7th. 首と頭 -pipeline and lifeline-
誰からもツッコミ来ないのはわかってるので、「遅い!」と自分で言っておきましょう。
市街地、裏路地、そのどこかの溜まり場。
そこでは1人の男を4〜5人が取り囲むようにして、事の経緯を聞いていた。
ただ、会話をしているのは取り巻きの1人と、囲まれている男だけ。
「……で、結局お前はその白馬の王子様だかお爺様だか分からねえやつに倒されてお陀仏した、と……。おう、よくやった、ご愁傷様。お国のためによく頑張った。お前と共に散った零戦のことは忘れない。南無三、南無三。成仏しろよ」
「ちょっと待ってくれよ。俺は死んでねえよ」
俺のことは忘れんのかよ、ぐらいは言って欲しかったと思う。周りもそんなにウケていないようだった。
突っ込みの物足りなさに空しさを感じながら、会話を続ける。
「……んなんどーだってイイんだって。これだって冗談の一種だしな。売られたケンカを買っただけで攻撃対象にされてんだから、タチが悪いったらありゃしねえぜ。まあ少なくとも俺らの悔しい気持ちはきっと同じはずだよなあ」
それに話を聞く限りでは、こいつが関わったのはあの女と男の組み合わせだった可能性がある。
曰く、『どうにも俺達どころか普通には手に負えない女子がいて、それのケンカの後始末をせっせと片づける男子がいる』と、噂が流れているらしい。
ひどいマッチポンプだと思う。
『真実』を知っているだけに、なおさらだった。
(しっかしあの女は手のつけようが無いからなあ。馬鹿につける薬は劇薬しかない、ってか?)
そう考えると、ある意味でこいつはマシな方に転んだのかもしれない。最近は以前に比べてあまり話を聞かなくなったが、環境でも変わったのだろうか。
「あいつらぜってえナメてやがる……」
そんな事情を知らないで、それとは別の所から来るいわれなき差別に男は拳を握りしめる。
人間に限らず生物と呼べるものには、生まれついての差というものはあって当然の事だ。
強いものは栄え、弱いものは衰退する。
人に関しての壁は、色々ある。
それは体格であり、
それは家格であり、
それは才覚であり、
それは感覚である。
まだこれらは克服の可能性があるだけマシな方だろう。
それに相対的な問題なので、気分次第での解決もある。
しかし、能力が無いのはそれらとは一線を画している。
無いものは、無いまま。
見た目には分からないだけに、差別のダメージも甚大。
その煽りを食っているのは誰だ。
俺らだ。
ふざけるな。
彼らは、簡単に言ってしまえば、そういった集まりである。
「ああそうだ。言っとくけどな、反撃しようなんて思うなよ? 俺らは落ちぶれてこそいるけどな、分かりやすい悪役でもねーんだからよ――っと、ついでに口を酸っぱくして言っておくが、決して『あいつら』が悪役だって決めつけんなよ。そんな詰まんねえことに傾いてるから馬鹿にされんだよ。俺らは極道みたく面子で生きてるのとは違うっていうとこだけはな、はっきりしとこうぜ」
不思議なことに、その言葉には説教のようなうっとおしさがほとんどと言っていいほどに感じられなかった。
同じ地平に立っている者ならではの、目線だ。
まるで自分に言い聞かせているようですらある。
「……ああ、言われなくても分かってるよ。リーダー」
しかし込められた思いが伝わらない奴もいる。
「…………」
そして、これから起こりうる厄介を想像しながら、遠く、路地の向こうに見える暗い空を見た。
夜明けは、まだ遠い。
――――
そんな、己の関わる噂が流れているとは露も知らず、真面一は深夜の手前、自分の家(アパートの一室)のリビングと呼べる空間で考え込んでいた。
その考えている事はこうだ。
――人の部屋でいきなり寝るなよ。
「すぅ……すぅ……」
「引っ越しの疲れでも出たのか……?」
座椅子にだらりと身体を預けて規則的な寝息を立てているのは、会話の流れ上当然の事ながら、柳瀬瀬奈(毎回名前で50画以上書くのは大変だろうなあ……)。
