魔法
シャオがトキョウに来てから、既に2週間が過ぎていた。
最近はアイも学校に行くようになり、それをシャオはただ見ているだけの日が続いていた。
朝のお祈りにシャオが一緒に行ったのは、あの日1日きりだった。
シャオはなんとなく自分を失ってしまいそうで、怖くてアイの誘いを断っていた。
この日もシャオは、アイが魔法を勉強し使っている所を、ただ黙って見ていた。
木陰で木にもたれ、腕を頭の後ろで組んだシャオの視線のその先で、アイは必至に魔力をコントロールしていた。
しかしどうにも成長しないアイを見ていてかなり苛立っていた。
次第に苛立ちがどうしても抑えきれず、シャオはそのままの姿勢でとうとうアイに声をかけた。
「おいアイ!おまえちっとも成長してねーぞ!」
「なによー!これでも去年より少しは上手くなってるんだからー」
アイは少し頬を膨らませた。
「いや、そりゃ1年もやれば少しは成長するだろうけれど、お前ならもっとできるはずだぞ」
少し認められた気がしたのか、アイは少し笑顔になった。
それでも少し棘のある喋りで言い返す。
「でもできないんだもん!仕方がないよ」
アイの言葉に、シャオは一つため息をつき、ゆっくりと立ち上がってアイの方へと歩いていった。
「俺が少し教えてやろうか?多分お前が今やっている事を続けるよりはマシだと思うから」
シャオはこの2週間で、かなりの魔力を回復していた。
シャオ自身、おそらく既にアキラやシュータの魔力は超えていると感じていた。
「シャオ?もしかして結構魔法を使えちゃったりするわけ?」
この2週間、シャオとアイはかなり話をしてきた。
石碑の文字が読めた事などからも、記憶が戻ってきているらしい事は、アイには分かっていた。
もちろんシャオが記憶喪失だったという事自体そうではないのだけれど、アイは記憶が戻ってきていると思っていた。
だからシャオから何か話してくれるのを待っていた。
こうして話しかけてきてくれた事が、アイには嬉しかった。
とは言えこれまで一度も魔法を使わなかったシャオに、魔法が使えるイメージは無かった。
「おまえ仮にも俺の命を救ってくれた魔法使いだろ?その程度なわけないじゃないか」
アイの質問には答えず、能力について話を続けた。
「それじゃ、ちょっと教えてもらおうかなぁ」
アイはシャオの気持ちを察してか、シャオの事は聞かない事にした。
2人は学校から出ると、家の庭へと向かった。
家と言っても一応王様の家である。
それは屋敷と呼べる立派なものだ。
他国の王宮と比べると単なる家というレベルではあるけれど、それでも普通の家よりは庭も広かった。
庭に着くと、シャオは早速アイに魔法の事を話し始めた。
「アイ、おまえは剣を振るう時、なんで黒の魔力を使ってるんだ?」
この世界の魔法は、見た目から2つ分けられ、更に2つの魔法に分けられる。
つまり合計4つに分けられる事になる。
一つは『黒魔術』と『白魔術』、更には『内魔法』と『外魔法』だ。
これらを合わせて、『内の黒魔術』とか『外の白魔術』という風になる。
黒魔術と白魔術の違いは、黒の魔力を使うか、白の魔力を使うかの違いだ。
黒の魔力とは、人間以外の生命エネルギー。
その多くは草木から集められるものであり、動物からも集める事が可能である。
黒魔術は周りにある草木や動物の数に干渉されるので、魔力を安定させる事はできないが、上限が無いというメリットがある。
どこまでも強力な魔法が可能になる。
次に白の魔力とは、人間の生命エネルギーで、自分自身が持つ魔力を言う。
白魔術は黒魔術と違って安定はするものの、自分の魔力量が限界点となる。
次に内魔法と外魔法の違いであるが、魔力を体内で使うか体外で使うかという事になる。
