りあるばいおはざーど その二
鴉野の小学生時代の話だ。
『班ごとに何かの生き物を研究、発表会をしろ』
このようなこまった議題が出た。
こういう『好きなヒトでグループ作って』系は鴉野が確実に余るのだが、今回は困ったことに班である。席の位置関係で強制的にメンバーが決まる。
そう言う訳で激烈に鴉野だけ浮いているグループは特に鴉野の意志が反映されるわけでもなくとある生き物の研究をすることになった。
ゴキブリである。
なぜにゴキブリ。班長に聞いてほしい。
小学校の蔵書を調べると何故かゴキブリ含めた昆虫類をを小学生が調べる為の書籍という実にニッチでどうしようもない、作者をリスペクトせざるを得ないレア書籍が出てきた。丁寧な図解までついている。
昔の書籍らしく、赤を基調としたカラー図解だ。
大昔のジャンプ漫画のカラーページがこんな感じだった。
鴉野はこの本に巡り合えただけでお腹一杯の大満足だ。どうみてもレア書籍。この本は絶対に売れないが読者の心をガッチリつかんで離さない破壊力がある。
人気の無いWeb小説書きは可也よく『解る奴だけ解ればいい』と言って誰にも求められない話を好き放題書いて結局誰にも見てもらえず逆ギレをかますが、この本の作者は見事にそういう読者を掴んだことになる。
どれだけゴキブリが好きなんだ。この作者。
曰く。ゴキブリの捕まえ方。
ゴキブリホイホイで捕まえる(基本)。
虫取り網で捕まえる。
手で捕まえる(え?!!)。
「手で捕まえる?!」
「無理よ?!」
女の子に至っては見ただけでキャーキャー言うレベルであるにもかかわらずこの本では手で捕まえる極意が絵入りで紹介されていた。
曰く。
『達人は両手両足で同時に四匹を生け捕りにできる』
達人。達人だと。
鴉野の厨二精神は大いに刺激された。
なんせゴキブリである。ゴキブリ。
鴉野は友人の家に遊びに行ったとき、彼のマンションの台所。そのギトギトのコンロ回りのゴキブリホイホイにビッチリと黒々しい生き物が詰まっていたことくらいしかゴキブリを大量に見たことが無い。
鴉野の母、由紀子さん(仮名)は綺麗好きなのでコンロ回りは当時からピカピカだったし、IHコンロが出てコンロ回りを完全にフラットに出来ると知ったらさっさとそれに買い替えている。
しかし今回は数が必要だ。
鴉野は恐る恐る網から始まり、素手でゴキブリを掴む訓練を始めた。
何故に?! 答えは出来れば自慢できるからだ。
勉強とかまともなことを自慢してください(By 母)。
思えばこのころから鴉野は変だった。
授業参観が始まれば親が見ている緊張感から椅子の背もたれの上に座って教室中と親御さんたちからの失笑を買い、授業中に便所にダッシュして道に迷い、給食室の換気扇に飛び散ったスズメの肉片を探してみたりしていたような気がする。
高校になったら四二度の高熱を出しながらサムライが突進してくる文化祭のポスターを仕上げていた。意味が解らない。
もっとひどいのは誰もノートを写させてくれないからとその熱で出席して授業を受けていた事実である。医者曰く『こんな元気な42℃の患者は初めて見る』そんなこと言われても。
そう言うわけで鴉野は猛熱に頭をやられたかのように達人をめざし、素足と素手でゴキブリを生け捕りにする技術の習得に励むのであった。
まぁ、こんな奴が一人いればゴキブリ慣れも進み、男子は素手でつかみ、女子は網が有れば捕縛できる程度にはなっていた。
他にもナメクジの研究をやっているグループもいたがこちらも悲惨だったようだ。ナメクジでなくてよかった。
肝心の発表の結果は鴉野の記憶には無い。たぶん研究に向かう課程に存在する手段であるゴキブリ捕獲が至上の目的と化していたからであろう。
今でも鴉野はやろうと思えば素手でゴキブリを掴めるが、取り敢えず靴で踏み潰すようにしている。