おかんとやまのぼりはデッドエンド問題
昼寝から目覚めたら豪華な御馳走があった。
それを用意した母とその友人が『スマホ買ったから使い方おしえて』と述べており。
『あかん。これ逃げられん奴や』
鴉野 兄貴と申します。
まれによく死にかけています。
今回のピンチは毛色が違い、冒険家の母とその友人が揃ってスマートフォン買いました。所謂スマホデビューです。
スマホはあまり山の人に好かれないらしい。
本体電池がすぐなくなるのが一つ。
山の下にいる一般人は気にしないが基地局から遠い山の人にとって携帯電話というものは電池を食うものと言う認識がある。今は大分改善したはずだが彼ら彼女らご年配にとっての二十年やそこら前は『最近』だ。
救援を呼ぼうとして電池切れていましたあばば。洒落にならん。
手袋外さなくては操作できません。今マイナス十℃の環境だぞ。舐めんな。
ロック外せないから救援呼べない。いや緊急モードあるだろ分かるか知るか。
多機能すぎると死ぬ。すべてを想定した山登りの完全装備は三百キロを超す。不要なものは捨てねば死ぬ。取捨選択も山登りのスキルである。
「というか、持ち運び充電器なくね」
「重いもの」
チタン水筒を二〇年使ったのは伊達じゃない。ちりも積もればなんとやら。
一時期携帯電話は超小型化傾向にあったという。同時に通信範囲や内部電池なども改良を続けている。冷静に考えたらすべて矛盾する機能なのに大したものだ。小型化傾向にまったをかけたのは進化の結果メールやインターネットという画面の大きなものを必要としたからと思われる。
現状、インターネットを利用する場合画面が大きいに越したことがない。にしたってiPhoneのデカい奴はやりすぎである。将来的にはヴァーチャルリアリティ機能やMicrosoftHoloLensみたいに視覚を補完する形でネット環境を『携帯』可能になると思われるがもう少し未来の話だと思われる。現在の携帯VR機は背中に背負ったりするし。いつの携帯パソコンだろうか。
鴉野は会社の支給品としてフィーチャーフォンを与えられていたが充電しなくても一週間以上持つ。あまりにも充電しなくても大丈夫すぎて過去に騒ぎを起こした。
「店長! 大変です! ケータイが壊れました」
「カラスノちゃん。電源入れなさいよ」
鴉野は電源の入れかたを忘れていた。
今回は鴉野がスマホ指導を始める話である。
昼寝していたら母の友人が来るという。
パジャマ姿じゃ話にならん。急いで着替えて部屋から出たら御馳走があった。期待に燃える年配ふたり。語るまでもないが母・ゆっこさん(仮名)とその友人である。
あかん。これ逃げられん奴だ。冒頭に戻る。
フィーチャーフォン自体の需要は少なくはない。フィーチャーフォンがガラケーと呼ばれるのは日本市場に特化した独自の進化を遂げたからだ。そもそも携帯にカメラやメール機能をつけたのは日本企業だし。当時は『電話すれば終わりだろ』と呼ばれていた。カメラもレンズ付きフィルム以下の画質だったという。いや、まだまだフィルムカメラが現役だった時代だし。
「これってデッドエンド問題だよな」
デットエンド問題というのはサイボーグ化した人々が企業側の都合で需要があるのにオペレーションシステムなどのサポート打ち切りをくらい生存権の侵害を受ける可能性を暗示するSF用語だ。どこぞのパソコンオペーレーションシステムみたいだ。
日本企業は自社開発フィーチャーフォンのシェアを国内以外で手に入れることが出来ず、生き残るためにスマートフォンに鞍替えと相成った。
母たちは旧来のガラパゴス化したフィーチャーフォンを使用していたが内蔵電池の疲弊により買い替えを余儀なくされることになった。
デッドエンド問題と違って母達は取敢えず義体とOSを交換しなければ死ぬようなことはない。しかし山には登れなくなる。山登りは我々が想像する以上に事前の連絡や相談や計画が重要だ。ハイテクの支援なくては語れない。
