城塞都市イニシエ
次の日から、バトル大会に参加した者の割と多くが、雄志軍に参加してくれるという事になった。
しかしその中で一番期待されるムサシが渋っていた。
「是非お願いしたい。どうか我々と共にローラシアの戦争を止める事に協力していただけないか?」
「そんなんゆわれてもなー。わしは金を稼いで後は悠々自適に暮らしたいだけやし」
アキラの頼みも、ムサシは聞く気がなさそうだった。
「でもさ、金があってもローラシアが世界を統一してしまったら、悠々自適とか無理じゃないかな。ローラシアの民は王にとって家畜みたいなもの。もしもムサシの住む場所がローラシアに占拠されたら、ムサシの金もどうなるか」
「それやったら他に移ればええねん」
「だから、この地球上全てがローラシアになるんだって」
どうでもいいといった感じのムサシだったが、シャオの言葉に驚きの表情へと変わった。
「なんやと!?誰に断ってそんな事すんねん!そんな奴はわしがゆるさんで!」
「だから、その悪い奴を一緒に倒そうって話」
シャオは満面の笑顔でムサシを見た。
「あ‥‥でもなー‥‥わしはタダで働くのはいやや。報酬はあるんろうな?」
ムサシはニヤッと笑って親指と人差し指で円を作った。
「その点は約束するわ。わしが責任を持って払うで」
ヒサヨシの言葉にムサシは手を打った。
「よっしゃ!交渉は成立や。ほならローラシアが攻めてきたら呼んでくれ」
そう言って立ち去ろうとするムサシの手を掴み、ニコニコとした笑顔でアサミが言った。
「じゃあこれからみんなで特訓よ。今のままじゃ勝てない相手だからね」
「げ?そうなん?」
渋い顔をしたムサシを、アサミは引きずっていった。
「だーまーさーれーたー!」
引きずられていくムサシを、皆は笑顔で見送った。
バトル大会から1週間が過ぎた。
既にイタリー国はローラシアの傘下に入っていた。
ローラシアの第二部隊隊長『イーグル』は、更に東へと軍を進めるべく、イタリーの王と話をしていた。
「で、ここから東に行く為にはエベス山脈を越えなければならない。そのルートが北と南に1つずつか。でも南には城塞都市イニシエがあるから北から行けと、そういう事だな」
イーグルは割とイケメンな顔を王に近づけて言った。
「そうです。たとえあなた方でもイニシエを通って行くのは危険です。はい」
「俺達でも危険だと?それは俺達でも無理って言ってるのかな?」
イーグルはイタリーの王の胸ぐらを掴んで睨みつけた。
「いえ、あなた方なら大丈夫だと思われるのですが、無理はする必要がないかと。はい」
「俺達は急いでるの。そんな遠回りはしたくないわけ。南から行くから案内してくれるよな」
「はい。わかりましたでございます。はい」
イタリーの王は、ただイーグルの言うがままにするしかなかった。
「それと戦争資金と食料を準備しろ。税は70%に上げて、半分はローラシアが世界の為に使ってやる。文句を言う奴がいたら俺たちがぶっ殺してやるから」
「はい。言われた通りさせていただきますでございます。はい」
イタリーの王は、既に王の威厳も何もなかった。
(とはいえ、もうすぐ第四部隊と第八部隊も合流するし、それまでは念の為に待つか‥‥)
こんなイーグルではあったが、イタリーの王の意見も少しは聞く耳を持っていた。
一応部隊長と言った所であった。
中央大陸に入っているローラシアの部隊は、第四部隊、第六部隊、第八部隊、第十部隊、そして第二部隊の計5部隊だった。
内アトランティス国から北に第六部隊と第十部隊が侵攻。
東にその他が向かっていた。
1日が過ぎて、予定していた部隊が合流した。
北へ向かった部隊はこれからフレンチ国攻略に、第二部隊他はイニシエに向かった。
1週間が過ぎた。
ローラシアの第二部隊を含む3部隊は、イニシエの壁のまで来ていた。
「これがイニシエの壁か‥‥」
イーグルは第四部隊隊長『ニコル』と、第八部隊隊長『エヴァー』と共に壁を見上げていた。
部隊長は、部隊番号が少ない方が上の立場となっている。
「こんな大規模に壁で囲まれている町なんて初めてですね」
ニコルは少し小柄だが、常にニコニコと笑顔を絶やさない、少し可愛い感じのする男だった。
「大した事ないわよ。さっさとぶっ壊してしまえば同じ事よ」
エヴァーはスケ番的な雰囲気漂う女性で、勝気な性格が顔にでていた。
「お出迎えも無しか。こんな警備体制でよくも城塞都市とか言えたもんだな」
イーグルは鼻で笑った。
「イーグル、そろそろ行きましょう。エヴァーがイライラしてきましたよ」
「そうだな。あいつが暴走したら止めるがの面倒だ」
ニコルの笑顔の先にあるエヴァーを見ながら、イーグルは1つため息をついた。
「まずは入り口、或いは壁の破壊だ!あとは隊長の指示に従って確実に敵を駆逐していく!第二部隊はまず門を攻撃だ。一斉にエネルギーブラスト!」
イーグルの言葉に、第二部隊の面々は魔力を高め始めた。
そして待ってましたとばかりにエヴァーも第八部隊への命令を告げた!
