再就職活動でもっとも必要な経費は『煙草代』
書き下ろし。
クソッタレ! こんな仕事辞めてやるッ 俺は小説家になるっ?!
こんなことを思った方はいないだろうか。だが辞めておいたほうがいい。
仕事をしながら執筆ができる仕事は稀である。
仕事には年金もある。月給もある。保障もある。福利厚生も残業代もある。ない会社もあるが。
後述するが、鴉野は一時期武術道場に通うことになった時期があった。
始めたのは学生時代からだから十年はやっていたのではないだろうか。
当たり前だが失業するとやることが無くなる。
そりゃ職業安定所すなわちハローワーク。職安ことハロワにいったりはする。するが、大抵呆然と一日ネットをして過ごすことになり、ハロワに行きそびれる日が増えていく。
これが続くと家から出ることすら億劫になりヒキコモリになる。
鴉野がヒキコモリにならなかったのは就職して以来、欠かさず親に生活費を支払っていたこと(寮に入っていた時代含む)に尽きる。
物凄い勢いで貯金がガリガリ減るのだから就職活動に行かざるを得ない。
そこで君は眼にする。
『みんな煙草を吸っている』ことを。
実は再就職活動で最もカネを使うのは『煙草代』である。
親への食費は払わんという方もいるだろう。そもそも一人暮らしでも食費の減らし方はどうにでもなる。
プランタにハーブ植えたり、二十日大根植える人もいる。一味追加できる。
おかずはもやし中心にしていけば安上がりだし、小麦粉で空腹を誤魔化せる。
ある意味イケナイ白い粉より魔法のアイテムである。
しかし煙草は固定額であり、その値段のほとんどは税金である。
ようするに安くなることはまずない。まとめてかって安く済ませても多めに吸う。
あるいは『お前カートン買いしたからあまってるだろくれ』と言われる。
就職しているならば煙草仲間も出来ようものだが、職安で出来る煙草仲間を増やす行為は職安に顔だけ出すアレな人々の仲間入りコース一直線である。
ああいう人は職安に顔だけ出しておけばいい類の人々だ。間違っても相手してはいけない。
もしそうでなくても、ああだこうだと条件をつけて就ける仕事を逃している人間だ。人には事情もある。借金もあればローンもある。しかし先立つものは金である。まず就職して仕事しながら条件のいい転職先を探すべきであり、やっぱり相手してはいけない。
そして、煙草はどんどん君の財布を圧迫する。
なんせ辞められないし辞める意思も無い。ここにパチンコなどのギャンブルをする生活が加わっていると酷いことになる。
自称パチプロの借金生活スタートである。行き着く先は闇金融の刈り取りとゴミ箱の中だ。
幸い、鴉野は親に生活費を入れなくてはいけないという謎の心理があり、前職のせいでパチンコをはじめとする賭け事に激しい嫌悪感を持っていた事もあってすっかり改善されていたが。
タ バ コ は ど ー に も な ら ん 。
生活費は固定で減っていくので管理しやすいが、タバコは箱で買っているので管理し難い。
当時の鴉野は母の影響で小遣い帳をつけていた。これも鴉野がヒキコモリにならなかった理由である。
凄い勢いで無駄金が浪費されていくのがわかるし、所謂トータル勝ちは鴉野にはありえないのが残酷なほどに小遣い帳は教えてくれる。
何円浪費して何円勝ち、何円がホールに向かうまでに使われたかが解るのである。
しかし。タバコは一日何本吸っているのか解らん。
カートンで買えば更に解らん。そもそもタバコは吸うだけのものではない。
よって、タバコ代は恐ろしい勢いで鴉野の財布を圧迫するのであるが、やめようと思って辞めれるものではない。
幸いにもバイト先に拾われて事なきを得たが、其の前に就職が決まった整骨院にトチ狂っていっていたら今頃駅前で風俗店の勧誘よろしくビラ配りする羽目になっていたことであろう。
昨今の接骨院はコンビニ化が進み、骨を接ぐなどの本来の役目が果たせない。外科医と喧嘩するしな。
其の性でマッサージだのそっち側で駅前でチェーン化する。
