考察。異世界なろう主人公は意外とチートといえないのではないかなお話【2020/12/06】
『鴉野さん。あなたは現場清掃中に頭を上げた際にパイプに頭をぶつけて死んでしまいました。よって今から異世界に』
「13歳の時に飛ばしてほしかったわ! もうおっさん転生なんて下火ジャンルだろうが!」
とはいえ、これは困る。
とりあえず労災になるだろうし警備業法的に頼まれたからとホイホイ警備区域離れて現場清掃とかどうなのになる。仕方ないじゃないか。足元ゴミだらけで俺が危ないのだから。
目の前にはでっかい胸の女神さま(?)がいるが、もし生欲処理対象になるなら『観音様』になるわけである。
しかし異世界に仏教は恐らくないので彼女(?)は観音様とかではないだろう。知人の元AV女優の方がよっぽど御利益あるね。
「で、死んでいる人間が異世界に行けるってイミフ」
「あなたの善行によるものです!」
ねぇよ。善行? 覚えがない。異世界には仏教が無いだろう。転生とかは言わないよな。世界も確か仏教だったような。自分はキリスト教嫌いなのでどこぞの『金持ちは天国に行けない』と抜かす偏狭な大工の息子しか復活できない世界観には生きていないが。
「先日暇つぶしに旗をブラブラさせていらっしゃったときに、飛び出してきた少年に注意喚起して自動車事故を防ぎましたよね」
「……??? すまん。メモに書いていないと昨日の現場や一緒にいた人の名前すら憶えていない」
そもそも善行などいちいち覚えているはずないじゃん。『こんな親切にしたのに』と他人に恨みを抱いてストレスのもとにしかならない。
「あの子が日本国総理大臣になり、環境問題を解決して多くの人を救うのです!」
「そっか。それはいい話だな」
「というわけであなたを古武術マスターの冒険者として異世界に」
確かにうちの父親は空手十段とか胡散臭い人物だが基本職人として堅実な人生を送っていたし、母も5000メートル峰を登ったりするが普通の大阪のおばちゃんの部類に入るはずだ。添乗員いないと何もできない。というか息子がいれた炊飯器の予約スイッチを電気代がもったいないといって切る母である。
「すまんが、俺には『やれやれ。武術に興味はないのに』といいながらチンピラを叩きのめすような能力はない。履歴だけサラっと見ればあらゆるフカシをこめたようなすごくアレだが、一応本当の話だしなあ。ヤクザに拉致車両指定はさておき」
「古武術マスターの父の武術。冒険者の母の技。それらをあなたに与えて、さらに若返りと身体能力強化とチートな能力を差し上げますので異世界で戦ってください」
「……若返りとか身長が伸びるのは嬉しいが、武術ってのは自分の体格や体型や能力に合わせて身に付けるので父親の技術がそのまま俺に上書きされたら転ぶだけだぞ。あと俺は普通に喧嘩弱い。158センチ無いチビは猫にだって勝てない」
錬心舘系列だけどWikipediaに記載されているバックハンドブローっぽい手刀(※正しくは『螺旋手刀打ち』)とかを父は教えなかったし。
あと武器を一通り使える癖に剣道はへっぽこだった。
「あ、でも鎌の型はうちの親父の代で失伝したから復活できるのか。Youtubeに出せるね」
「あっちにはYouTubeないですよ」
そりゃないわな。というか水洗トイレとかウォシュレットとか公衆便所とかも無さそう。自分はトイレが近いからパスだね。
「というか、俺、馬に乗れないし自動車もペーパーだぞ」
「……熟慮しましょう」
戦闘システムって個人の武力じゃないぞ。
「例えば、戦国時代なら狼煙、第一次世界大戦の時代なら伝書鳩や信号といった情報伝達手段がある。
そうでなくても猟師なら人間より感覚に優れた動物を用いて鷹狩り、犬による狩り、鵜飼といった情報習得手段で得た情報をいち早く他種族や敵対する同種族に先んじて伝達したり代わりに戦ってもらったりする」
