百人に逝きました
鴉野は今期の放送大学の単位認定試験を終え、会社に寄ったあと帰路についたが。
「まつりか」
地元はお祭りだ。雨の中朗らかに笑う子供たち。地べたに座って騒ぎ、携帯をいじり、友達と肩を叩きあう学生。なんというか酒を飲んで騒ぐ露出度の高い男女といい、幸せそうな笑顔の子供と言いボッチには辛い光景である。屋台のタイ人のねーちゃんに『明日も来て』とか言われてはみたが、これは耐えられない。いや、今が試験やってなければ。少なくともSと遊びに行くことならできたかもしれない。Sが迷惑だが。
変態なら寂しさのあまり目立ちたがってマッハでマッパになるかもしれないが鴉野はそういった注目は好まない。ある意味どんな露出狂よりダメダメな自己晒しをやっているのだが。
雨の中、鴉野は思った。
『そうだ。ナンパしよう。100人ほど』
かくして、一般人にとってハッピーな祭り二日目はボッチを募らせる鴉野にとっても祭りになった。
二 日 目 も 雨 の 中 で 。
鴉野はやっぱり雨男であった。
「しかしナンパって大変だな」
二日目。実戦を前にして鴉野は思った。
女の子って普通群れる。最低二人はいる。そうでない子は今日日ケータイをいじっている。ここに不審人物が声をかけてもどうしようもない。最低こちら側にも二人は欲しいが。
職場の若い子Aさん:「彼女欲しいっすね」
新しい職場の店長:「ナンパに行ってきな。明日祭りじゃないか」
若い子Bさん:「無理……(以下、とても暗いお話なので自粛)」
Aさんは小柄で可愛らしいお姉さまキラーな容姿だし、Bさんは朗らかなスポーツマンなのだが何故そこまで女の子に声をかけるのが難しいのか鴉野でも疑問だ。貴方たちは客商売でしょうが。鴉野みたいにアスペルガーだか映画ナウシカのヒーロー役のお兄ちゃんの名前みたいなアレなら知らんが。
当たり前だが女の子は噛みつかない。女の子はイケメンに声をかけられたらうれしい。可愛い年下の小柄な男の子にめっちゃ照れられながらナンパされるときゅんとする。朗らかなスポーツマンがさりげなく気遣いなんかしたらたまらない。プレゼントされたら喜ぶし、可愛いと言われたら少しはいい気になるモノだ。
そりゃAさんBさんが容姿や清潔感に問題があるなら知らんがそこまで警戒せんでも。
「仕事しておきます」
「ちょっと用事があるっす」
これは誘っても意味がない。また無理に誘っても職場で鴉野の印象が激変してしまうリスクをしょってしまう。仕方ないから一人で出撃せざるを得ない。
一応イケメン長身賢いの三拍子そろった社長一族の息子さんが一人いらっしゃるのだが彼は二次元に愛を注ぐ男というか漢であり、ナンパに誘うのは無礼に当たる気がするので自粛した。
「てか。ナンパって言うから難しく感じるんだよな。お祭りなんだし男でもイーじゃん」
男って。まぁ鴉野らしいといえばそれまでだが。
コドモでも年寄りでもいいや。誰でもいいから挨拶してみよう。見事に方針転換を遂げた鴉野は片っ端から声をかけていく。
『挨拶を百人にやってしまおう』
とはいえ。抑えるべきところは抑える。
妙齢の女の子と子供。子供をかわいいといってほめる。
親子連れ。お父さんと仲良くなる。娘より息子の可愛さを褒める。
というか、父親としては不審人物が娘に近づくのはどうかと思う。
学生はなにやってるのとか行動を話の拠点にする。男女グループは男に親しく声をかける。男はイケメンといってほめ、女は綺麗なお姉さんという。
まぁ。この程度なら人の好さそうな酔っ払いのする範囲だ。祭りだし問題ない。
実践。
警備員のおっちゃんに『お疲れ様っす!』はい一人カウント。楽だね。
踊りをする学生グループは兄ちゃんに声をかけてお姉ちゃんにセクシーだね!がんばれとか言ってみる。意外と好反応。これは30人はいるけど勘定に入れていいものか。会社の人に向けてチョコをかけたパインを買ってみる。
意外と旨かった。そうして会社で予習を終わらせて再出撃。
再出撃すると深夜になっていた。
街には酔っ払いも溢れている。というか、昨日は血まみれのおっちゃんが駅で寝ていたり(救急車は呼んだ)、ゲロ吐いた美女が同じく倒れていた。何を飲ませたと言いたいがくれぐれも自戒していただきたい。
さて。お祭りと言えばテキヤの露店だけではない。近くの店舗もここぞと露店を開くのだ。その中にはガチのバーもあるし、居酒屋っぽいアレな人が集う店もある。そして普通のお好み焼屋やたこ焼き屋はそのまま営業かき入れ時。というか味は保証があるので死ねる忙しさになる。
「忙しいけどがんばってや!」
「うれしい悲鳴っす」
嬉しいというより泣いていたが鴉野の気のせいであろう。あるいは雨の所為か。
鴉野とスクラムを組む男出現。
「うおお?! オニーちゃん男前やな?!」
あっちから来た?!
