愛してる
夏休みを間近に控え俺は慶太郎の学校から呼び出しを食らった。
『結城です。慶太郎がご迷惑をおかけしてすいませんでした。帰るよ。慶太郎。ほら車に乗れ』
何をふてくされてるんだ。お前が呼び出される事をしたんだろ。まったく。
『もう説教とかいらないからね。壮ちゃんまだ仕事でしょ。病院戻ってよ』
なんでいちいち壮ちゃんを呼ぶんだよ。本当にうぜー。学校も全てうぜーな。
『戻るよ。慶太郎と昼食を食ってから行くさ』
『俺いらない』
もう早く病院行ってよ。説教とかめんどくさい。帰ってお仕置きもされんのかな?
『成長期なんだからしっかり食わなきゃダメだ。はぁー。慶太郎!早く食べなさい』
早く食えよ。俺は怒ってないだろ?何をふてくされる事があるんだ。
『だってお仕置きは?』
『お仕置きされたいのか?』
『されたいわけねーじゃん。食う気にならない』
壮ちゃん!バカじゃねーの?どこに好き好んでお仕置きされたい奴がいるんだよ!
『はぁー。お仕置きはしないよ。喧嘩をするなとはルールに入れてなかったからな。でも慶太郎!無茶はやめろ。喧嘩をしてお前に何かメリットがあるのか?この前も骨折したじゃないか。もしもお前に何かあったらどうする?俺はそっちの方が心配なんだよ。わかったら早く食べなさい』
男の子だし喧嘩ぐらいはすることもあるんだろうと思っているけど頻繁にやられるのは困りものだな。
『うん!』
夏休み間近だしこれからもっと心配だ。夏休みなんてロクな事をしないんだろうしな。塾へちゃんと行ってくれればいいんだけど。同じクラスの子と喧嘩をしたらしいけどこの前のような大きな怪我がなくて良かったものの喧嘩の理由をお互いが言わないと先生が言っていた。先に手を出したのは相手らしいしすぐに先生が止めてくれたから大きな喧嘩にはならなかったみたいだけどまだ始まったばかりの難しい思春期。問題はこれからだな。こんだけふてくされてるんだから俺にも理由なんか話すはずがないだろうね。いったい何が喧嘩の原因なんだよ。何か言われたのかな?だいたいお前は気が短いよ。短気はよろしくないよ慶太郎。
『あっ!親父だ』
1番見たくねー奴を見てしまった。今日の俺って最悪じゃん。
『ん?どこ?あー本当だ。慶太郎!話してくるか?』
『何を?それに女と一緒なんだからデートの邪魔なんじゃねーの』
見たくもねーのに話したいわけねーじゃん。
『デートかどうかわからないだろ。仕事の付き合いでランチに来てるのかも知れないしね。慶太郎は新しいお義母さんとは上手くやれていたの?慎二郎の下にも弟が出来たんだよね?優しくしてくれたか?』
よそよそしさが気になってはいたんだけど。それでもあのお義母さんは慶太郎に一生懸命接したい気持ちはあるように見えたよ。
『うん。してくれた。でもどうしていいかわかんなかった。ご飯作ってくれたり行ってらっしゃいとか言われた事ないから急にされても困った』
だから避けちゃってお義母さんを傷つけた。
『そうだね。優しくされたら慣れてない分慶太郎は戸惑ったんだよな。早く食べなさい!帰るよ!』
まあ難しいよな。お前は今まで俺がいなくなってからは家政婦任せにされてきたんだもんね。急に甘えろって言う方が無理だよな。
『うん』
『あっ!結城くん?お久しぶり。ごめんね。慶太郎を押し付けて。迷惑かけてない?』
『お久しぶりです。高見社長。俺は押し付けられたと思ってませんよ。俺が好きで慶太郎と暮らしているんです』
慶太郎が誤解するような言い方はしてほしくないな。難しい年頃なんだから。押し付けるなんて言うと邪魔者みたいに感じるかも知れないじゃないか。
『あー悪い。慶太郎!背伸びたな』
『誰?その女は誰なんだよ!悠のお母さんがいるだろ!』
仕事って感じじゃねーじゃん。親父は絶対女好きだ!綺麗な女なら誰でもいいんじゃねーのか?
『仕事の事で打ち合わせだ。別になんでもない。ガキには関係ない事だろ。お前は結城くんに迷惑かけないようにしてろよ』
『親父!俺の事好きに決まってるって小さい頃言ってたけどあれは嘘でしょ?俺の事なんて好きじゃなかったんでしょ?なんで俺を受験させたの?俺なんかいらないんだから受験なんてさせる必要なかったじゃん!悠には俺と同じ事するなよ!』
お前なんか何もかも信用できねーんだよ!俺の無駄な時間を返してくれよ。お母さんにも嫌われててあんたにも嫌われてたならなんで俺はあんなに頑張らなきゃいけなかったんだよ。
『何バカな事を言ってるんだよ。お前を結城くんに預けたのはお前の為だ。あんな事があってせっかく中学に受かったのにお前が学校に行きずらくなったら可愛そうだと思って配慮してやったんだ。変な噂さでも立ってお前がいじめられないようにな。だから苗字も変えてもらうよう結城くんに養子にしてもらったんだよ。お前が高校卒業して大学生になればまた籍は戻すさ』
『そんなのどうだっていいよ!あんたの子じゃなくていい!俺は壮ちゃんの子だ!あんたが大学とか決めんじゃねーよ!大学なんか行くか!バカじゃねーの!いつまでもあんたの操り人形じゃねーんだよ!』
もう顔なんか見たくねーよ!