他にも蚕みたいに人間いなきゃ何もできない生き物を選択的に時代が進むにつれて自種族のシステムに取り込んでいるぞ。豚や牛もそうだな。
「絶対他種族殲滅するマンな人間がいる世界って普通にヤバいですね」
「うん。ぶっちゃけ今からおれがスキルソフトで武術げっとより異世界騎乗生物を使う騎兵軍団のほうが強いよ。馬だって400キログラムあるだろ。移動力と体重、戦闘システムを持った獣の集団と見たら相当強いもの。車で轢き殺せば体重差もかなり詰められる」
騎兵があっても坂上田村麻呂はアテルイに苦しめられている。前任者は10000の兵で500名に負けている。
「習得速度でいえば武術より車で轢き殺したほうが早いが、俺はペーパードライバーだし役に立たんよ」
「最近の自動車は衝突回避システムが搭載されていますのでゾンビを轢くのには向いていません。猪を轢いたら速やかに警察に連絡するといいでしょう。ちなみに魔物は猪より頑丈です」
時速80キロでている車に轢かれても奴ら逃げていくものなあ。信号機待っていたりしてクソ賢いし。
「並列思考能力に劣る人間の知性が獣、ましてや魔物に勝てるとは評価していないし、異世界だと人間とは別種族のサピエンスがいるだろ。エルフとかドワーフとか。個人にチート与えて異世界はやめとけ」
「いますね。確かに騎乗動物や家畜も多様ですがほら、あなたの知識も使えますし」
だから、現代人みたいなもやしは役に立たんと思う。投てきとか延々と歩いて走る能力は他種族に勝る人間だが、バトルシステムとして他種族殲滅する能力、案外異世界人は現代地球人より上かもしれない。ただし数で現代地球人には及ばない。人口70億は伊達じゃない。
「義務教育は終えているが、全部実践できるほうが珍しい。たとえば今からすべて大和言葉で話せと言われてもほとんどのかたはいとこころぐるしゅうければ、かばかりかたし」
現代の武術とかを異世界だから罪に問われないとばかりに人間や獣に実践する奴ってだいぶおかしい子だしな。例えば空手の呼吸法で激しい運動から回復したり、システマの息を止める技法でトラウマを克服したり修羅場に強くなったりするとかは現代日本でも使えると思うが、異世界でも使いたいと思わない。
「仕方ありません。あなたのお母さまを誘います。えっと、『ゆっこさんコロナと関係ないやま登りませんか。海外ですけどコロナ関係ないですのですぐ』」
「やめてくださいませ本気で! あの人ウキウキで登るから!!」
昨日5000mに登れたからといって明日登れるとは限らない。成功体験は逆に足かせになるので一歩一歩確実に登るだけと母は云う。要するに年老いた母に冒険旅行はさておき魑魅魍魎跋扈する異世界行きはお勧めできない。
「そうだ。翻訳魔法さんってやっぱ人格とかあります」
話題を変えないと母がウキウキで異世界に旅立ってしまうしドラゴンとか見ても「すごーい」で済ましそうだ。
「私の分体を作ってPython処理しています」
「異世界にもPythonあるのかよ!」
「やっぱり妙訳には人の手が必要ですので」
「なんか激しくご苦労様って感じだぞ神様?!」
「ええとじゃ雇用契約をまとめましょうか。どこでもトイレが呼び出せて、若返りがあって手足の長さが10センチ伸びて女装能力がさらに上がる」
余計なオプション付けないで!
目が覚めた。
よかった異世界で。
あれ、今パソコン叩いているけど外から獣の声聞こえるし、自動車の代わりに竜とか走っているけど。
(※今回の話は完全にフィクションです)
悟りや危機管理と無縁な現代日本人に個人としてのチート与えて異世界に放り込むなら、戯れか撹乱要員と思われる。この場合の鴉野の隠しメイン能力は『周囲でやたら変なことが起きるが生き残る』(デフォルト)。




