与論島に行ってきました 世界に向かって旅立ちます
遅くなった。もう受け付けは始まっているだろう。宿の人は飯を食ってから向かうというが鴉野は早めに宿を出た。正直飯食っていても変わらなかったのだが。いや、普通に変わらない。
一升瓶の重さにヒイコラ悲鳴を上げて山登る鴉野。曇り空が懸念されていたが祭りには晴れそうだ。結構なことである。これも与論のカミサマたちのお蔭であろう。つまりこの日、地味に山を四回登って降りることになる。下見に一周しているし。
山を登っていると城跡にして神社の表示。無視してもいいのだがよくよく考えたらよそ者のくせに土地の神様に挨拶していない。お参りせねばならない。
かなり大きくて立派な神社の境内は森とかはなく見通しが良い。隣に大きなスロープが目を惹くサザンクロスセンターがあるが閉館時間のようだ。一本歯下駄で登るには少々危ない道を超えて神社に無事お参りを果たす。昔の王族が神様として祀られているらしい。
城跡を見ているとなんかよくわからないパワーを感じる。島のカミサマ精霊様。そして霊達よ。旅人たちの無礼を御赦しください。
鴉野が自転車に荷物を載せて旅立とうとするとゴトンと荷物が落ちた。
ここにお酒を撒きなさいと言われた気がするので少しこぼす程度に垂らし、遅くなったと急ごうとするとなぜか鳥居の周りの瓶の欠片が目に付く。
与論の神様、まさかこれを拾えと。
実は鴉野ゴミ袋持参である。
いつぞやハッカソンというもののボランティアスタッフをやったときにゴミ袋はちゃんと持ち歩くと良いと学んだからである。ついでだが酒を呑むための紙コップも持参。あれ紙コップないぞどこだ。帰宅してから同じ袋に入っていたと気づく。おっかしいな。
「まあ会場でゴミ拾ってもここで拾っても一緒だ」
広瀬●一の靴下が裏表なだけの理由で殺すのを少し遅らせてしまって捕まるジョジョ4部の吉良じゃないがゴミを拾って進む鴉野。気付けば薄暗くなり始めている。急げお祭りは始まっているぞ。
受付済ませて看板くぐった頃にはすっかり夜も更けている。
「や」「ども」
飯食ってた宿のひとたちがすでに会場にいた。
モタモタしすぎだろう鴉野よ。彼が先に確保してくれていたおつまみ食いつつドリンクも頂く。
夕暮れ時の薄暗闇のなか、真っ白に輝く舞台の上で若い女性が衣装をまとい一心不乱に丸い板に何かを掌で描いていく幻想的な光景。
燃え上がるかがり火と青白い光を放つアロマランプたちが会場を不思議な世界に誘う。そして島の有志や各地の人々が用意した露店が盛況だ。
脇の電気自動車がこの会場すべての電源らしい。兄貴もといNISSANグッジョブ!
あるときは生き生きと弾けるように。
あるときは死に際ののたうつ獣のように。
激しくはないが生命の躍動感をもって画板に向かう女性はこのお祭りの主催者である。
「すっごく綺麗」
鴉野にまともな語彙力を期待してはいけない。
「だよね」
次々と壇上に上がるパフォーマンスの方々や音楽家たちがこのドキドキを盛り上げてくれる。
ファイアーダンサーが幾重に分かれた松明を振り回し、あるいは歌が会場を震わす中一心不乱にその掌を打ち付けて完成されたと思われる絵に彩を添え続ける女性の姿はもはや現世のものとは言い難くて。
「うん。やっぱりあのファイアダンサーの人は良い身体だ。たまんないよね鴉野くん」
「あの背中の筋肉と腹筋。動きのキレがたまらない。あれは鍛えているぞ」
男たちは微妙にずれた返答をかわしあっていた。
こいつらに高尚な議論は似合わないのだ。
「やべえ。あのねーちゃんやばい(ヤリたい)」
「やべえ。あのねーちゃんすげえ(パフォーマンス)」
闇のなか、男たちはわかりあう。
「解るか(もうたまんない)」
「わかる(もうマジ凄い。俺もあんなパフォーマンスを演出できる立場になりたい)」
男たちはわかり合っていない。
もうやだこいつら。
地味にゴミを拾ってゴミ袋に突っ込む俺たち。
見た目はチンピラな俺たちもここら辺は礼儀正しいと思う。
「あ、ゴミ拾いの方ですか。お願いします」
「はいはい」
おれ達はいち来場者なのだが黙っている。
鴉野はお祭りを楽しむよりTHETAの管理でアップアップだったが例によって簡単に電源が落ちたので致し方なくあとは携帯で撮影する。