内魔法は基本的に自分の能力をパワーアップする魔法であり、外魔法はそれ以外だ。
そしてこれらは、ある程度産まれや育ちによって得手不得手が存在した。
つまり個人差があるわけで、アイにはアイにあった魔法があるという事になるわけだ。
「だって剣って人を攻撃する為の道具でしょ?攻撃は黒って常識なんじゃないの?」
確かにアイの言う通り、それはこの世界に概念として存在していた。
しかしそれが不得手な場合は、白の魔力を使うのも常識である。
剣での攻撃だけでなく、魔法攻撃にも云える事なのだ。
ただこの中央大陸は魔法後進大陸であり、先の概念だけが存在していた。
「アイ、お前は黒が苦手だろ?まあ攻撃自体お前には似合わないし、剣も然り。護身の為に練習しているんだろ?相手を傷つけるだけが剣じゃない。剣を白で使ってみるんだ」
「何?どういう事?」
アイにはシャオの言った事が理解できなかった。
剣なのに傷つけないで白を使う。
訳が分からなかった。
「アイは白、そして外でその魔力を操る事に優れていると見える。だからまず、白のオーラで自分の体と剣を包んでみな」
オーラとは、目に見える魔力の事である。
白の魔力、黒の魔力と言われる所以は、そのオーラの色によって分けられていた。
アイはシャオの言葉に従う。
「で、そのオーラで周りの空気と一緒に体を動かすイメージで剣を振ってみな」
言われるがまま、剣を頭上から斜め下に振りかざした。
すると今までとは考えられないスピードで、しかも剣を持っていないかの如く軽く、剣先が左足の横まで移動した。
「ええ!!何今の?剣を持っていない感じ?」
アイは驚いた。
こんな感覚は今までに感じた事がなかった。
シャオはアイの驚きの表情に笑みを浮かべ、庭にある大きな石を指さした。
「じゃあ次は、今の感覚であの石を斬りつける。その時剣で石を斬るのではなく、石を2つに分けるイメージで」
シャオの指さす石は、岩というにはやや小さかったが、この大きさの石を剣で斬れるのは、この地ではおそらくアキラとシュータだけであろう大きさだった。
「ええー!斬れるわけないじゃん!お父さんでもなんとか斬れるくらいの大きさだよ!」
流石にこれは無理だとアイは訴えた。
「大丈夫だ。信じる気持ちを持って斬れば、お前なら軽く斬れるよ」
アイは正直半信半疑ではあったが、シャオの笑顔を見ていたらなんとなく信じられる気がした。
ゆっくりと石の前へと移動する。
目を閉じ、剣を頭上へと掲げ、白のオーラを纏う。
空気が張り付くように感じられる。
オーラによって剣が輝く。
そこでシャオが声を上げた。
「いけっ!!!」
声に反応して目を見開き、剣を振り下ろした。
次の瞬間、剣は2つに分かれた石を通り過ぎ、地面へと到達していた。
アイは信じられなかった。
唖然と口を開け、驚きで声も出なかった。
「ほらな。やっぱ俺の勘は当たったな。アイは外の白魔法使いだと思ったんだよね。ははは!」
シャオは腕を頭の後ろで組んで小さく笑った。
「ええー!勘だったのかい!」
アイは自分のツッコミに自分でもおかしかった。
自分がやった信じられない出来事にも、ただただ笑うしかなかった。
だからシャオと一緒に笑った。
(まあ白の魔力による剣は、石や岩よりも人間の方が斬れるんだけどな‥‥)
シャオは心の中の思いをアイには伝えなかった。
アイには似合わない。
何となく伝えるべきではないと考えていた。
その後もシャオは、アイに魔法の正しい知識を教えた。
黒の魔法は、潜在魔力の少ない人間が、それを補う為にある魔法であるという事。
黒の魔力よりも白の魔力の方が強い事。
東の大国では外の白魔術師は数が少なく貴重である事。
剣士よりも魔術師として、回復や治癒、防御の魔法に向いている事。
そしてそれらの具体的な魔法を教えた。