おばあちゃんを拾った日
【謎】鴉野氏、図書館に向かう道で知らないばあちゃんを拾う
異世界転生の前フリではない。
「鴉野さん! まじでうちの親がうるさいのです!」
親がうるさいとか子供のためといっての親子喧嘩は人類が始まる前から繰り返されたことだろう。そもそも鴉野のようなオカマ野郎には推測も仕切れないが出産ってまじ死ぬほど痛くて苦しいらしいし。祖母は片足を棺桶に突っ込むものだと表現した。
「あああもうクソうっざー! 何がボクのためですか気持ち悪い! 適当にパカパカして気持ちよくなってデキただけでしょうに!」
親の心子知らずだが親も子供の頃感じたことをスコンと忘れ周囲の大人に迷惑かけまくったことも忘れ今の成功体験と一番できた頃の記憶を若い頃と誤認識し俺の若い頃はすごかったアピールするのだからあまりいいことは言えない。
「だいたい子供は生まれたいなんて一言も言いませんよ! 親の都合です!」
そろそろいいかなあ。どうせ親御さんと同世代の鴉野が同じことを言っても通じないので搦め手を使う。
「レジリエンス習得には頭良くても身内相手すら20年以上かかるからじゃね」
ぶっちゃけこいつFランとかいいつつ経済学部だし銀行内定しているし。頭は鴉野よりいい。
「普段の話聞く限りじゃ教育レベル高くてそこそこ理解ある親御さんやん。ネットゲームでネカマネナベを嗜むデジタルネイティブで初音ミクと育ってバ美肉Vtuberやコスプレ文化で育ってで見た目を自由に変えることに抵抗がないあの二人はおれの若い頃みたく『女装癖は頭の病気だから顔が変形するまで殴れば治る』っていうエビデンスゼロ世界に生まれてないんやで」
えー。彼はお茶を飲み干した。
「鴉野さん。ボクのロケーションチェンジと容姿変更は女装じゃないのですが」
「顔とか基本遺伝や。ブサイクに生まれなかっただけラッキーなんやで」
「いえ、これは反出生主義についての命題なのです」
「なにそれくいもの?」
鴉野は貴重な中休みをえっちなビデオとTwitterで過ごすという無駄をやらかしていた。これで来月放送大学の単位認定試験なのだからおわっている。
仮装人格曰く、はんしゅっせいしゅぎだとか人類の再生産システムの問題がどうとか。あ。それよりイキそう。鴉野は賢者()になった。
「それはより無益だね。人間の認知圏内に意味なんてない。意味を見出さんとするから人だけどそれ故に苦しむ。物事を深く観察しちゃうと流転しているから人は変節漢の方が正しい姿になるんで利害のない理解ある身内相手のレジリエンスを保護者がいるうちにつけておくのはまじめにだいじだぞ(※哲学モード)」
「鴉野さんみたくえっちなビデオみながら哲学()しませんからぼくは! 意見もコロコロ変えません!」
「焦土から『やっぱ自国第一主義(※ファシズム)はクソっすねっw』と大発展した国みたくいい加減さも大事だぞ。日本とかドイツとか。あとその前にサラッと戦勝国になったイタリアとか大概」
しかし参った。反出生主義なんて似たような考えは古今東西アホほどあるがジャンルとしては初めて知ったわ。知識差もあるしこいつのほうが基本鴉野より賢く、議論になり得ないだろう。ショーべンバウアーなんてもふもふ日記の和泉さんとかなら詳しいだろうが高卒のバカに哲学談義は敷居が高い。いや哲学は好きだぞ。
「話としてはクッソ面白いし好きだがウィキペディア見るにべねたーさんも『これ読んでるやつ手遅れ』って言うジャンルだろ。
今日のおれが『海外のコンテストで数々の受賞歴がある!! トップボディビルダーの人妻 白●景子 42歳 A〇デビュー!!』をで解脱しつつツイ廃するのと脳みその動きはいうほど変わんないんじゃね」
実際俺は輝ける筋肉の前には全てが虚しいと知った。……ふう。
現代はグーグル先生があるので鴉野が自分の知識範囲にない反出生主義について軽く調べながら話せるのが大きい。学校でも読解力とか科学リテラシーとか出すならスマホで調べながらの勉強を解禁すべきだ。放送大学の面接授業でも先生の話を聞きながら自ら詳しく調べてより深く知る生徒もいれば艦これを堂々とパソコンでやり倒すバカもいる。それも含めて勉強だと思う。
さて。反出生主義。生まれてこないほうがいいとかいう厨二病な話だね。でもブッダも罹患しているし性行為の否定は世界にあふれているから全人類が一度は陥ってしまうものなのだろう。
調べていたらなんかベネターさんの本が面白いらしい。Kindleで序文を原文でみたらキレッキレやないか。鴉野は本来英語を理解しないが昨今のiPhoneの翻訳は優秀であるので全く支障はない。
「いい本教えてくれてありがとう。早速図書館にいってかりてくる!」
前提条件を仮定想定した上で論を構築するのが哲学ならば直感的には明らかに変な前提条件でも相手の哲学を否定するより同じところに立って思考する必要がある。つまり論敵が一番詳しい教師なので彼に学ぶか聞くのが妥当だ。この人はおれの話を聞くという効果まである。
円周率が3である世界では正六角形と真円の外周が同じとかむちゃくちゃだが人はそうやって柔軟な思考を持てる。そもそも鉛筆などは粉の塊で正確な円などどこにも存在せず理想の中にあるわけで……。
「とりあえずパンツ変えてからな」
「きたねえな!?」
鴉野はパンツを替えてからチャリにのって最寄りの図書館に。げげっ。休館日だ。
書籍として面白いとしてもKindleで原文3000円は痛い。調べたら二つ隣の町に翻訳版とはいえ目当ての書籍が置いてある。これはイクしかない。俺たちの楽園に。