この時の鴉野は暗闇撮影の技術がなくそのまま取っているので画面が昏い。もう少しキレイに撮りたいな。そう思いながら落ち着くまで時間がかかった。
月はどこに出ている。
やがて白い月が会場内を照らし出すころ、人々の視線は壇上に、隣で笑い合う仲間たちに注がれる。
神々よ見てください。あなたたちのもとで笑い集う人々の笑顔を。
「みんなは交代交代だけど、あの人すごくね。ずっと描いているよね」
「トイレどうするのだろう」
鴉野は頻尿なので羨ましいが雰囲気台無しだ。
「尿意に耐えてよくやった! 感動した!」
仮想人格君にも会ったので軽く叱っておく。
おまえ良いからそこでTHETAの三脚支えていろ。
「電源ないけどな」
「なんという外道」
理由は知らんが5000mAhのほうは電源補充できないのに前に買った3000mAhのほうは対応していることがこの原稿を書いている数日前に判明した。
THETAはシャッタースピードを落として光対応をしっかり行えば薄暗い店内位なら普通に見ることができる写真が撮れるのだがこのころの鴉野は今ほど機能に慣れていない。結果的に暗い写真になってしまったので360度カメラとて腕が必要である。
「加工しないと見た通りの映像にならない」
「人の脳みそって不思議ですよ。センサーとしての眼や耳、鼻に舌とか肌などの情報を適当に処理しているのです。理論上は舌で『見る』ことも可能だそうで」
お前博識だな。そういえば音が見える人とか普通にいらっしゃるし。共感覚っていうのかな。
「体験は人それぞれなのです。思い描いた絵と同じ絵がデジタルで出ないのは致し方ないでしょう。人間のほうが歩み寄らねばいけませんよ鴉野さん」
そうだね。その通りだ。
それを人にわかるように伝えることは難しい。
アロマの香りと潮風のなか、篝火のもとで踊り描く女性。華麗に炎とともに踊る女性。歌う男女。小さな子供も老人も今日のお祭りを待っていたのが鴉野でもわかる。
「あ! あの下駄の人だ」
「あ。消防団のお兄さん」
宿の点検に来ていたお兄さんたちと一緒に呑む。
なんか荷物が邪魔になって……もとい浜に捧げたあと受付に預けた日本酒みたいな味の酒も出てきたけど別の酒らしい。鴉野の味覚は普通にあてにならない。
彼らからは与論でおきた不思議な救出作戦を実体験から少し教えて頂いた。感謝している。
「やめてやめて。ほんとうにやめて聞かれていたらどうするのですか」
医者と字面が似ている某妖怪は本当にどこにでもいるらしい。ある意味親しまれている。
鴉野がライターのようなことをしたりお勧め小説を探したりすることを知った人からも無茶ぶりがある。
自称理系のガチムチさん。さてどんな本を薦めようか。ヒアリング大事。
「炭素文明論ってどうです。Kindleで読めますから本屋に行かずともその場で」
「なにそれ」
お、食いついた。この本はハズレなしだな。
地球を構成する物質としてわずか1%にも満たない炭素が砂糖として麻薬としてエネルギーとしてあらゆる方面で人間と関わってきたことを示す名著である。
「あ、盛り上げ系なら鈴木みその『ギリギリ温泉』どうすか。ネットもろくにない限界集落にオタが集い、温泉だの逃げ込んできたアイドルだのと独立愚連隊的にお前造形できるのか。フィギア行こうぜとかお前webできるならホームページ作るよなとかさらにはアイドルのマネージャー巻き込んでネット回線ひかせて対立する既得権益に対して市長選選出で日本中巻き込んでプレスリリースもうって自らムーブメントを作っていくんです。めっちゃ面白いしこれもKindleで」
鴉野はKindleの回し者ではないが島の人にとって電子書籍はとてもありがたいものである。
島の人々はお祭りということもあって人懐こい。
「あ、その下駄撮らせて。私も持ってるの! 同類がいた! 記念撮影!」
「うん? その下駄はなんか目立ちたくて履いているの。ちょっと聞きたい」
下駄から話が進むこともあるが基本主催の人の話だ。誰から呼ばれたかとか。
なお、鴉野の一本歯下駄というか怪奇の事件は大抵母ゆっこさん(仮名)のせいである。
外履きに使っていた桐の下駄がマッハで履きつぶれる原因をおったら母も使用していた。これはたまらんから母が使用できないよう一本歯下駄に買い替えた。
こうして母は下駄を履けなくなったと思われたが。
……数日後。元気に一本歯下駄を履いて走り回る母の姿が!
