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魔法使いシャオ  作者: 秋華(秋山 華道)
エルフ編
39/43

天皇

ドラゴンの言葉は、思った以上にエルフたちの心を動かした。

約半数のエルフは、少なくとも話してみる必要があると判断し、『害虫駆除』としていた人間退治を一時中断せざるを得ない状況となった。

そしてそのような状況をずっと続けるわけにもいかず、エルフたちは条件付きで話し合いに応じると言ってきた。

「思った以上にドラゴンの言葉は効いたな」

「でも、条件を付けてきているわね」

「アイの言う通りエルフは条件を付けて来た。最も偉い人間との話し合いに応じるという話だ」

「それってムサシの事だよね?」

「そうとも言えない。確かに立場上今の世界の王はムサシだが、一番偉いという意味に当てはまるのかどうかは微妙だ」

「どういう事?」

アサミの疑問に、シャオは続けた。

「偉いという言葉の意味には、賢いとか地位が高いという以外に、何かを成して素晴らしいとか、権威を持った尊い存在であるとか、そういう意味もある。威厳も何もないムサシを連れて行っても認められない気がする」

シャオの言う通り、お世辞にもムサシを見て『最も偉い人』だと思う人はいないだろう。

そしてそんな条件を出してきたからには、おそらくその人物を見て、或いは何かを試して判断してくる可能性もあるとシャオは考えていた。

「となるとシャオが一番当てはまるのかな」

アイの言う通り、シャオは既にドラゴンをも手懐けるほどの魔法使いであり、初代王でもあり、既にその能力はエルフも知る所だ。

「しかし、俺は既に相手に何者なのかバレている。今更なんだかんだと言った所で認められないだろうな」

そうなのだ。

シャオの情報は既にエルフの知る所。

エルフの血が入っている事も、ただの旅人である事も知られており、そしてこの話し合いを持ちかけた本人でもある。

そのシャオに『偉い人を連れてこい』と言っているのに、自分が偉いと言って乗り込んでいくのもおかしな話だった。

ただ、シャオには一人思い当たる人物がいた。

その名前が出てきたのは、意外、でもないかもしれないが、アサリの口からだった。

「シュウカさんでいいんじゃないでしょうか。何でも『天皇』という肩書を持っていらっしゃるようですし‥‥」

「シー!シー!」

シュウカは必死に口の前で人差し指を立てて、アサリに喋らないよう訴えていたが、時既に遅しだった。

「天皇?知らない言葉だけれど、どういう訳かそれを聞くと何か尊いモノのような気がするな」

「うん。シュウカさんそれってなんなの?」

シャオもアイも、そして集まる皆も気になった。

その中で新撰組から1人この話し合いに参加していたコンドーだけが、何やら知っているようでため息をついた。

「シュウカ様、わたくしが話しましょう。天皇ってのは王様よりも偉い人だ!」

一同意味が分からず、皆コンドーを白い目で見つめた。

「えっ?ちょっとおい!俺間違った事は言ってねえぞ!」

コンドーはますます白い視線を集めた。

「俺から話すよぉ~‥‥」

シュウカはそう言うと、何時もとは違う引き締まった顔に変わった。

一同見慣れない顔に緊張が走った。

何故かはわからないが、誰も何も言えない気持ちだった。


シュウカの話。

それは四千年以上も前から今に至る歴史の話だった。

この世界で人類発祥の地と言われるトキョウは、二千年以上前には東京と呼ばれる場所だった。

東京は日本という国の中にある一地域であり、アルマゲドンの際、そこに住む日本人を中心とする人々は地下へと逃げた。

地下へ逃げた者の中には、東京に暮らす一般外国人や、大使館にいた他国の要人もいた。

だから全てが日本人というわけではなく、今この世界に住まう人々は、あくまで日本人を中心とした人類の子孫という事になる。

交わって元の特徴をそのまま残す外国人はほぼいなくなってはいるが、やや肌の黒い人や、目が少し青い人などは今も存在する。