「おう?! あんちゃんもイケメンやでぇ?!」
鴉野はボッチスキルが高いし、オフ会でもひたすら無言を貫く。
あるいは場が冷める発言しかしないが一応接客もできなくはない。酔っ払いの相手は否応なく出来る。店員らしいねーちゃんがよってきた。
「カンパイさせてください! テキーラいっぱい500円?!」
高いぞ?! というかその養命酒のカップもどきはなんじゃ?! 鴉野の一族は短命だが酒には強い。腎臓悪い癖に酒好き揃いなのだ。
「キツイよキツイよ?!」
いや、鴉野的にはこのしょぼい量で500円のほうがキツイ。
「もういっぱいカンパイしよう! そうしよう?!」
「いや、500円は無理」
場を読まない鴉野。
「うーん! しかしおごってやれないんだ残念?!」
「店ここっすか」
「おう。オーナーはこの若い子だ?! またきてや!」
「ぜひ寄せてもらいます」
地味に鴉野は夜勤が多いので夜中でもやっている店は知っていて損はない。チェックチェックっと。若い娘さんの浴衣はかわいかったな。
個人的好みはアラサーアラフォーの美形だけど若い子も独特の可愛さがあるので悪くはない。そう思って歩いていると掃除のボランティア軍団襲来。鴉野も掃除に加わる。拾ってポイポイ『お疲れ様!』これは20人は軽くいたけど勘定に入れていいのやら。もうこのころには数える意味がなくなったので適当だ。
雨の中鴉野、機嫌のよさそうな酔っ払いや子煩悩そうなパパさんに声をかけてみる。赤ん坊をおぶるリュックもどきを胸につけた幼女を写真撮影するお母さんと『赤ちゃんと女の子メッチャ可愛い光景!』と盛り上がり、娘にちょっかい出したら殺すぞな雰囲気のヤンキーの兄ちゃんの息子について親父さんと盛り上がる。
「なんか人見知りが激しいんだ」
「賢いって証拠ですよ!」
「ほれほれ。兄ちゃんに挨拶」
「いやいや。しかしこの大きな目がいいすね。絶対この子はイケメンになりますって」
「そうやろ!? 目がチャームポイントなんや!」
子煩悩が凄い。というか、ノロケであるが鴉野の友人Sも子供や奥さんに対してのノロケが凄まじいので想定の範囲内だ。なお、某タイ人の屋台は時間的に間に合わず、待っていてくれたのに店じまいだった。
「おー? カモ発見?!」
かも?
酔っ払いのにーちゃん二号。
「お前酒買ってけ! というか金だけ払ってどっかいけ!」
こういうのを面白いと思える人間はストレスに強い。
「おっけ! 買ってくわ!」
「おーカモやん! ありがとう!」
というか、この居酒屋、そういうあっち系統のお兄ちゃんお姉ちゃんが集うんだ。知らなかった。
「お前なんて名前?!」
「鴉野って言います」
「からすの~! 鴉野~!? 覚えたで?!」
ちなみに、浴衣のねーちゃんはちゃんとお釣りをくれた。意外と良心的だった。隣の酔っていない地味なお兄ちゃんが焼き鳥をサービスしてくれた。地味に苦労している。
「鴉野~。俺鴉野?!」
いや、俺が鴉野なんだけど。
「どっかいこうで?!」
身内で盛り上がってるし。楽しそう。
「というか鴉野いた?!」
「いますよ?!」
驚くな。
「タバコ落としたやん?! どうしてくれる!?」
雨だしなあ。
「鴉野! 焼き鳥くれ!」
「うん。どぞどぞ」
妄言をいわれる。よっとるなあ。
「うお?! 本当にくれるんだ?! カモやなかも?! 今からクラブ行くぞ! ついてこい?!」
いや、社内試験あるから。
他にも「旨い棒の卵巻きどうすか」と言っている兄ちゃんと世間話。路地に回ってバーの兄ちゃんの作るそばめしに舌鼓。前後するが祭り会場では雨の中大回転して踊り、サイダーを振り回す子供に声をかける。
「おおお?! 雨に歌えばやな?!」
「おっちゃんもどう?」
飲みかけのサイダーを幼女に差し出されてしまった。
「くれるん?」
「へへ」
そして一通り話し終わると彼女は駆けだす。
「この人知らない人やから逃げるよっ。泥棒カモ?!」
「こんな泥棒いるかいな。あはは」
「どろぼーや!」
変態のろりこんかもしれないが。でも自称ロリコンの仮想人格のヤツだってノータッチ主義だしな。それをいうなら性犯罪者だが鴉野としては大人の女のほうが好みだったりする。
雨の中、踊りの扮装をする男女に『かっこいいな』とか、こ突きあいをするふりをして笑うお兄さんに泣きまねをするお姉さんのほほえましいカップルににやりとしたり、女子高生9人男一人のグループに「リアルチーハー来た!」と思ったり。
繰り返すが鴉野には少量のテキーラやビールなど効かない。
それでも、挨拶をすることで広がる人々の笑顔には酔うことが出来たようだ。
道路から撤収していく香具師たちや暗くなっていく照明。帰路につく人々の波にあえて逆らい空を見あげて微笑む程度には鴉野も祭りを楽しめたようである。
ただし。ボッチ。
俺。来年は嫁になる人を連れていくんだ……(死亡フラグ)。




