。
私だって、同じ気持ちだ。
何が『死しても悔いはない事でしょうぞ』だ。
何が『勇者も本望じゃろう』だ。
こんな城で、屈強な騎士達に守られていた人達に、勇者の気持ちがわかるはずない。
「……報告は以上です。申し訳ありませんが、わたくし達はそろそろ休ませて頂きます」
「うむ。そなた達も長旅で疲れたであろう。客間を用意させるゆえ、そちらで体を休めるのが良かろう。ご苦労であった」
「今宵、魔王討伐の宴を開きますので、後ほどお呼び致しますぞ」
「……お心遣い、ありがとうございます」
私達は形だけの会釈をし、謁見の間を後にする。
……何が宴だ。
「クソッタレがっ!!」
通された客間に入るなり、戦士は備え付けられたテーブルを殴りつける。
テーブルは容易く真っ二つに折れ、無残な廃材へと姿を変える。
「どいつもこいつも、勇者が死んだってのに、何でへらへら笑ってられるんだっ!」
「……仕方ないですよ。勇者さんの死より、世界が救われた方が重要なんですから」
「っ!?」
僧侶の言葉に、戦士はぎりっと歯をくいしばる。
そう、それが当たり前。
勇者が死んだ悲しみより、世界が救われた喜びの方が大きいのだろう。
――私達以外の人達には。
私達にとっては、世界より勇者の方が大切で。
勇者が世界を救いたいと言うから、手伝っただけで。
正直な話、勇者がいるのなら、世界なんてどうなろうと、どうでも良かった。
ずっとずっと勇者と、仲間達と旅をしていたかった。
「……世界なんて、救わなければ良かった」
思わずこぼれた、それが紛れもない、私の本音。
世界なんて救わなければ、私達は今頃、まだ勇者と共にいられたのだから。
暗く沈む客間に、ノックの音が響く。
「お待たせ致しました。宴の準備が整いましたので、パーティーホールへお越しください」
ドア越しに聞こえた使用人の声に、僧侶は了解の旨を伝える。
使用人の足音が、コツコツと遠ざかる。
「……行きましょう。皆さんをお待たせするのも悪いですし」
「……そうだな。ここでこうしてても、どうにもならねえしな」
無言のまま、私も頷く。
正直、乗り気はしないけれど、このまま落ち込んでいても始まらない。
私達はため息を吐きつつ、パーティーホールへと向かう。
それからの私達は、多忙を極めた。
世界を救った情報は、瞬く間に世界中に知れ渡り、私達は様々な国へと赴き、称賛と喝采、歓迎を受けた。
どの国も喜びに満ち溢れ、人々は笑顔で迎えてくれた。
『ありがとう』
『よくやった』
『感謝します』
様々な言葉で、私達を褒め称えた。
男も女も。
大人も子供も。
誰も彼もが。
全ての人が、全てのものが、世界全てが、喜びに、笑顔に満ち満ちていた。
……吐き気がした。
「……」
無音。
ただ沈黙だけが、その部屋に満ちていた。
数週間ぶりに戻ってきた王国。
その城の客間をあてがわれた私達は、明かりも点さず、それぞれ思い思いの場所に腰を下ろしたまま、すでに一時間。
その間、誰も声を発しなかった。
「……はぁ」
時折、思い出したかのようにため息を吐くが、ただそれだけ。
私達は、心身共に疲れ果てていた。
「……なぁ、二人はこれからどうすんだ?」
長い沈黙を破り、戦士が私達に問いかける。
「これから、ですか?」
「ああ、魔王は倒した。世界は平和になった。なら、俺達がいつまでも一緒にいる意味もねえだろ? ……勇者もいねえしな」
戦士の最後の呟きに、紛れもない本心が見てとれた。
「そう、ですね。とりあえずわたくしは、以前勤めていた教会に帰ろうと思います」
「そっか……、俺は剣振るうしか能がねえからな、このまま気楽な一人旅ってのも悪かねえや」
これからの事を、未来の事を話す二人を、私はぼんやりと眺める。
私のこれから。
私の未来。
勇者の死からずっと考えていた、私の願い。
それは……。
「魔法使いはどうすんだ?」
戦士が、問いかける。
僧侶が、見つめる。
「私は――」
そして、私は語る。
私の未来。
私の目的。
私の願いを――
「そんなのは間違っています!」
珍しく、僧侶は声を荒げる。
「そんな事、許されるはずがありません!」
私の目的を聞いた僧侶の態度は、人として至極当然の反応だった。
私の目的は、愚かで、無意味で、自分勝手で、我が儘で、その上迷惑この上ない事なのだから。
それでも、
「間違っているとか、許されないとかの問題じゃない。ただ私は、それを成し遂げると決めただけ」
私の決意は、揺るがない。
「別に、理解も納得も必要とはしていない。私は、一人でもやるだけ」
話しは終わったとばかりに、外に出ようとした私を、
「待てよ」
戦士が引き止める。
「……何?」
「なあ魔法使い。お前、それ本気で言ってんのか?」
「言ったはず。『私は、それを成し遂げる』と」
しばし、私と戦士は睨み合い、そして、
「……しゃあねえ。なら、俺も付き合うぜ」
戦士は、そう応える。
「戦士さん!?」
悲痛な僧侶の叫び。
「わりいな僧侶。そう言う事だから。このまんまじゃ俺も収まりがつかないからな」
照れ臭そうに頭を掻き、戦士は笑う。
それは、久方ぶりに見た戦士の、本当の笑顔だ。
「別に、あんたを無理矢理付き合わせるつもりはねえ。あんたはあんたで、平和な世界で暮らしな」
そう言って、早速旅支度を始める戦士に、
「わ、わたくしもお二人に着いていきます!」
僧侶の声がかかる。
「僧侶……」
「お、おい、無理すんなって。あんたには――」
「無理じゃありません! わたくしにも、やりきれない想いがあります! あの時、もっとわたくしに力があればと何度思った事か! そんな後悔を背負ったまま、あなたはわたくしに生きろと言うのですか!」
「っ!?」
涙を流しながら、心の奥底に仕舞い込んだ本音をぶつける僧侶の様子に、戦士は言葉を失う。
「わたくしは……もう、失いたくない……もう、残されるのは嫌です……」
泣き崩れる僧侶の肩に、戦士はそっと手を添える。
「……悪かったよ僧侶。一緒に行こうぜ。魔法使いも、それでいいよな?」
こくりと、私は頷く。
「私達は、私達の願いを叶える。
――たとえ、世界を敵に回しても」
それは
世界が救われた後の物語。
それは
残された者達の物語。
そこに
希望はなく。
そこに
救済はなく。
あるのは
小さな願いのみ。
それは
失望の物語。
それは
絶望の物語。
「私達の願いを叶える為に、
――私達は世界の敵になる」
それは
切望の物語――
>>>to next.