その中には当時の日本の国家元首である『天皇』や『皇族』もいた。

天皇は、今から四千年以上も昔から続く『神の血を引く存在』である。

天皇である理由はただ一つ。

その神の血を男系男子の子孫へと受け継いでいるという事だった。

その血をシュウカも受け継いでいるという事になるが、シュウカは宮家と呼ばれる、本家とは違う流れにある家系である。

人類が地上に出る際、本当の天皇に何かあっては困るという事で、シュウカの祖先が代わりに地上へと出て『天皇代理』として人々を導いた。

そして地上が落ち着いた時、地下へ本当の天皇を迎えに行く事になっている。

ただ、天皇とは人々を指導するような王とは少し違う。

そもそもはそうあったかもしれないが、長い歴史の中で、あるべき役割へと落ち着いていた。

それは、『民の幸せを祈る権威の存在』である。

民か天皇を権威の存在と認め、天皇は民を『大御宝(宝物)』として、お互いに支え合っていく存在。

制度的には民の代表を天皇が任命し権力を与え、民の幸せの為にその者には指導してもらうという形をとった。

もしもその代表が道を外した場合、或いは間違えそうになった時に対処するのが天皇の役割となる。

この形をとる利点は、権力側が腐らないよう、天皇が民の代わりに監視できるという点だ。

それに天皇がいくら神の血を引く存在とは言え、やはり全てが優れた人物とはなり得ない訳で、代わりに導く者を立てるのは理にかなっている。

長い歴史の中で何一つ変わっていない重要な事が一つある。

それが、天皇の『民の幸せを願う気持ち』だ。

それはもちろんシュウカにも有り、それはもう血の宿命と言えるものだった。

だからこそ権威の存在として民が認め、監視役として最も適した人物と言えるのだろう。

既になくなった城塞都市イニシエは、云わば『天皇の町』だったのだ。

実は住民全てがシュウカを天皇と認識し、そしてシュウカの為に働いていた。

今も世界中に存在する『祈りの場』は、規模こそ小さいが『神社』である。

それらを管理する者も又、シュウカの存在を知り、天皇の為に働く者たちであった。

受け継ぐ者は3人なのに、何故かシュウカがそれに普通に絡んでいる意味も、これで皆納得できた。

ちなみにシュウカの代わりにヒサヨシが動いていたのも、この権威と権力を分けていたという事である。


「なるほどね。どうして中央大陸の受け継ぐ者はヒサヨシなのに、それ以上の存在かのようにシュウカがいたのかが分かったよ」

「正直、俺はそんな大層なもんやりたくないんだけどねぇ~‥‥ただ、本当の天皇を呼びに行こうにも、今じゃ何処に地下への入り口があるのかも分からないからなぁ~」

シュウカの話を聞く所によれば、そろそろ天皇を迎えに行っても良い頃合いだという事だ。

しかし人類が地上に出てから二千年以上が経ち、今では地下世界への入り口が何処にあるのかも分からない。

おそらく神木があった場所に近い所だろうが、そんな穴があるという話も無かった。

「その、昔の人々が住んでる場所へ通じる穴が見つかれば、お金を作る機械?も復活させられるかな?もうトキョウに作り置きしていたお金も底をつきそうなんだよね‥‥」

アサミの言う通り、城塞都市イニシエを壊す前に作られたお金は、もう残りわずかとなっていた。

平和になって人口が急激に増えたり、経済活動も活発になって人々の生活は豊かになってきていた。

そうなるとお金は当然足りなくなってくる。

このままではお金の価値が上昇するデフレとなり、スムーズなやりとりが困難となるのは必至だった。

「そうだなぁ~。おそらく地下の世界にも金を作る機械は存在すると思う。でも金を作る機械なんて復活させていいのかねぇ~‥‥金だけに‥‥」

シュウカの親父ギャグは皆がスルーした。

「それは大丈夫じゃないか?天皇が復活すれば、権力者が腐らない制度も復活できる。今の世界は元は皆同じ民族。だったら俺たちが持った『天皇』に対する感情と同じものを皆が持つんじゃないかな」