で。冒頭の事案に巻き込まれる。
鴉野よ。『図書館への道中でギックリ腰に罹患して危うく予定に間に合わないおばあちゃんに遭遇したならばチャリで拾って目的地まで搬送し、親切な高校生と誤解されよ』とはシャーペンバウアーもベネターもさすがに著書に記していない筈だ。
「ごめんね。おばちゃんの頼みきいてくれるかな」
「ええ。うわわ。でかい一本歯下駄履いているからバランス悪いし、跨いでもらっていいですか。押していきます」
時間までに済まさなければならない用事があるとのことでチャリに乗せてとのことである。
鴉野は考えた。以下後付けであるのでその時はここまで深く考えていない。
『おれが生まれてこないほうが最大正義に叶うなら、不意の要請に応じ意図せず行った善行と仮定する行動には対価を頂く理由は存在しない。
ただし悪事を行うという人生目的を自分が行うならば、事前に取り決めた雇用契約を遵守することは継続性を考えて無難と判断する。
今回は前者であり対価は不要である』
「とりあえず向こうがくれるというなら報酬請求して良いっしょ……名前も名乗らないとか」
「反出生主義に基づいて自らの出生した事象を悪と仮定した場合、予期せぬ対価や礼を求めるのは邪悪として彼女をチャリに乗っけて郵便局に送り届けたのちにそのまま図書館に行った。また生まれる事が害悪もしくは生まれてきてしまった事は不幸でも始まってしまった人生は否定できないならば名前を他人に名乗ることに人間社会を維持してしまうための行政的社会的意義があることがあっても個人間における善意という欺主観に基づく欺瞞には不要だ」
「いや!? そこなぜ反出生主義だし!?」
「と、いうロジックをさっき鼻くそほじりながら考えたから」
「鴉野さんが適当すぎでワラタ」
おれはベネター氏の著作に反出生主義を理解するにはまず一度論理や生物的本能から自分が解脱し当事者の立場に立たねばならないという賢人の見解と42歳ボディービルダー♀の裸体で解脱することで宇宙の真理を感じた(哲学)。この感動はシコルティ。
「……ボクも解脱しときます」
we can fly!
なお、本を借りにいったのも経緯もばあちゃんを届けた理由も本当ではあるが説明は無笑的なアンポンタン文にした。反出生主義への反論は適当にやるとして、もっとも恐ろしいことがわかるだろうか。
『人を騙すことや説得することは技術であり、かしこくても引っかかる』
まあ親にも色々いるのだが、腹を痛めて産んだことで絶対的味方である親から得るレジリエンスは多いのだ。私事だがクリスマスから正月明けまでやまいって帰ってこないどこぞの母でもそれなりに。
あんぽんたんにしか見えないが相手が知らない話題に持ち込み土俵を変えて相手の主張を学ぶ姿勢を見せtw理解を示す。こういった技術は善意を持った親より悪党がよく使う。仮想人格くんの人生にこういう悪党が現れない事を願うとともに事前に善意を持った身内内で鍛えておく必要がある。人を騙し扇動する場合バカでもできるからだ。それは鴉野のような搦め手より「狼が来たぞ」的なテロリズム活動において顕著である。
一言に今日の事件をまとめると『図書館に行く途中にギックリ腰になった知らないばあちゃんを自転車に乗っけて郵便局に間に合うまでに届けました』だけなので反出生主義への反駁行為は結果的にいつもの壮大な前振りと言える。
「ばあちゃんを拾うのはまずないけどな!」
鴉野はとりあえず鼻くそを拭くことにして手を洗う。
「それならよくわかります。鴉野さんですからばあちゃんくらい拾います」
「なんでじゃ!」
いや、ないよ!?
……多分。高校生に間違われたのも普通にない(視力が衰えていらしたのかも)。
ばあちゃんが「偶然」鴉野の目の前でギックリ腰になったり、自らを病院ではなく近くの郵便局に搬送してくれる人材として鴉野を選んだ思考過程は今でも謎だが、とりあえず交通誘導員たるもの交通弱者は優先保護しないと危険が危ない(重複表現)とこの九カ月で鴉野は学習したので言われるまま搬送したが、案外彼女はオレオレ詐欺にかかっていたのかもしれないのでやっぱり謎の偶然が重なる異世界時空が発動しているかもしれない。
「ばあちゃん無事だといいなあ」
「ギックリ腰ですからね」
「違う」
外せない用事の最中に腰を痛める時点で散々だが、もし仮にオレオレ詐欺にまでかかっていたら目も当てられない。
「鴉野。てめえネタ上がってるんだ十二月二十三日午後五時前に老人を郵便局に連れて行った一本歯下駄の男はお前しかいねえ」
と知人刑事が年末のご挨拶にきてくれる可能性も微粒子レベルに存在する。
それは鴉野が反出生主義的に存在することそのものが悪であるという立証と言えよう。
「いや、ありじゃないすか」
「はい?!」
「この無笑は作者にとっては不幸でも読者にとっては元気の出るギャグであるという価値観に基づいて描かれていますから」
「ばあちゃんどうするのだよ!」
仮装人格曰く、最近は窓口でストップするらしいので安全とか。とりあえず鴉野宅にガサ入れは今のところないのでおばあちゃんは無事に用事を済ませたようだ。
あ。お礼やお金は固辞したが哲学好きならと京大の冨田先生の著作も勧められた。
「無笑だけに無償ってオチっすか」
「今年最後の更新になるかも知れねえのにオチがクッソつまんねえぞ!」
今年もお世話になりました。来年もまた『無笑』をよろしくお願いします。