「君のお母さん面白いね」
「まったくです」
そういえば後からこのおじさん妙なこともいっぱい聞いてきていたけどなぜだったのだろう。取敢えず変って良いことだよと仰られたので失礼ながら変だから周りに合わせるので苦労してトラブル揃いですよと苦笑いしておいた。
「変で行けよ」
はい。ほどほどにやります。
お祭りはフィナーレに向かい盛り上がる。
アロハなダンス集団が飛び出て踊る踊る。
やがて舞台が終わり舞台の人々が降りて皆で踊り狂う。掌と掌が合わさりラインダンスが始まる。
「ちょ。ちょ。浜に一本歯下駄じゃきっつ」
「あにききてくれたんだー (((o(*゜▽゜*)o)))」
うん来たぞ。(((uдu*)ゥンゥン
知り合いに遭遇して握手。
ワープアが与論島とか来てるんじゃないぞ鴉野。今月11月10日のクレジットカード請求が洒落にならないことになっている。やばい貯金崩そう。昨日崩した(2016/11/02現在)。隣でお父ちゃんに手を取られて踊っていた乳幼児は彼女の息子さんである。SNSで見ていたが初対面だ。
疲れ果てるまで踊って〆て、鴉野たちはひたすらゴミ拾いをする。神様たちに感謝の心だ。たまに妖怪も混じっているかもしれないが気にするな。あのおっちゃんも実は妖怪だったのかもしれない。世の中妖怪だらけ。人生不思議だらけ。
ゴミ拾って手持無沙汰に宿を目指す。
まさか主催の打ち上げに同行できるわけないし。
チャリを漕ぎつつ山を越えるのだがこれ暗いわ寒いわ星が綺麗だわでめっちゃ怖い。歌でも歌ってごまかそうとしたらなんか悪霊や妖怪や変なもの呼び出しそうな歌ばかり歌いそうになる。さすがに景気のいい歌と思って『みんなのうた』の『月のワルツ』を歌いだしかけたのは何かに憑りつかれているとしか思えない。いい曲だがTPOってものがある。
次に思いついたのはジョジョ4部だが明らかに何か違うので自粛する。
ところで。
「何故山の中にタクシーが折々止まっているのだろ」
鴉野は怖くて乗れなかった。
たぶん休憩中だと信じたい。
なぜか肌寒いし見られているような気もするがこれは夜闇の影響だと思う。イシャドウは悪さをするし人も殺す。そもそも生死の区別すらないらしい。
「まぁ俺についてきたら死ぬより面白い目に遭えるけどな。世界だぞ世界。一人二人殺して怖い目に遭わせるより世界中びっくりさせることができるぞ。俺らの仲間になれよ。きっと面白いぜ」
こんなセリフを放つ程度に鴉野はトチ狂っている。
こんなのに憑く奴がいたらそいつも結構変わっているはずだ。うん? ……なんか身体が軽くなった。
山を越えたのかな。さて、宿に向かおう。
水場で軽く禊して、シャワーで日焼け跡に苦笑い。
数週間後ハロウィンということでまた『化ける』上でこの日焼けは色々問題を出すのだがこの話は反響を見て後日にしたい。
あとは酒飲んで寝る。
その日の晩に見た夢はもう覚えていない。
宿の人の都合で11時に戻らないといけないとのことで朝方は適当にウロウロ。夕食代で自転車代金をタダにしてもらったのでラッキーであるがこの日は歩き。一本歯下駄履いてスーパーで買った袋かき氷をほおばり周囲の探索をして帰る。島の駅くるまどうさんの紫芋かき氷がすごくおいしかった。こんもりと大盛りの氷に匙をすっとさすとほろりと崩れて小さくなっていく。それをほおばると甘味と塩味の狭間で舌が笑う。なにこれすごくおいしい。
ところで鴉野。スーパーで売っていた黒麹島有泉を買っておけばよかったのに買いそびれた。買えよ。
飛行機待ちに飲食店『蒼い珊瑚礁』さんに立ち寄りもずくそばと餃子のセットとオリオンビールを呑んで島通貨を使い切る。愛の鐘と書かれた表示に従い進んだらロープが必要な階段を登っていくことになった。
そして東日本大震災で亡くなった方のためにと書かれた鐘を鳴らして今回の旅の〆とする。
荷物は郵送で送ればいい。
帰宅後膨大な写真を仲間に向けてアップしていたらここで軽い椿事が起こった。
友人曰く、また『写っている』らしい。
『今度のは人間じゃないね。可愛い奴だけど』
『鴉野さん。このかき氷のレシート、時間ずれていますよ。この時間は鴉野さん宿で呑んでいましたよね』
『THETAのカバーを一日でなくした? 清掃に参加していたのに気付かない。妖怪ですね。間違いない』
それを聞いて苦笑い。
ついてきちゃったか。まぁいいや。おいでなさい。与論島。おいでなさい世界。
ドキドキもトキメキもそばにある。
ドキドキは気付かなければ見つからない。
トキメキは探さなければわからない。
どこか遠い思索のなか。
彷徨う人々(わたし)。
~~ 与論島に行ってきました。終わり ~~
以下ギャラリー。
愛の鐘
与論の霊よ。旅人たちの無礼を御赦しください。
城跡より海を臨む。
月酔祭2016
アロマキャンドル
このダンサーさんとは後でお話する機会に恵まれました。楽しい方でしたよ。
ゴミは拾おう。
これで700円なら安いよね。
フレア光はみてみん対応画像にする際にわかりにくくなった。
奇跡の一枚。




