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一本歯下駄と小指の支え その六(画像注意)

 愛宕さんは神の山である。


 この山に坊主コスプレと一本歯下駄で登ろうとする不遜なバカがいる。


 鴉野のことである。


 現代の英知インターネットは夜間に急に『愛宕に登ろう』なんて考えるバカにも等しく知恵と知識を授ける。Google先生やYahoo!さんで『愛宕さん』と検索すれば一発でって。


 アレ?!


 出てくるのは顔の小ささに比べて無茶苦茶デカい胸と尻、むっちり太ももと二の腕、これらがデカすぎるので結果的にくびれた腰まわりという男の性的な夢を体現した二次元少女ばかりであった。


 艦○コレクション自重。いやマジで。


 というかこんな愛宕さんならむしろ超喜んで登るわ。鴉野は下種である。


 愛宕山までの経路を検索すればだいたい二時間ほどで登れるようだが、鴉野は一本歯下駄を装備している。する予定だ。時間は多く見ておいていいだろう。


『愛宕行ってくる』


 書置きを残して鴉野は旅立った。唐突過ぎる。困ったことにこの日は誰もコメを炊いていない。つまりおにぎりがない。朝飯を食おうと思ったらパン一枚。

「まぁいいや」

 本当にその食事で良いのか。しかも二時間しか寝ていない。ネットで遊びすぎだ。山頂には雪が残るらしいので暖かい珈琲だけ持って鴉野は旅立ったが、山に行くときは携行食なしで行ってはいけない。遭難したら死ぬ。


 こうして鴉野は早朝から下駄履いてエキストリーム山登りすることとなった。駅で恐ろしいことを言われる。


「八時のバス逃したら一二時」


 仕方ないからタクシーで行った。三六六〇円也。名古屋行くより金かかってる。登山道を登ろうとする鴉野だがこの画像から左の道を行ってしまった。

余裕で参詣の道と違う道なのだがこの時点では鴉野は知らない。

挿絵(By みてみん)

 この左側ルートを通ると山頂付近の雪に遭遇してしまう。

挿絵(By みてみん)


 愛宕の山道は過酷である。前述のとおり浮石がヤバいのみならず、不規則かつ出鱈目な角度と傾斜を持つ階段、取ってつけたコンクリートの道が情け容赦なく登山者の体力を奪うし物凄い勢いでころばしにかかる。


 まして鴉野は作務衣着て一本歯下駄だ。アホである。


 参詣の道を大きく外しているので誰にも出逢わない。そもそも当日は雨の上猛烈なガスが発生していた。危険極まりない。山頂の温度は零度前後だ。

トイレもない。トイレが近い鴉野は歯の裏を舐めて水を飲まないように心掛けて進む。そもそも飯すらロクに食っていないのだがそれは言いっこなしだ。

 この時点でころぶは鼻緒で足首や足の親指や中指や薬指らへんをひねりまくっている。帰りしなはもっと過酷になるのは言うまでもない。


 参詣の道を外している鴉野はここで最初の人間と出会う。


 さっそく転んで下駄を遠くに飛ばした鴉野の下駄を拾ってくれたお爺さんは案外山の神様や天狗だったのかもしれない。あんなとこ普通ヒト通らない。


 閑話休題。山頂の愛宕神社近くになると雪が残っているし、水たまりは思いっきり凍っていることになる。ちなみに神社周辺では二〇一三年一二月一九日の時点では雪が無かった。ちゃんとした参道を通っていれば雪を見ずに済んだのに道を間違えた鴉野は少なからず雪に足を突っ込む羽目になっている。

 というか、思いっきり違うとこになんども行きかけた。鴉野が現在コタツでこの原稿を書くことが出来るのは愛宕の神様の御慈悲のたまものである。

挿絵(By みてみん)

 当然裸足に靴下一枚なので凍傷を心配したが、寒ざらしのため靴下が乾くのが凄く早く無事だった。持っていくべきは使い捨てカイロだ。

 しかし転ぶたび鼻緒で関節技を喰らってめちゃくちゃ指の間が痛いのは言うまでもない。どんだけ道中足をひねっているのだ。膝も打つし手もつく。軍手やズボンの下にパッチ履いてなかったら大怪我だ。礫尖っているし。


 この時点の鴉野は必死なので空腹も疲れも痛みも寒さもほとんど感じていない。ある意味得な男だ。立ち止まったら間違いなく動けなくなっていた。


 ふと白鬚神社が見えた。『登らなくてはならない』と言う謎の念を感じて登ってしまう。無人の白鬚神社は一本歯下駄では這って進まないといけないほど道が狭くて急で超怖い!!