「私たちはとにかく壁を壊すよ!魔法を打って打って打ちまくれ!」
「それでは我々は他の部隊の掩護に回りますか。呼吸を合わせて各自やってください」
ローラシア軍の攻撃が始まった。
門や壁にぶつかる魔力が爆発し、辺りに大きな音が響く。
流石にローラシア軍と言えるような強力な魔法だった。
その頃中では、イニシエの長『シュウカ』が、遠くから聞こえる爆発音によって眠りから目を覚ました。
庭の木に吊るしたハンモックで寝ていたようだ。
「五月蠅いなぁ~‥‥お~い、新選組!ちょっと追っ払ってきて!よろろ~」
そう言ってシュウカは再び目を閉じた。
しかしその眠りを邪魔するように、イニシエの忍者と呼ばれる2人の女性『サスケ』と『コタロウ』が声をかけた。
「シュウカ様。寝てる場合じゃないですよー。わんさか敵が来てますよー」
「そうです。今回の相手はかなりの手練れです。対応した方がよろしいかと」
ちなみにこの2人、女性なのに男性の名前なのには訳があった。
これは、とりえずシュウカが分かりやすく付けた為だ。
容姿は割と可愛らしいクノイチで、正直名前は不釣り合い極まりなかったが、そういう意地悪なネーミングはシュウカの趣味だった。
再び目を開けたシュウカは、寝ぼけた顔でそう言う2人を見た。
「ニッコー」
「お目覚めになりましたか」
2人の笑顔を見てシュウカはようやく体を起こして伸びをした。
「新選組だけじゃ無理かのぉ~?」
シュウカはまだ寝ぼけているようだった。
「うんうん。無理!無理っすよー。私たちも行きますから、早く来てくださいねー!」
「そうです。シュウカ様、よろしくお願いします」
2人はそう言ってスッとその姿を消した。
正確には高速でその場を去った。
「久しぶりにかなりの使い手が来ちゃったみたいねぇ~しゃーない。ぼくちんも行っちゃうかぁ~」
シュウカは眠い目をこすりながら、それでも魔力を高めて飛翔した。
壁の外では、門の前へ出て新選組の面々が、ローラシア軍を相手にしていた。
新選組はこのイニシエの警備部隊で、剣の使い手たちが集まっている。
中でも局長の『コンドー』と、副長の『トシゾー』、そして『ソーシ』と『サイトー』は強力な剣士だった。
ちなみにこれらの名前も、シュウカが勝手につけた名前だった。
「今回の相手は、かなりやばくねぇか?」
「ヤバいのはあんたの顔だ」
「ヤバいのはシュウカの頭だ!」
「皆さん、訳の分からない事言ってないで、敵を斬ってください」
新選組主力の4人は、敵に囲まれながらも上手く対処していた。
「数が多すぎるぞ?ホントはあっちの壁を壊そうとしている奴ら、なんとかしないといけねぇんじゃね?」
「ああ、あっちはサスケとコタローががなんとか防ぐだろ?ほっとけほっとけ!」
「そうそう、壁が壊されて困るのはシュウカだし、関係ないよ」
「ソーシさん、あんたホントに味方ですか?」
無駄話をしながらも、集まる敵を斬ってゆく実力はかなりのものだった。
壁の上では、ようやく到着したサスケとコタロウが、息つく間もなくマジックシールドを展開していた。
「省エネで壁を守るよー」
「はあい。さぁスケちゃん!」
「スケちゃんゆうなー」
壁の上の2人も、無駄口をたたきながら敵から放たれるエネルギーブラストを上手く防ぐ技量はかなり高かった。
「なかなか手こずるな。かなりの使い手がいるようだ」
イーグルの言う通り、ローラシア軍はかなりてこずっていた。
これは正直想定していなかった。
少しずつ新選組の下っ端連中は数を減らしていたが、それ以上にローラシア軍の方に被害は多かった。
そこにようやくシュウカが壁の上へと到着した。
「シュウカ様遅いよー。敵の数も多すぎだしー。対応が間に合わないよー」