「そうね。確かに本能に訴えかける何かがあるわよね」

「そんなもんかねぇ~‥‥」

シュウカ自身は、シャオやアイの言葉をそのまま信じる事はできないと言った感じではあった。

でも確かに他の皆は同じ思いだった。

「その辺りの話はまた後日する事にして、とにかくシュウカを天皇として連れて行く事に決定だな」

シャオの言葉に、シュウカ以外は異論はなかった。


エルフとの話し合いは、カルディナの西にあるカロの町で行われる事となった。

此処は現在エルフたちが占拠している町で、人間は一人もいない。

参加するメンバーは、シャオとシュウカは当然として、他にアイ、アサリ、コンドー、そして妖精のチューレンと決まった。

アイの参加は万一の為、アサリは最近シュウカと仲が良く一緒に行くと主張した。

コンドーはシュウカの護衛役的な者として、チューレンは妖精なので、人間とエルフ、両方と違う目線で見られる者として連れて行く事になった。

話し合いは町の端にある屋敷の一室で行われた。

軽く挨拶をかわした後、皆は案内されるがままに席へと付いた。

「まずは自己紹介しておこう。私は今回の話し合いを担当する事になったエルシルだ」

「私どもの事は既にご承知かと思いますが、私がエルファン。そして‥‥」

「俺がエルフィンだ」

「私は話し合いの議事録を取らせていただきます、エリーです」

「同じく撮影係のエマです」

エルフ側のメンバーは男性3人、女性2人の合計5人だった。

ただ部屋には他にも何人かのエルフがいて、警備、或いは戦闘要員といった感じの身なりをしてメンバーの後ろ側に立っていた。

「わたくしは第198代天皇であるシュウカです」

シュウカの雰囲気は、いつもの眠そうな感じはまるでなく、本当に偉い人物であるかのように見えた。

「わたくしはシュウカをお支えしておりますアサリと申します」

「俺はシャオ。この話を提案した本人だ」

「私はアイ。是非エルフの方々と仲良くしたいと思い会いに来ました」

「コンドーだ。シュウカ様の護衛である」

「わたくしはチューレン。一応言っておきますと、人間ではなく妖精です」

少し室内がざわついた。

実はエルフは、時々妖精が見えたりする事もあるし、会話をしたりする事もある。

それは人間よりも少し妖精に近い存在だからだ。

歳をとると徐々にその力は失われていくが、子供の頃は半分妖精と言っても過言ではない。

森を守るという本能が備わっているのも、神がそのように自分たちを創ったからだと、エルフたちは理解していた。

「妖精が普通にこちらの世界に実体化しているのか。どういう事なんだ?」

シャオは少しシュウカを見たが、エルシルの質問にこたえるつもりはなさそうだと判断し話し始めた。

「妖精を召喚する魔法があって、使えるヤツがいるんだよ。今日ここには来ていないけどね」

「ほう。妖精召喚の魔法を使える人間がいるのか。しかもこれだけしっかりと召喚するとは‥‥我々の中にも此処までできる者はいないのだがな」

正直、ヒサヨシが何故これほどの魔法を使えるのかは、シャオたちにとっても謎であった。

その答えは、チューレンの口からアッサリと聞かされる事になった。

「主のヒサヨシ様が子供だった頃、妖精が見えたようですよ。その時妖精界で争いがあったんですが、ヒサヨシ様はわたくしを助けてくださいました。それ以来、私はこちらの世界で手助けをしようと決めたのです」

