歩いて歩いて 寂しい夜更けに
この辺で良いか。
田舎道を走る男は荷物から『仙人一本歯下駄』を取り出した。
これを履いたら走れないだがまあそれはそれだ。
もちろん鴉野である。
慎重に履き替えて幾度も転びかけながら進む。
走っているというか限界速度なのだが老人の歩みのほうが早い。
何度か履き直し、足の人差し指と中指の間にしてみたりしつつ進む。
時々がたんと足を奪われ転ぶ。幾度も転ぶ。なにやっているんだか。
まっすぐかつ平坦な道で老人や女の子が転ぶ。
よく道を見てみると左右に傾斜がある。これで転ぶ。
同じアスファルトでもごつごつした砂礫の塊みたいな荒れた道がある。これも危険だ。
老人は衰えた身体を駆使して歩く。実は老人のほうが歩くという究極の動きは得意なのではないかと思いつつ鴉野は進む。
『会社から徒歩で帰宅』
鴉野は素直にボクササイズの人の命を聞いていた。
今度は途中であきらめて走ったが。木でできたこの下駄を足でつかみ続けると血豆ができる。はなから足でつかむのは無理があるのだ。
もちろん、二〇分程度なら充分な効果があるが、それ以上になると激痛が先でまともな歩行効果は期待できなくなる。転ばないようにするには首から足首までひねる。足首も少々開き気味に着地して内側にひねり切る形で地面を蹴る感じになる。首から腰は大きくひねられる。肩、二の腕も使う。背中も使うし横っ腹も。ヨッパライの動きに似ていなくもない。
変な話だが歩行困難者の動きは少ない体力や歩くことが危険な人間が生き残るヒントがあるのかもしれない。
途中で『仙人一本歯下駄』を仕舞ったので帰宅まで一時間半で済んだ。
素振りをしてワンツー練習。そして寝る。
何をやっているのかは謎だし、意味のあることはやっていない。だけど昨日できなかったことを今日やることができる喜びはある。
しかし、学校の勉強は今日もしていないのである。
勉強しろ鴉野!?