「そうそう。もう寝ぼけてる場合じゃないですよ。ちゃっちゃとやっちゃってください」
2人の言葉も、聞いているのか聞いていないのかよく分からない状態で、シュウカは目をこすった」
「あー‥‥じゃあ手榴弾でもばら撒いちゃうかぁ~ふふふ‥‥死ねや新撰組!」
「おーい‥‥」
という2人の言葉も聞かず、シュウカは壁の上から、下で戦闘している者たちへ向けて手榴弾を投げ始めた。
手榴弾は、魔力を凝縮した小さな黒い塊で、少しの時間をおいて爆発する。
シュウカオリジナルの魔法で具現化したもので、大きさは手に収まるくらいで楕円形をしていた。
たちまち壁の前のあらゆる所で爆発が起こった。
「な、なんだ?味方がいるのに爆破している?」
イーグルは一旦後ろへと引いた。
「相変わらず敵味方関係無しだな」
「ああ、それだけ信頼されているって事だろうよ。くぅー!」
「シュウカさまー!手加減してくださいよー!うわっ!シュウカの野郎ゆるさねぇ!此畜生!」
「もうどうにでもしてください。ヤバい人は門の中へと避難してくださいねー!」
新撰組の4人を残して、他のメンバーは門の中へと避難した。
残った4人は、なんだかんだと言いながら、それでもこの中で敵を倒していった。
高度に洗練されたコンビネーションと言えるかもしれない。
「これ、コンビネーションって言うの?」
「ああ、言うんじゃね?言わなきゃやってられんでしょ?」
「とにかくシュウカの奴死なす!ぜってー死なす!」
「はいはい口ではなく手を動かしましょうねー」
コンビネーションではなくとも、攻撃は上手くかみ合っていた。
「あそこですか」
壁の上のシュウカに気が付いたニコルは、飛翔で上空へと飛び出した。
そして辺りを窺った後、シュウカの前へと降りて来た。
「なかなか面白い魔法ですね」
ニコルはいつもの笑顔で話しかけた。
シュウカは何もこたえず、その間もポンポンと手榴弾を投げ続けた。
「申し訳ありませんが、あなたには死んでいただきますね」
ニコルは魔力を高めた。
「私たちはソロソロ‥‥」
サスケは一声シュウカに声をかけると、コタロウを連れてゆっくりその場から離れた。
ニコルはシュウカに向けてメガメテオを放った。
シュウカはようやく手榴弾を投げるのを止めてニコルを見た。
目の前にはメガメテオが迫っていた。
回避は不可能な距離だとニコルは確信した。
シュウカに更なる攻撃をする為に向かっていった。
次の瞬間シュウカの周りを結界が包みメガメテオを遮断した。
「何ですか?」
ニコルは、メガメテオを受けてダメージを負うであろうシュウカに、追い打ちするべく向かって跳んでいたが、想定外に一瞬動きを止めた。
シュウカはその隙を見逃さず、逆にニコルに接近して剣で斬りつけた。
「くっ!」
ニコルはそれをかわそうと、体を横へと跳ばす。
しかしシュウカの剣が蛇のようにグニャリと曲がり、ニコルの足をとらえて斬りつけた。
ニコルはその場に倒れた。
シュウカの剣は、伸縮自在で波をうつように曲がる魔法の剣、『ウェヴスォード』だった。
ちなみに新撰組の4人も、魔法の剣を操っている。
それは片刃の『刀』と呼ばれるものだ。
コンドーの持つ刀は、黄色いオーラに覆われた、振れば爆発を起こす地の刀。
トシゾーのは赤いオーラで覆われ、対象に火をつける炎の刀。
ソーシのは青いオーラで覆われ、斬りつけた場所を凍らせる氷の刀。
そしてサイトーのは緑のオーラで覆われた、電撃を加える風の刀だ。
ついでにサスケとコタロウの持つ剣も、『忍者刀』と言われる魔法の剣で、使用者の魔力を高めるものだった。
「その剣はウェヴスォード?」
ニコルがそう声を出した時、目の前にはシュウカが立っていた。
強大な魔力を発していた。
(ヤバい!)