つまりチューレンは、自らの意思で召喚される事を望んだという事だ。

それは何より召喚魔法において大切な事である。

シャオがサザン(ドラゴン)を召喚できるようになったのも、自らが望んだからという所が大きい。

無理やり召喚しようとしても、ドラゴンやチューレンほどの妖精レベルのモノはまず無理である。

「そういえばドラゴンも手懐けておったな。流石に我々でも驚いたぞ」

「サザン‥‥ドラゴンも同じだな。向こうから召喚獣にしてくれと頼んできた」

「なるほどな。確かに今日こうして話をする意味はありそうだ」

エルシルは、これからようやく本題といった感じで、少し身を乗り出してきた。

「でだ。そちらの要望は、魔界の扉を閉めさせて欲しいという事と、人間を殺さないで欲しいという事だったかな」

「ああ。とりあえずは魔界の扉だな。でないともうすぐ魔界の門が壊れるだろう」

「しかし我々も森を破壊する人間は放ってはおけない。これは我々が半分妖精として生まれてきた宿命、本能だ。その辺りどう考える?」

「木を伐るなと言われても、人間の生活には必要なものだから、完全になくす事は難しい。だがルールを決めてなるべく森を守るという事ならできる」

「もしもルールを守らない者が現れたら?」

「その時は俺も手を出さないし、その者に関しては相応の罰を与えてもらって構わない。ただその時、そちらにもルールは守ってもらうがな」

「では別の質問だ。我々の中には人間と共に暮らしてみたいと思っている者もいる。そういう者にはどう対処する?」

「こちらにもそう考えている者はいる。だから共に暮らしてもらっても構わない」

シャオがそう言うと、アイやアサリは頷いた。

チューレンはいつもの笑顔だったが、その言葉に間違いはないと保証するかのような表情に見えた。

「分かった。しかし何処まであなた方ができるのか、或いは信用できるのか、俺には正直まだ分からない。だからその気持ちがどれほどのものか見せていただきたいと思う」

「それは構わないが、一体どうやって?」

「天皇に関しての資料は一通り見させてもらった。長い歴史の中でとても大切なものだという事も理解する。しかしだ。我々は上下関係は好まない。そこでシュウカが天皇を辞めるのならこの話をのもうかと思う」

シャオ一同はシュウカを見た。

正直皆には可能な要求に感じる。

しかし長い歴史を背負ってきたシュウカにとってはどうだろうか。

それにせっかく理想の世界統治が見えてきた矢先だ。

シュウカがどうこたえるのか、一同はただ無言で待っていた。

「わたくしが辞める事で、この世界に住む全ての人が幸せになるのなら喜んで辞めよう。ただそれをあなた方はどう保障してくれるのかな?まあ辞めるのは問題無いが、この歴史を此処で終わらせる事はできない。代わりの者に引き継いでからで良ければ、保障がなくても辞める事にしよう」

「辞めた後、裏で権力を維持するという話にはならないか?」

「それが心配なら、引き継いだ時点で私は死んでも構わない。それで皆が安心してやっていけるのならな」

「そんなのダメです!」

感情的にシュウカの言った事を否定したのは、アサリだった。

シュウカは黙って笑顔を返した。

正直、シュウカの言った事を皆は信じられなかった。

人間とエルフの争いを止める為なら、自分は死んでも構わないと言っているのと同じだった。

ハッキリ言っていつものシュウカからは想像できなかった。

エルフの皆も信じられないといった感じで、一時誰も何も言えなかった。

少ししてからエルシルが口を開いた。

「どうやら権力にしがみついているような者でもないし、誠に民と共にある君主なのだな」

今のシュウカは、誰もがエルシルの言う通りの君主に見えた。

ただ、普段のシュウカを知るシャオたちには、少し違った見え方をしていたかもしれない。

それでもアサリやコンドーが泣くくらいの何かは伝わって来た。

「分かった。この話し合いは全てのエルフが見る事になるだろう。そしてあなた方人間の提案を受け入れて問題はなさそうだ。後日実務担当者をそちらに行かせる。ルール作りなどはそちらの者と決めてくれ」

シュウカとエルシルは立ち上がり握手をした。

「それと、天皇を辞める必要はない。少なくともあなたが生きている間は、上手くやっていけるだろうからな」

「分かった。感謝する」

こうして、シュウカ天皇の何とも言えないパワーによって、エルフとの話がまとまった。


これを機に、トキョウを抜けて独立していた国々も、全てトキョウへと戻って来た。

トキョウ傘下でない国は、エルフとの約束ルールに含まれないからだ。

流石にエルフを敵に回して大丈夫な国はなく、世界は再び一つとなった。

錦の御旗の元に、日本人が二千年ぶりに集った瞬間だった。


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