6th. 旭日昇天? -who is childish?-
――今時、世界征服なんて流行らない。
人は皆圧倒的な力を欲するというがそれを実現しても、死ぬかもしくは滅びるという結末が待っている。
栄枯盛衰とか諸行無常とか、そんな普通のことを繰り返し念押ししたいわけでもない。
しかし個人や一つの勢力に覇権が集中、そして保持していたという歴史は無いというのは『科学的な』事実なのだからあえてここで言わせてもらった。
ならば、こういった疑問も当然あって然るべきだ。
――世界を支配しているのは何なんだ?
その答えは?
神か?
仏か?
運命か?
因果か?
超ひもか?
物理法則か?
プログラムか?
宇宙の広がりか?
否! 断じて違う!
それらは何も教えてはくれない。
あるのはただ一つ、解釈だけだ。
なのにどうして世界の始まりを知ろうとするのか。
だから、僕たち、私たちが直に教えてあげるのだ。
ありとあらゆる幻想を、
ありとあらゆる価値を、
壊してご覧に入れよう。
僕たち、私たちは――――
――――
土曜日。
その日、真面は乱暴にドアが叩かれる音で目を覚ました。
「誰だよ――って、心当たり何人もいるし……」
特に冬雨さんとか半端無い極端だ。
無性に泣きたくなった。
ダンダンダンダン! と心臓に悪い音が勢いを増した。
「はいはい! 今出るから!」
気持ちだけ……そう、気持ちだけは走って、のんびりドアを開けるとそこには柳瀬がいた。
「……どうしたんだ」
「あのね……朝ごはん……」
「朝ご飯がどうした?」真面はドアを開けたまま、話を続ける。「あと30分でもすれば食べるつもりだけどな」
「ちょい……恵んで」
「何が――って、あー」
柳瀬のまるで寝起きドッキリをされたような恨みがましい視線を受け、必要なことを思い出した。
「昨日の内にコンビニなりスーパーなり行ってれば良かったな……」
「そんな事より……早く」
ここにきてようやく真面はその視線が『寝起き』と『空腹』と『面倒くさい目の前の存在』によって引き起こされていることに気付いた。
我ながら雰囲気を読めたようだと感心する。
「だけど白米が炊き上がるまでやっぱり30分ぐらいかかる――」
「事態は一刻一秒を争っているの! 早く!」
「飯を急いでもしょうがねえだろ……死ぬわけでもあるまいし」
「死・ぬ・の!」
なけなしのエネルギーを使い果たしたような声で叫ばれて、ようやく真面は思考を通常回転させる。
「……嘘だろ?」
「嘘じゃ……な、い……」
ドアの間に挟まれるような格好で、柳瀬は倒れた。
「まさか、昨日もこれと同じだったのか……?」
返事は無かったが、推論が外れている要素も無い。
「おいおい……今6時だぞ」
今日と言わず、何やら嫌な予感がしてきた。
****
「ごちそうさまでした」
「ちゃんと言えるんだな」
どうやら昨日のことを思い出しながら皮肉ってくる真面。
「うるさいなあ。いちいちケチつけないでよ。ウザい」
「俺がウザいならお前は何だ。自立も出来ない家出高校生が何を言っても正当性はないからな」
「うるさいなぁ。大体家出じゃないし。許可出てるから」
保護者の許可も無しで部屋まで借りられはしないだろうということはさすがに分かるだろう。
「というか、まさか毎朝これか……?」
あたかも驚いたように、こちらを見ていた。
それが多少、柳瀬の癇に障る。
「何? 文句ある?」
「健全な高校生そのものだな……」
「裏山良いとか言うつもり?」
言い間違えた。
「……いや、そんな特殊な趣味は持っていない」
言うまでもなく、正しくは羨ましい、だ。
裏山が良いって、どこの小学生だ。
野生児だろうか。
「まあ……早起きの高校生なんてのは殊勝なのを除けば珍しいだけだよな」
「そうなんだよね〜……」
自分の身長を気にして、柳瀬は2杯目の牛乳を飲む。
しかしそれを見た真面から、残念ながら医学的にそのコンプレックスが解消されるという根拠は無いという事実を突きつけられ、苛立ちにばんっとコップを叩きつけ、一睨みすることで真面を非難した。
おかしい、カルシウムは十分摂っているはずなのに。
「ちなみに昨日言ったと思うけど、インスタントにはリンが結構含まれてるから、過剰に摂ってると骨にならずにかえってカルシウムを失うことになるからな」