そう思ったニコルは、飛翔で空へ逃げようとする。
しかしそれよりも早く、シュウカのテラボルトがニコルに落ちた。
「ぐあぁ!」
それでもニコルはなんとかレジスト(抵抗)して空へと逃げた。
「強い。私だけでは勝てませんね。いや、あの強さは精鋭部隊以上です‥‥」
ニコルは意識をなんとか保ちつつ、第四部隊の後方へとたどり着いた。
そしてそこで倒れた。
「あれをレジストしてくるかぁ~。つよぉ~!」
シュウカはそう言いながらニコルを見送ると、再び手榴弾を投げ始めた。
「ニコルがやられた?何者だあいつは?中央大陸にそれほどの使い手がいたのか。それにこいつらも強い」
イーグルはトシゾーと剣を交えていた。
「剣技では五分だが、あの魔法の剣相手では分が悪いか」
イーグルの頭では、一旦引く事を考えていた。
「こいつら強い!この爆破の中、関係なくやりやがる!」
エヴァーはソーシ相手に押されていた。
「ちゃっちゃと終わらせるよー!僕はもう疲れたよ。お前も疲れたろ?」
ソーシは涼しい顔で余裕があった。
「イーグル!」
「ああ、一旦引くぞ!」
そう言うと、エヴァーとイーグルは部隊後方へと姿を消した。
直ぐにローラシア軍は全員で引き始めた。
「ふう。やっと引いてくれるか」
「なかなかやる奴だったな」
「ああー!天使が見えるー!」
「ソーシさんはまだ生きてますよ」
戦闘を終えた新撰組の4人は、引いていくローラシア軍を見ながら並んで立っていた。
「とりあえず出直す!今度はこうはいかんからな」
イーグルの捨て台詞は、4人へは届かなかった。
「久しぶりに手こずったな」
「これくらいの方がやりがいはある」
「トシさん本気で言ってるの?バカだよね?楽な方がいいに決まってんじゃん!」
「まあまあ。トシゾーさんも、こうでも言わないとやってられないんですよ」
各々言いたい事を言いながら、門から中へと入っていった。
その頃、ローラシアの帰っていった道の方から、爆発音がいくつも鳴り響いていた。
「こんな所にトラップだと?!」
ローラシア軍は壊滅状態だった。
この爆破は、逃げる敵をただでは逃がさないようにする為の、サスケとコタロウによる地雷魔法だった。
地雷魔法とは、魔力を圧縮したものを地中にセットし、そこに人の魔力が触れると爆発する魔法だ。
気を付ければ回避は可能だが、爆発はかなり大きいのでくらうとかなりダメージを受ける。
しかも油断している者に突如襲う爆発であるから、防御が間に合わず効果は絶大だった。
逃げ帰ったのは、各部隊長と他数百人だけだった。
3部隊で4500人いたそのほとんどがやられた。
ローラシア大国最大の敗戦だった。
ちなみに勝てないと思ったらすぐに撤退、或いは死んだフリをするのがモットーの新撰組に死者はなかった。