「と言うか、参道の真ん中は神様の道だけど通らざるを得ない」


 見た目は綺麗だけどマジ怖いです。

挿絵(By みてみん)

 後で知ったことだが、まともに参拝の道を通る時恐ろしい勾配を『下って登る』必要があったのでこのルートは大正解だった。雪の残るあんなところを下るとか軽く死ねる。

 というか、鴉野が今回の日帰り旅行で滑って転んで死んじゃったと言うことが無かったのは悪運と愛宕の神様の気まぐれによるものに相違ない。何度も転び、時には這って進むと愛宕神社が見えてくる。


 愛宕には『自分の足で戻るしかない』と言う表示がいくつも見られるがマジでこんな山だ。毎日登る人もいる。一〇〇〇回以上登ると神社が石碑を建ててくれる。三歳までに登ると火難を避けるというがなんとなくわからんでもない。この日はピークではないので神社でお母さん一人にしか会わなかった。

挿絵(By みてみん)

 献灯をしてトイレは無いかと聞くと社務所まで降りろとのこと。可也辛いので水の飲みすぎには注意してほしい。

 画像が少なめなのは転びに転んでそれどころでは無かったからだ。思いのほかどてらは暖かかったことを付記しておこう。

挿絵(By みてみん)

 山の神秘的なガスを吸っていると不思議な気分になる。神様の山に来たなとか思える。そもそも携帯がガンガン鳴り、時計を見て仕事に追われる現代人は己を顧みる機会が少ない。時計もロクに持たずに旅立ったが悪くはないと思う。

 ラジオが猪瀬知事の辞任と喚問についてガンガン報じているのを聞くと鴉野はまだ神隠しに遭っていないと思えるが。ちなみに、ラジオを流して神社に入ると叱られる。鴉野は叱られた。注意しよう。


 社務所回りでおみくじを引くと大吉だった。


『願いは叶うが傲慢になると足元を掬われる』


 トイレに関しては水道を借りれない。雨水が溜まった手水っぽい中に手を突っ込んだら凍っていた。手を洗う水は別途にお湯で用意したい。


いや、別にかまわないよ?


 白系のズボンを穿いていたら『あいつおしっこ漏らしてキモーいwwww」になるだけだ。珈琲で手を洗ってはいけない。


挿絵(By みてみん)


 これが黒門。逆から来てしまったらしい。道理で一度も休憩所を見かけないわけだ。途中で逢ったお母さんはすぐに別れることになった。お母さんは地元の人で、狭い道を通って帰るらしいのだが鴉野に巻き込まれたら大怪我する。鴉野は比較的広い道を通って降りることにした。

 うん。この階段を駆け上ったSは凄い。要するに何度もこけたり足を捻った。痛みを感じる暇もなくのたうちながら進んでまた転ぶ。なんせ下駄を脱いだら靴下一枚だからどうしようもない。


挿絵(By みてみん)


 この倒木は鴉野が事前に調べた限りでは二年くらいほったらかしらしい。愛宕は結構倒木がある。手すりと思ったら根元が腐っていて変に手をつけたら丸太が落ちてきかねないところとか。

 出張った壁に手をついて歩くと裏切られたかのように崖側に向けて滑る。真面目に一度死にかけているのでお勧めできない。登山靴で登りましょう。

 というか、このカッコ悪い蟹股歩きは故意ではなく、こうしないとマジで転びそうだからだ。実際転びまくった。気を付けても転ぶし足を捻る。

挿絵(By みてみん)

 なんで泥まみれになって足痛めてこんなバカやっているのかと思う。別に今年話題になった馬鹿Twitterみたいに炎上させたいとも思わない。悪目立ちするためにこんなことしているなら愛宕の神様もお怒りだろう。


