走らなあかん。その足で 日本人の足の小指の骨は一本足りない
鴉野は足の小指を鍛えるために妙な一本歯下駄を作った。しかし鴉野の足の小指と薬指は手遅れレベルで退化しており、極端に短く、足の小指に至ってはここ十年はまともな爪が生えていない。
しかし。
「ああ。武術をやるうえで不利だな」
などとひそかに思っていたこの案件で鴉野は本日驚愕する情報を入手した。日本人の八割の人間は足の小指の骨が足りないらしい。マジで?!
マジだった。ごめんなさい。
どうもあんまり使わないから弥生時代らへんから退化したそうである。
それでも矯正ならぬ強制で右利きになった人間を含む生来左利きの人より足の小指の骨数が三本の人のほうが多い。鴉野はかろうじて三本だがほぼ機能していないのは件の下駄の件をみればわかるが、ないよりあったほうが……良いのか? まぁほとんど下駄を使う上で機能していない気がするがしているのだろう。たぶんってレベルだぞ。
足の小指は攻防において武術では重要だと思う。防御の重要性? 足の小指を柱にぶつけたことがない日本人は少数派だと思われる。ここを撃ち抜かれると一発で戦闘不能になる。
杖(『じょう』と読む。真円の断面をもつ四尺ほどの棒きれ)、棍(『こん』。二メートルほどで両端が細くなっていて鉄で補強された武器。日本では棒術)、薙刀にはここを狙う技が存在する。
攻撃だと剣道は含み足と言って足の指を伸び縮みさせるのみでわずかに前後する技がある。まぁ誤差かもだが小指薬指順で力を入れたほうが力が入るのは足も変わらない。しかし酷い人だと足の小指が立ったりそもそも足で拳が作れない。
というか、昨今の骨格の変化で正座や蹲踞姿勢が取れない人間も少なからずいる。
蹲踞というのはいわゆるウンコ座りなのだが、蹲踞面という関節もどきが日本人にはあるのだがない人も増えてきた。無いとどうなるか。蹲踞していると疲れる。和式便座が使えない。
父・久さん(仮名)は蹲踞したうえで尻の骨にひっかけて長時間あの姿勢で作業ができた。昔の職人なら常識的な能力だったらしい。鴉野は極端に足の小指が機能していないのでああいう妙な下駄を作成したが、鍛えることでかなり武術の動きは改善する。具体的に述べると走ると足をけがするのが普通だがあまり怪我しなくなる。
あの下駄。履いていると横ッ腹が強烈に締まる。背中も締まるし二の腕も使う。太ももから脹脛が締まってくる。足でモノを掴み続けるからだがその代りに筋肉痛が持続しにくくなる。転ぶと痛いだけだ。足首をひねりまくるが言うほど後遺症にならない。足の指を掴むからなのだろうか。
股関節も伸びる。おそらく足の指を掴み続けるのでその関係だろう。
とりあえずダッシュするとき、足の指をスパイク代わりにできる。
鴉野はある日『下駄を履いたまま走って帰宅できるんじゃないか』と思った。
ボディビルをしているとある日ふと『今日はコレ上げれるんじゃね?』な瞬間がある。そういう日は出来なかった重さが軽々と上がってしまう。不思議なものだ。
しかし、それ以上を目指すということは更なるハードなトレーニングを要する。延々と運動しているわけにはいかないので短時間でこなすならハードにやるしかない。身体を壊さない程度に。
ジムでボクササイズをやってみたら『走れ』というアドバイスをいただいた。全身の筋肉のバランスが取れるからというがあの下駄履いての奇行の数々を説明しても仕方ない。
鴉野は素直に走った。駅まで。
3 0 0 メ ー ト ル 走 る だ け で 挫 折 し た 。
鴉野は筋肉はあってもスタミナはない。
しかし翌日疲れないように走ってみたら結構楽にイケた。
無酸素運動と有酸素運動を併用し、切り替えながら頭で考えて走ると楽である。足が痛いなら腰を使う。膝が痛いなら腹を使う。腰が痛いなら背や首の力を使ってみる。足の小指から親指をスパイクにして走る。
何処を使ってどう衝撃を殺してどのように息切れせず走るかを考えながら走るのは結構楽しいもようだ。
『職場から走って帰宅してみよう』
八キロメートルあるけど。疲れないペースを手に入れたら一緒一緒。深夜まで仕事しているとろくなことを考えない。おろかなる鴉野は深夜テンションのまま、走り出した。自宅まで。どうせ終電で帰るのだ。田舎だと何十分も待つ羽目になる。
鴉野はキーンのユニークというサンダル靴で疾走。
時々歩いて休む。この靴は足半ほどではないが裸足に近い感覚で走れるのが強みだ。結果、とりあえず足に筋肉痛が発生したが30分で帰宅できると判明した。休憩に一時間半かけたのはご愛嬌。
「よし。今度は一本歯下駄でやってみ……」
鴉野は思った。店長さんに変態扱いされるから、帰宅時にやろうと。
ジムに行って件のボクササイズの人に『職場から走って帰った』と報告したら『続けろ』との命を受けた。ボクササイズにおいて走ることは重要な訓練らしい。
『ボクシングは手を使わず、足で撃て!』
『はい!』
夜中に『仙人一本歯下駄』で帰宅しつつワンツー練習していたら、いつか通報されるのではないだろうか。
もちろん、彼は鴉野が一本歯下駄を使うなど知るはずはないのだが。