旅程一つだって。
「え。新潟行くのに何度乗り換えなきゃいけないの」
「バス使うしかないみたいだぜ」
こんなことになる。新幹線が通った所為で在来線廃線、乗り換え複数回。総計一〇回近い乗り換え。
新潟は大阪府民にとって韓国より遠い。
今や時刻表を読みこなせる人間はある種の特殊技能者なのではないだろうか。時刻表があればいくらでも物語を生み出せる。時系列に沿ったプロットも作れる。たまに数分単位の無茶な旅程トリックもあるが許容範囲だ。よくある。友人はJRの少し早い到着を見越してマイナス時間旅程を組む。走りすぎだ。
冒険と人は呼ぶが冒険ではない。
集められる情報はすべて集め、事前に減らせるリスクはすべて排除して山に挑む。
ゴブリンの巣穴に入るより外から燻せ。
冒険者共なら巣穴の中にヒロインがいたりするのでまだ理解の余地があるが、死ぬような目にあって金も使って山に登るのだから母たちは酔狂にも程がある。
鴉野の脳内でプランが構築されていく。
「写真、ライトなどは必要だろう」
iPhoneならちょんと画面を動かせば即カメラやライトなどの便利ツール類が起動する。山登りなおばちゃんなら写真は撮る。デジタルカメラがあるが。
「電話が使えなければ話にならない」
メールうっている最中に電話がきたら受け取れないらしい。Windowsの概念がわからないと困る。
「電源を確保できなければ操作すらできない」
なんせ一日で四〇%も電源を食うのがスマートフォンだ。スマートフォンは人間を都市に束縛する。
というか。
「フリック入力できるのかな。二人とも」
実は鴉野もできない。
原稿はパソコンで作る。ある意味ブルジョワだ。
取敢えず電源を入れねばならぬ。
ここで鴉野は叫んだ。
『なにこのiPhoneホームボタンない』
本当に大丈夫か鴉野。それはandroidだ。
最近の格安ケータイはAndroid系列OSであり鴉野が扱うiPhone系列とはそもそも違うし、鴉野が持つiPhone6にはまだホームボタンが存在する。
「え、なにこれなにこれ。すごいどうやって使うの」
還暦世代は『見て覚える』が現役世代は『手で覚える』。やってやらせてやらせてみせて褒めてやらねば人は動かぬ。
下部にある家マークがホームボタンになるのだろうか。では右の四角っぽいのは何だろう。え、なにこれ俺しらない。
鴉野は茶碗を出して説明。
「ここにご飯茶碗がある」
ホームアイコンを押す。
これで茶碗をすべてテーブルの端にひっこめたようなものだと説明する鴉野。しかし茶碗はちゃんとある。このままだと茶碗の中の料理は冷めるしまずくなる。
「この茶碗すべてが『アプリ』。起動したままだと電源もパケット代も盗られる。困る。のでこのボタンを押して一括表示して消すなりしないとダメ」
説明は相手にわかるよう。
「この人マークのアイコンを」
「これ人なの」
驚愕する母達。
これは苦戦する。
というか鴉野が苦戦している。
なにこれ全然別物だよ。
取敢えずプライバシー設定で写真の位置情報を消し……あれ。プライバシー設定どこだ。
「あと、地方出身者に優しくないが、音声入力機能というのがある。『ひかわきよし』と喋ると」
「すごい氷川きよしでた」
「こんちくしょー! 俺のiPhoneは認識しねえよ! 技術革新マジすげえよ! 俺の言葉は認識ないのにテメエふざけんな!」
大笑いする母達。ある意味面白い。
フリック入力で予想通り苦戦する。一応子音母音に合わせているためヤ行の左右が余るからそのスペースにカッコがあるから使えと教えると大喜びする母達。
サクッとWi-Fi設定も説明しておくが昨今の携帯契約は20ギガバイトあるらしい。なんじゃそりゃ。
「パソコンある家だとこういう機械があって、このパスワードと本体IDを設定でWi-Fiというのが」