『慶太郎!やめなさい!そういう言い方をするんじゃないって言ってるだろ。あんたなんて言うんじゃない!』
『いいよ。結城くん。相変わらず困った奴だ。迷惑かけるね。慶太郎をよろしく頼むよ』
『頼まれなくとも俺は俺の精一杯の愛情を慶太郎に注ぎますよ。高見社長。慶太郎の問いにちゃんと答えてやって下さい。愛してるって言ってやるだけでいいんですよ。慶太郎の為だとかそんな事を慶太郎は聞きたいんじゃないんです。愛されていたのか?愛されているのか?ただそれだけを聞きたいんですよ』
『忙しいから失礼するよ。行こう』
『くそジジイ!俺らだけじゃなく悠も傷つけんのかよ!まだ小さいんだぞ!お前も早く死んじまえ!』
(バチーン)
『いってぇ!』
『慶太郎!人に向かって死ねなんて言うんじゃない!俺は二度と聞きたくないぞ!帰るよ!すいません。失礼します!』
高見さん!どうして一言慶太郎に愛してるって言ってやれないんですか?慶太郎は貴方に言って欲しいんですよ。
『痛い!壮ちゃん!ごめんなさい!いたっ!やめてよ!痛いよ!っく、いってぇー!』
『何がごめんなさいなんだ?お仕置きされてる理由がちゃんとわかってるか?勘違いするなよ!学校で喧嘩した事をお仕置きしてるんじゃないぞ!』
慶太郎!死ねなんて軽々しく言ってはいけない言葉だよ。わかってるだろ。
『痛いっ!わ、わかってる!っつ、痛い!もう言わない!いたっ!絶対言わない!ごめんなさい!いったー!っく、痛い!いてっ!』
だってムカついたから思わず出たんだよ。
『慶太郎。本当に俺は二度と聞きたくない。人の命の重さを知る人間になってくれ。お前にはわかるはずだよ。人に死ねなんて冗談でも言わないでくれ。いいね?』
『っく、うっく、ご、ごめんなさい、っく、壮ちゃん、ごめん。もう二度と言わない。うっく、ひっく、っく』
命の重さ?よくわかんないけど絶対に言ってはいけない言葉だってのは伝わる。
『うん。わかったんだったらいい。俺はお前を愛してるよ。俺に言われても嬉しくないだろうけどな。だからお前には生きててほしいんだよ。俺には必要なんだ』
俺は本当にお前を心から愛してるよ。もうお前を二度と手離したくないぐらいにな。
『っく、壮ちゃん、うっく、お、俺も壮ちゃん好きっく、うっく、ひっく』
嬉しいよ!俺は壮ちゃんが愛してくれて嬉しい!俺も大好きなのに口に出して言うのは恥ずかしい。
『うん。ありがとう慶太郎!じゃあ反省しようか?尻だして壁の方を向いて立っていなさい!』
『えー?なんでそうなるんだよ!してるじゃん!』
今チョーいい感じの場面なんじゃねーの?ドラマのクライマックスぐらいのさ。
『言ってはいけない言葉を軽々しく口にしたんだぞ。言われた方の気持ちを考えなさい。一生傷つける事だってあるんだぞ。言葉は凶器にもなるんだよ。見えない心の傷はなかなか治らないんだ。わかったらしっかり自問自答して反省しなさい!コラ!動くんじゃない!』
『わかってるけど痛いんだよ!』
やっぱ所詮一般人の日常はこれが現実だよね。ドラマじゃねーんだから。痛すぎる。
『尻が痛いのは時間が経てば治る。厄介なのは見えない傷の方なんだよ。見えないからこそなかなか人にもわかってもらえないからね。コラ!動くな!もう1回叩くぞ!』
『嫌だ!ごめんなさい』
慶太郎!見えない傷が1番痛い事をお前が1番知っているじゃないか。叩かれた尻よりずっと痛いだろ?だからこそお前は優しい人になれるはずだよ。人は痛みを知らないと平気で人を傷つけるようになるからね。お前は心が傷ついた分他人の痛みをわかってやれる大人になると俺は思っているよ。慶太郎!これは大切な事なんだよ。今の世の中人が人に無関心すぎるからね。親子もそうだし友人関係だって希薄だ。ましてや他人ならなおさら自分には関係ないってまるで人間の心の氷河期みたいな時代だからね。それでも俺は縁を大切にしたいと思っているよ。慶太郎にもそれがわかるようになって欲しいと願っているからね。