接骨医を夢見た青少年、あるいは鴉野のように接骨医のバイトに行こうと思ったら何故か接骨医の学校に行かせてやるといわれた純朴な青年は膨大な借金を背負って丁稚する羽目になる。
今の時代、コンビ二より多い歯医者もヤバいが接骨医もヤバい。関わらないほうがいい。
閑話休題。
とにもかくにも今の仕事はたまたま『禁煙』であり、シフト制で執筆時間が多く取れるものだった。
禁煙を破った莫迦には即刻首が言い渡された。首である。警告なしの即解雇(社員は一ヶ月猶予あり)である。
そして鴉野母は喫煙の煙を嫌う。たまたま新しい職場は鴉野家のすぐそばだった。
結果的に鴉野は禁煙に成功していた。というか、禁煙するつもりもなく禁煙できていた。
二週間は我慢できない。
その後、メシや茶が異常に美味く感じるようになる。酒を呑む人はその限りではないが。
更に二ヵ月後。やっとニコチンが抜け切る。
三年は口が渇いたような、何かを唇に挟みたい衝動に駆られる。実際鴉野は今でも唇を押さえる癖がついた。
更に三年以上はタバコをすう人間を見ただけで不愉快になる(これは個人差がある)。
とにもかくにも、再就職活動をしないで済むなら、今の時代ありがたいのである。
だから。
冒頭に戻る。
やることがない。これは恐ろしい。
人間の記憶は夢によって整理されるが、引きこもると新しい記憶の更新が出来なくなる。
まぁアニメやゲームやネットはするだろうが、それだけだ。
別にネットで掲示板相手に言葉のやり取りをしていても目の前に人間がいるわけではない。
喧嘩してもなんとかなる。どうしようもなくなったら不貞寝してろで済む。
人間は次の日もその喧嘩した相手と顔を合わせねばならない。
そういうわけで、人間の脳は記憶の更新が出来なくなった場合、最も刺激的だった学生時代の記憶を繰り返すようになる。
不幸な学生時代でもそれこそ夢の学生時代のように幸せに書き変わっていくのは、あるいは不幸な記憶を繰り返されるのは。目覚めてそれが夢だった苦悩は計り知れない。
実は失職して一番辛いのは夢の中まで苛まれることなのではないだろうか。
鴉野はそういうわけで気晴らしに刀を振って居合いの練習をしていた。鴉野家の一階部分は物置になっている。本来応接間なのだがその用途では誰も使っていない。物置を片付ければ居合いの練習にはもってこいのスペースになる。
「すいません。Sさんから紹介できました」
Sさん? あのS先輩?
鴉野が出てくると何故か脅えだした彼。
「Sさんのっ?! 紹介でッ?!」
なんで脅えてるの? あんた。
「こここ、K党をお願いしますっ?! 次の選挙ッ?!」
「いや、そういうときだけ近所の人面されても困ります」
なんせ普段挨拶しても返事もしないのに、選挙のときだけ馴れ馴れしいのだ。母も連日の電話攻勢に閉口していた。母の恩人がソレ系統だからといって限度がある。
母曰く、「恩人で、大好きだからかまいませんが、それでその宗教に入れというならば別です。あなたの親切はそのためだったのですか」だそうだ。真理であろう。
以後、その人は母に勧誘をしなくなったそうだが、母もなかなかのものだ。後に異世界で勇者をやらされるだけのことはある。
(『ククク。ヤツは四天王の中では最弱……。』の応援をしてくださった方々ありがとうございました。母は今も元気に世界の山を登って遊んでいます)
話を戻す。
「勝手に人の家の中に入ってこないで下さい」
「か、か、鍵が掛かっていませんでしたのでっ?!」
「というか門扉しめてましたよ。そりゃ居合いの練習してるから鍵まではかけてませんが」
ここで鴉野は息を継いで続きを言い放った。
「人に選挙の党を頼むなら、普段の態度がアレなのに選挙のときだけ電話とかこういう家宅侵入まがいをしていいとおもってるのですか」
莫迦なやり取り。そして鴉野は気がついた。
うん? 居合い?
鴉野は自分が抜き身の刀を握っている事実にやっと気がついた。
脅える彼の顔をじろじろ。そりゃ怖いだろう。というか斬られるとおもったかもしれない。
「あーその」
「す、す、ズビバぜんでぢたああっ???!!」
以後、彼は二度と鴉野家に勧誘やK党の投票を促すことはなかった。