そんなことを言っても通じないので写真を撮って解説している鴉野。相手目線で教えるのは道場時代や親戚の子供で覚えた。何が幸いするかわかったものではない。そして使うと楽しいと教えることである。
すなわち。一緒に遊ぶ。
「これ美味しいね」
フォークで穴をあけた鳥胸肉をラップでぐるぐる巻きにして水気を逃さないようにして熱湯を沸かした鍋の火を止め中蓋しつつ保温しながらゆっくり蒸す。胸肉のくせにハム並に柔らかい。ボディビルダーにお勧めだ。本気のボディビルダーは油気もとるが。
「特にこのごはんおいしい」
刻んだキウイフルーツをご飯に入れて塩とちりめんじゃこ。キウイが酢の替わりになって酢飯となる。
手軽なのに豪華な食べ物となる。
大変よろしい。サラダをつければ見栄えも良い。
問題は教えてと言われて知らん機種。
嬉しいのは『エロサイトの使い方を教えて』でないだけマシなことだ。音楽サイトやエロサイトやネット通販サイトの使い方は省いていい。助かる。
携帯ショップ行けが一番確実だろうが鴉野も楽しい。
Wi-Fi環境構築
電源即写真
電話帳登録
まずWi-Fi環境が無い家があることを鴉野は知った。確かにネットしないならば要らない。若い人ならばそもそもパソコンが家にないのだから理解できなくもない。既にジェネレーションギャップである。
ロックアイコン動かしてツール起動。
即写真で大喜びする親たちにびっくり。
文字入力や音声入力の説明については何度もアカサタナ部分を押すフィーチャーフォンの入力方式に慣れた二人にはフリックは難しいらしい。実はフリックのみにすればアカサタナの入力が楽なのだがそれは逆に難しかろう。
「もうちょっと押す」
「わーうごくうごく! なんかへん!」
キウイごはん美味しいです。
意識高い系の女性にイイかもしれない。
「酢豚にパイナップル入っているだけで怒る人いるのよ」「いるわよ」
まじかよ。
種のブツブツ美味しいのに。
じゃ、そういう人にはフルーツ尽くしとか嫌味以外の何物でもないのか。フルーツはお菓子以外には認めない。
「嫌味なメニューして許してくれる恋人が必要ね」
「俺。美味しかったら嫌がらせとも気づかない」
「そういう嫌がらせするならば『美味しい』と言ってくれる人をたくさん用意しないとダメね」
「女の世界は怖い!」
このへんの嫌がらせ関連は別の方から聞いたフィクションです。
それはそうと格安スマートフォンということはiPhone系列ではなくandroid系列である。
後で調べたがandroid系列はアプリ使いたければ個人情報よこせなアプリしかないらしい。
何を言いたいかわからない?
つまりこういうことである。
「LINEぐらい入れてくれ」
後日姉の要望により嫌々LINEを入れる母。
速攻LINEからすべての連絡先にLINE始めたことがばれた。連絡先は既存のものである。
次々入る通知音。母よ。どんだけ知り合いいるのさ。
「ど、どうしよう。『弟』君と『姉』ちゃんだけでいいのに」
それ、メールでよかね。
画像も送れるのに。
姉にとってはメールよりLINEであるが。
LINEは使うと個人情報漏れたときに自分ではない証明ができないので面倒だ。二人としか会話しないならメールでイイと思う。カケホーダイあるし。
李下に冠を正さず。個人情報よこせアプリでもOKな審査基準。安いには安いだけの理由があるらしい。
最初に設定アプリからプライバシー設定できるiPhone系列とちがって個々のアプリで管理するのか。これ面倒だな。
「消そう。LINEごと」
姉と弟は時々しか登場しないがよくいい仕事をする。主に『無笑』のネタとして。
冒険はタダじゃない。
自由はタダではない。
趣味ですら社会側に強制できる力がある。
忍び寄るデッドエンドにあなたは対抗できますか。




