番外編 バカは死んだくらいで治りはしない 五 保証人不在の問題
「カラスノ君。保証人の項目、『なし』になっている件だけど」
嬉しいことに手術の保証人に上司がなってくれた。おかげで上司の住所と電話番号と年齢を知った。若いな。うちの上司。
パリッとジャケットを着て無人の玄関にて『行ってきます』と手を振って外に出る鴉野。
その手には着替えの詰まった袋と手提げかばん。
とてもじゃないが、前日酔っ払いとデスチェイスをした後とは思えない。
詳しくは語らないが口裂け女並に足の速い暴漢だった。入院前に入院してどうする。手間が省ける。
「えっと、付き添いの方は」
「いません。友人家族とも皆遠隔地に住んでいますので」
鴉野は独身だ。
滞りなく入院手続きを済ませて気が付いたが、いろいろ書いていたり呑んでいたりで全く寝ていない食べていない。
「まぁ一日飯抜き不眠でも死にはせん」
まて。貴様はこれから手術なんだぞ。
「こちらのエレベータをご覧ください、こちら○病棟のほうにつながる」
どうみても観光案内の看護師に連れられて病室に入る。
しばらくすきっ腹を抱えてボーと本を読んでいると看護師さんが車いすを持ってきた。歩けるのに。
「載せていかなければいけません」
歩けるのに。
繰り返す。歩けるのに車いすで搬送される鴉野。
実にシュールだ。
手術の運びになったが、イケメンの医師はこうつげた。
「注射が一番痛いから注意ね」
「ぐっホントにいたいっすね」
「あと三本」
余計なこと言わなければよかった。
悪性だのなんだの会話する彼らを無視して、鴉野は寝ていた。手術中なのに。麻酔利きすぎ。
「はい。終了。お疲れ様」
「あれ? 残りの麻酔は?」
「打ったんだけど……?」
麻酔利きすぎ。
「当たり前だけど大人しくしていてね。足が開いたら血が止まらないから」「あ~でも痛くもなんとも」
車いすで遊びかねない鴉野を見かねて医師も忠告する。
その後、食事が出た。
「ぐはっ!! うめええっっ!?」
由紀子さん(仮名)がいない現在、普段ご飯と漬物と味噌汁を一日一食しか食わない鴉野には病院食はごちそうだった。
「あ。その、お母さんと連絡つきます?」
「今、ネパールのどっかにいます」
「携帯電話は……」
「つながるわけが。たぶんエベレスト街道のどっかを旅しているかと」
どんな親だ。
医師や鴉野に話題を振った看護師さんや患者さんはすべてそんな顔をしていた。