空手の型の意味
故人である鴉野の父は型の研究にも余念がなく、また未完成の遺稿も残している。
発表の機会はないとはいえ、口頭でならば多くの弟子にその意味を伝えている。
ところで空手を含めた武術について読者の皆様は如何ばかりご存じであろうか。非科学的とか言われる発剄の類も大抵の格闘技に相当する技があり、気功の科学的解明がイマイチな現代では思い込みを操るものと体幹を体当たりの複合みたいな技だと説明するしかない。少なくとも無知蒙昧な鴉野ではそうとしか思えない。
あと、呼吸を制御して息が上がらないようにするとか、無駄に運動時に汗をかかないとか、喉が乾かないように犬歯を舐めるとか言った技なのか豆知識なのかよくわからないものや、礼儀や社交で喧嘩そのものを回避する術なども学ぶ。
鴉野の父は生徒にマッサージを教えていた。
父子のコミュニケーションに貢献したとも、『(空手に専念しない)こんなレベルの低い道場には通えない』と言われてへこんだとも伝え聞いている。
一応、相手の顔色を伺うことで急所を見抜いたりできるのでまったく無意味ではないと故人の代わりに弁明しておく。
発剄。
なんか漫画では気功の弾丸で敵を倒すとか、なんかよくわからない小柄な人が大男をブッ飛ばすようなイメージがあるが実際はどうか。
空手にて該当するそれは具体的にいえばとても距離の小さいショートパンチの単発もしくは連打で、剛柔流の使い手のインドネシア人(交換留学生でSと鴉野の親友)が得意としていた。これが短い一撃なのだが懐に一瞬で飛び込まれてあっさり一本取ってくる。インドネシア人は上背の割に手足が長くて柔軟らしい。
これは腕はほとんど伸びた、あるいは少し曲げた状態から繰り出す技だ。 起こりが小さいので来るのはわかるが回避が難しい。その代り仕掛けるまでの過程が大変だが。
剣道にも似た技がある。『体当たり』だが名前に反して遠くからぶつかる技ではない。接触状態で放つ。つばぜり合いに使う。もちろん遠くからぶつかることもあるがこの技は習得すればチビでも女の子でも大人を軽く数歩ブッ飛ばす威力を持っている。沈み込むように力を入れて上に解き放つなどの矛盾した指導を受けるこの技、飛び込みと並んで格闘技をやる人間は習得しておいて損はない。
余談だが剣道の飛び込みは五メートルの距離を一瞬で詰めてくる。
飛びこみはさておき、剣道の体当たりや空手のショートパンチに関しては別に奇行とか気功とかは知らんが、剣道使いじゃなくてもアブソローテーションやってるボディビルな人なら多少は使えるんじゃね? と鴉野は思っている。相手の内臓を破裂させる威力になるかは個人差あるが。
できたらご一報ください。警察に連絡してさしあげます。
要するに、手足の長さ、限られた体積に搭載できる肩や腕の力は個人差が大きく、体格差もまたしかり。しかし胴は腕よりはいくばくか筋肉を搭載できる。この胴をひねる力は結構強い。首から足の指先まで通して手首まで伝えたら拳を痛める程度には強い。鴉野みたいに肩が抜けても胴の力で腕をぶん回す程度のことは結構できる。
鴉野のそれは極端な例だが。
両腕を前に伸ばして拳を握り、片手の拳の親指側を上側、片手の拳の親指側を下側にして胴の力だけで突きこみ、その際に手首を返してみてほしい。体幹の強い人ならかなりの威力が出る。と言っても人間を倒すほどではないが。生物である以上体格差は絶対だが、握力、体幹、噛む力は結構補える。
まぁ、そういう意味で創作に蔓延る『発剄』は鴉野でも百歩譲れるのだ。手が触れるか否かの距離で人間にわからぬほど素早く連打すれば振動で内臓を壊せるかもしれない。ファンタジーの範囲内で実際にできるとは思えないが。単発で打てばオトナを吹っ飛ばすこともできるかもしれない。信じがたいが剣道の試合を見る限り可能だろう。
余談だが『現代空手関係あるんか』と言いたい空手の技も型は伝えている。
指先を使った抓り技(ぶっちゃけ殺人技)だったり、投げだったり組技だったり闇討ちだったり正直うーんと言いたいことがかなりある。
ただし、まともな空手の道場では真っ先に『逃げろ』と教わります。ガチです。少なくとも父はそう教えていたし。
逆に『わが流派は最強無敵! さあ月謝を払え!』な道場からは逃げましょう。
本題である。
父は今ではその意を知るものが少ない型の本来の意を存じていたり研究していた。ゆえに『この動きはこういう動きだよ』と教えることができて、『意味ない動作と思っていました』と言われること少なからずだった。
だが。だがである。
取りあえず、現代人には喉や鳩尾を抓って引きちぎるまでは百歩譲ってアバラや鎖骨を素手で引っこ抜いたりできないと思う。
できる方はそれこそ自首してください。