本当に、何の前触れもなかった。
夕飯をとってそのままの流れでだらだらと過ごしていたのだが、突然柳瀬がぷつりと電源が落ちるようにして寝たのだった。
訳が分からない。口に出すとすれば、ワケ分かんねえ。
「あー、こういう時の対処法とか知らねえからな……」
なんて、思ってもいないことを言って、空気を誤魔化そうとしてみるが、当然ながらそんな効果は発揮されない。いや、それ以前に空気が読めない。
「おーい、起きろー」
手近にあったうちわでぺしぺしと軽く叩いてみる。
「ん……」
少し身じろぎをしたが、それ以上のめぼしい反応は見られず、また落ち着いた寝息が繰り返される。
「大分本格的だな……あー、参ったな」
こうなると、真面としてはどうしようもない。
「待つしかねえ、のかねえ……」
電気を落として、壁にもたれながら座った。
****
目を覚まして、最初に飛び込んできた光景は、自分の物が無い部屋だった。
「……あれ?」
柳瀬瀬奈は、自身にかけられたタオルケットに気付いて、さらに不思議がる。
昨日の記憶を探ると、すぐに状況だけは分かった。
「あーあ、また寝ちゃったのか……」
油断した。まして他人の部屋で。
1人暮らしだから、気をつけていたのに。
一体何のためにあそこから出てきたのか。
「ダメだ……もっとしっかりしないと」
そうだ、起きたらまずは朝食の準備だ。そうと決まれば部屋に戻って――
「おーい」
「ひゃぁっ!?」
玄関までの廊下を突っ切ろうとしたら、横合いから声をかけられ、驚いた。
いや、驚いたのは声をかけられたからではなく、気配が無かったからだ。
それとも、焦っていたからだろうか。
「び、びっくりしたあ……」
「あー、もしかして声、でかかったか?」
「いや、そういう訳じゃないけど……いきなり出てくるから」
声の主、真面一の表情は硬くはなかったが、相変わらず乏しかった。
「うーん、普通に歩いてたつもりなんだけどな」
にしては足音が少ない……と思ってその足下を見てみると、スリッパをちゃんと履いている。
よく音が立たないものだと思う。
そんなに気配が少なければ、気付くのも難しい。
「…………」
「……あー、そうだ」
ほれ、と両手に持ったトレーの上にある、トーストと炒り卵、その他野菜がちらほら……1人分、2枚の皿に並べられていた。
「これ、朝食」
言われなくても分かる。
昼食とか言われたら驚くけど。
折角の休みが半分無駄になってる。
「昨日の事も色々とあるし、このぐらいの時間じゃねえかと思って作っておいたんだが、食べるか?」
しばらくそれらの料理をガン見して、「……食べる」とだけ答えた。
食卓に戻って、それらできたてを黙々と口に運んでいく。
テレビでは、政治や経済の事柄が報道されている。
……ちんぷんかんぷんだ。
そういえば、派遣切りって終わったの?
情報偏向化社会だろうか。
「……お、この辺に近いぞ」
「?」
改めて注目すると、中学生が銃撃された、という物騒なニュースが流れていた。一応の話、銃撃されたとはいえ、それはエアガンでの事なのだが。
テロップに出ていたのは柳瀬の知らない地名だったが、それは自分が引っ越して間もないということでこの辺の地理に不案内というだけのことなのだろう。
「エアガンのようなものとはいえそんな物使う奴がまだいるとはな……」
銃撃された中学生男子は痣と骨折が数カ所と、あまり朝っぱらから聞いてて良い話題ではない。
「確か改造すれば威力が跳ね上がるんだったか」
まあ、そんな事をやってただで済むとはさすがに思わないけど。
「あれ……? なんか忘れてるような気がする?」
柳瀬はそこから更に考えようとするが、ニュースの話題は既に他のことに移っていた。
「ん、箸止まってるぞ。食わなくていいのか?」
「いやいや食べるよ」
「二つの意味に取れるな……」
だってそういう風に言ったんだし。
こうして、日曜日の朝は始まった。