「まぁ、コレはこれで見て喜ぶ人もいるだろうし」


 それでいいのか。


「神様助けてと言うのは本気で困った時だけでいいからお許しください」


 エセ坊主は軍手に使い捨てカイロを握りしめて進む。何度も言うがこの日は雨であり、片手はryotenの和傘もどきで手がふさがっている。

 こけて破いたら一八〇〇〇円のダメージを喰らう。それ以前に鴉野の足首と首がボッキリ行きそうだがそこはご愛嬌。

 道中、歩いているのだか転がって悶えているのか解らない鴉野をお爺さんが余裕で何人も追い越していく。まともな参拝の道なのでそこそこは人に出逢うのだが時期が時期、気候が気候だ。

 子供を背負って登るパパさんが多いピーク時であったら大事故になっていた。冗談抜きでこんな山を一本歯下駄で登り、子供を背負って登るパパさんや登頂千回以上の記録を目指すご年配型を巻き込むと大事故になる。絶対に山では人を巻き込む転び方をしてはいけない。


 幸いにもそうではない今日は転んでも誰も手伝いはしないので時には悪態をつき、時には自分を励ましながら必死で這うように立ち上がっては転んで足を捻る。歩き方のコツをつかんできても愛宕の山道は情け容赦なく左右に足を捻ってくる。一本歯下駄で幸いなのは体力を奪う階段の影響を受けないことだが、それを補って余りあるほど滑るし転ぶし足を捻る。愛宕の山の浮石の難易度は異常だ。登山靴履いていてもそうなのにエキストリームと言うより明らかな愚行である。


 後に由紀子さん(仮名)が言う。


『下駄は履いて行ったの解ったけど、作務衣まで着てるとは』


 まぁ全体の服装を優先した。繰り返すが実に愚かだ。


 そうして転がっていると川の音が聞こえてきた。

「あ、人里についた」

 人里近くの川の音は独特なのだと知った日だった。


 ここまで来ると下駄はボロボロで、ゴムを固定している釘は抜けるわゴムが横になって右左に転ばせようとするので靴下で道に降りては何度も地面に釘を打ってゴムを固定しなおす必要が出てくる。というか山道ではそんな余裕が無かっただけアスファルトはありがたい。


 傾斜が凄いのは人里でも同じだ。一軒家の土塀が最初三〇センチ程度なのに端まで行けば鴉野の肩まで余裕でいく急こう配。当然転ぶ。転ぶ。それでも左右に取られないだけましなほうである。こうして歩いていると雲間から光がさしてきた。

挿絵(By みてみん)

「何億年も雨が降ることもあるが、雨はいつか晴れるもんさ」


 嘯く鴉野だが滑っている。誰も聞いていないから大丈夫だが。


 この周辺は事前に予約をしておけばゆず湯に入れてくれる。予約しておけば良かったなと思う。人通りは少ないが、たまに『下駄?!』と驚かれる。まぁここを歩いているよそ者は愛宕を登って帰ってきた上、バスを逃した愚か者だしなぁ。

 というか、バスに間に合う筈がない。一時間余裕で待つ必要があるので鴉野はまたも歩く。転ぶときもある。足も捻ることもある。立つのが辛い時もある。でも歩かなければ帰れない。


 なんとか帰宅して下駄や服やカバンなどの泥を洗うとすっかり夕方。


 まったくもって断食状態の歩きなので体重が50キロ割ってた。それでも腹が減る間も無かったし、脚の激痛にまったく気付かなかった。疲労も忘れていた。


「明日朝一で仕事なのに動けない」


 そう言いながらテープと変色したタイガーバームを塗って無理やり眠り、出勤前にこの原稿を書いている。一日で新品同様だった下駄はゴムを縫い付ける釘も取れ、こんな悲惨な状態になった。


 それでも今回は良い買い物だったと思う。


 たまには買い物もいいものだ。僅かな出費で新しい自分に逢える時がある。


 この場合、自ら愚行に文字通り足を突っ込んでいるので、遭ったというのが正しいが。

挿絵(By みてみん)


(一本歯下駄と小指の支え編 おしまい)

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