「…………あっそう」
これ以上コンプレックスに触れたくもないので矛先を逸らす。
なんか話すと厄介だ。
「それで話を戻すけどさー、なんか周りからおかしーおかしー言われ続けて。別にオヤツ食べてるわけじゃないのに」
「その発音だと誤解もしょうがねえな……」
「まあさすがに今のは冗談だけど」続ける。「人なんてみんな他と変わってるんだからそんなのどーだっていいじゃん」
みんなと同じになるために、ドッペルゲンガーが何人いればいいんだろう。
「それは分かるが……」
やっぱり、自分でも変な認識があるんだろうか。
ま、いっか。
「そうだよね、気にし過ぎだよねー……」
いつの間にか愚痴をこぼしていた自分に気付く。
だが、それを今更やめる気にもならない。
「でもしょうがないじゃん。十代で周りのことが気にならないってよっぽどだよ? 厚顔無恥ってことだよ」
「…………」
何か思うところがあるのか、真面はしばし言葉を紡げないでいた(まさか自分が真面にクリティカルな発言をしていたとは思いもよらない柳瀬だった)。
「……いやいや、やっぱ言い過ぎた」
「?」
額を押さえてかぶりを振る。
真面は疑問の表情(かなり恣意的な解釈の上で、だが)を浮かべながらも黙ってその様子を見ていた。
人の話を聞けて、反論もしない。それでいて口が堅そう。どうもこの男は、そういう相談されやすい資質を備えているらしい。
無意識の内に、それを感じ取ったのだろうか。私は。
「あー、別に他人が話したことを無闇に言い触らすなんてことはしないから大丈夫だ」
「だったら最低限はいいけど……」
なんていうか、その辺は信用できそうな気がする。
「自分がされたくないことはするな」
「え?」
唐突に真面は喋った。
「ということがよく言われるよな」
「うん……まあ」
文字にもならないぐらいに小さい疑問符を浮かべながらそれを聞く。
「まあ、俺は自分がされてもいいと思えることをやるってのを自分なりに心掛けているんだけどな」
「へぇー」
周りの中学生に、そういうのはいなかったなあ……。
純粋に、そう思う。
ちなみに、真面が『話しかける』という行為をあまりしないのはその辺が関わっているのだが、当然柳瀬は知らない。
「というわけで、俺は言い触らされるのは好きじゃないから、言い触らさない……とはいえ実行できているかどうかは分からないけどな」
「カッコいいこと言うね」
おざなりに音の少ない拍手をしてみる。伝わっただろうか。
「そんな適当に感心されてもな……」
声こそ感傷気味だったが、表情にはその四半も見られない。
無表情と言っても差し支えなさそうだ。
「まっ、いいんじゃない? 人それぞれって言うし」
「そうだよな、普段から行き倒れるのも個性だよな」
さりげなさの欠片もなく皮肉られた。
「…………」
少し閉口してしまったが、持ち直す。
(……うん、まあ、迷惑かけたんだし、そのぐらいは、こらえて、あげよう、じゃ、ない……!)
何かがギシギシ言っていた。
それが自分の歯だと気付いていない、振りをする柳瀬。
「……会って1日の人にそういう失礼になるかもしれないこと言う?」
とりあえず常識、礼儀を疑ってみる。
会話の機微を、知らないのかもしれないんだから、こっちが大人になってやろう、という心構えである。
そういえば昨日も似たやり取りをしたっけ、と思い出す。
「あー、悪いな。そういうの、俺かなり鈍感でさ、何て言うのがいいのか……怒りとか欲とか、あまりそういう衝動が分かんないんだよな」
「…………」
さっきとは別の意味で閉口した。
「まあ、周りを見てればそういうのがどういう事を表しているのかってのは分かってるんだけどな」
……つまり、マジギレしたり、欲求不満になったりしたことが、無い?
なんだそれ?
「ふーん……?」
「人をじろじろと見るのは、失礼にはならないのか?」
「あ、ごめん」
反射的に謝った。
言われて、結構じーっと見ていたことに気付く。しかし、逆に言えば見られていたのだが、それについて、特に抵抗を感じることはなかった。
――何て言うか、自然にほとんど任せてる感じなのかな……。
そんな印象を、持った。