沈黙
アイが少年を見つけた次の日の朝、アイと少年、そしてアイの父は食卓を囲っていた。
アイの父は小さなトキョウの町の長であり、トキョウ国の王という事にもなる。
余りにも小さな国ではあるが、それでも北に広がる広大な土地を治めるれっきとした王であった。
名を『アキラ』と言う。
「で、聞きたいのだけれど、君はいったいどうして森の中に?この町の人じゃないようだけど」
この国の治癒術に優れた魔法使いの手によってすっかり回復した少年に、アキラは訊ねた。
アキラの問いに、少年は何も答えなかった。
何か思う所がありそうだった。
「君、なんだか凄い光の塊に包まれて森に落ちてきたんだよ?」
「何?そうなのか?それであのクレーターってわけか」
「うん。もうすっごい音と地響きで、とにかく凄かったんだから!」
アイはこの時初めてその時の事を父であるアキラに話した。
話した後、再び少年へ顔を向ける。
「でもまあ、死ななくて良かったね」
アイは心底良かったといった笑顔で少年にそう言った。
少年は少し照れているようだったが、表情を変えずに少しだけ頷いた。
「君、名前なんていうの?」
そのままの笑顔で問いかけるアイに、少年はまた少し照れたように口を開いた。
「なまえ‥‥」
「うん!そうそう、な・ま・え!あっ!私はアイ!よろしくね!」
「私はアキラだ。で、君の名前は?」
少年は少しアキラの方を見た後、すぐにアイを見てこたえた。
「シャ‥‥」
少年はそこまで言った後言葉を止めた。
「シャ?シャって名前なの?」
少年は慌てて付け加える。
「いや、シャ、オ。シャオだ」
「シャオって名前ね。よろしくね。シャオ!」
アイは嬉しそうに少年の手を取った。
「シャオ君か。この辺りでは珍しい名前だね。少し西に行けばそんな名前もあったかな?」
アキラはそう言いながらあごひげに手を当て、少し考えるような仕草をした。
「へぇ~じゃあシャオは西の方から来たの?」
アイはシャオの手を取ったままシャオの顔を覗き込んだ。
シャオは先ほどよりも目に見えて分かるくらいに照れていた。
「うん。まあそんな感じ‥‥」
シャオは適当に答えると、アイから目線をそらして天井を見た。
そんな様子をアイが見つめる中、シャオは照れ隠しかテーブルに視線を戻して言った。
「あ、これ、食べてもいい?」
テーブルに並べられた食事は、質素だがどれも美味しそうに見えた。
「ああそうだね。昨日から何も食べてないよね。お腹もすいただろう。遠慮なく食べてくれ」
「そだね!とりあえず料理が冷めちゃう!ってもう冷めちゃってるかなぁ」
アイはそう言うとシャオの手を放して勢いよく料理を食べ始めた。
「いただきます」
シャオは少し遠慮したような声でそう言うと、ゆっくりと料理を食べ始めた。
それを見てからアキラも「いただきます」と言ってから料理に箸を伸ばした。
二人とは対照的に、アイは勢いよく料理を口へと運び、みるみる料理はその姿を消していく。
そして数分でその全てが綺麗に無くなった。
「ごちそうさま!でさシャオ!なんか凄く大きな服、王様でも着ないようなゴージャスなの着てたけど、もしかしてどこかの国の王子とか?」
料理を食べ終えたアイは、興味津々とばかりに笑顔でシャオに訊ねた。
とにかくアイは色々と聞きたかったようだ。
もしかして宇宙人?なんて事はおそらく思ってはいなかったとは思う。
「こらアイ!シャオ君はまだ食事中だ。もう少しお喋りは待ちなさい」
アキラの声も今のアイの耳には届かなかったようで、アイは満面の笑みでシャオを見つめ続けた。
「いや、多分違う、と思う‥‥」
アイの笑顔攻撃の前に、シャオは答えるしかなかった。
なかったが、どうも歯切れの悪い答えだった。
「えっ?もしかして覚えてないの?記憶喪失だったりするのかな?」
「そう、なの、かな‥‥」
こういう答えをしたシャオだったが、別に記憶喪失というわけではなかった。
ただ話さなかっただけだ。
シャオという名前も当然偽名。
本当の名前は『シャナクル』だ。
それはブリリア国国王の名前でもある。
ローラシア大国との戦争で、シャナクルは追い詰められた。
ローラシア聖騎士団の命を懸けた攻撃に絶体絶命だった。
シャナクルの魔力は底をつき、味方の援護も無かった。
そこで最後の最後、高度な魔法によって聖騎士団の結界を破り、此処まで自らを飛ばして逃げて来たのだ。
その魔法によって、術者を目でとらえる事ができないくらい早いスピードで、その場を離脱した。
おそらく攻撃していた側からは、魔法の攻撃によって消し飛んで死んだように見えたはずだ。
そんな魔法だった。
しかし高度な魔法故に、その反動で一時的に自らの魔力を失う。
つまり今、シャナクルは魔法が使えなかった。
シャナクルには敵が多かった。
もしも今、ブリリア国王だとバレると自分がどうなるのか分からない。
シャオは恐れていたのだ。
本当の事を喋れるわけがなかったのだ。
食事を終えた後も、アイとアキラは昨日の事を話しシャオには色々と訊ねたが、シャオは歳以外で自分の事は話さなかった。
「光が森の方に見えて、それが飛んできた、か‥‥」
「そうなの!太陽が2つになったかと思っちゃったよ」
「それだと東の方角から飛んできた事になるな。西の人では無いようだけど」
アキラの言葉に少し体を固くしたシャオだったが、そのまま何も答えなかった。
「そういえば昨日は黒い霧が濃かった。きっと東で大きな戦争でもあったんじゃないかな」
「それでやられた国の王子を逃がそうとして、魔法でこの地に飛ばしてたりして」
冗談で話す親子の会話だったが、核心に近い話にシャオは黙っているしかなかった。
「どうやら記憶喪失みたいだし、頭が混乱しているんだよ」
「そうだな。思い出したらおいおい話してくれればいいから。しばらくは家にいなさい」
アイは冗談で話していた会話だったが、アキラはなんとなく冗談ではないような気がしていた。