5th. 初日終了 -leanings-
「……っぷぁ〜、食った食った」
一息ついてやろうかという尊大な声が聞こえてきそうな態度で柳瀬は椅子の背もたれによっかかる。
「残しておいてよく言うよな……」
残飯を見る限り、緑黄色系の野菜が苦手のようだ。
「あーもう、ミックスベジタブルってどうして存在してるの? 食べづらいし食いづらい」
同じ事を言っているようにしか聞こえないし、事実同じだった。
「今すぐ製造者に謝れ。そして行き倒れていた立場を忘れるな」
言うなり、反応よく手を合わせた。
「ごちそうさまでした。グリーンピース様は供えておいて下さい」
「うちに仏壇はねえ」
白米の替わりにエンドウが供えられている様子なんか想像したくもない。
シュールすぎて先祖が可哀想だ。そして日本の文化はどこへ行く。
「いや、実際助かったー。ありがとうね」
それに対し真面は適当に答える。
「どういたしまして。……で? どうしてあんなところで行き倒れていたんだ?」
柳瀬は「いやぁ……」と苦笑いで「お腹減るとダメなんだよね」言った。
「ダメ……どころじゃねえだろ、あれは」
「そうかもしんないね」
あっけらかん、としていた。
「大丈夫かよ――いや、大丈夫じゃねえな」
明後日の方向に目を向ける。
現実問題、こいつを一人にしておくのはまずい。
下手に活動不能にでもなればそのまま……なんてことになりかねない。
「漫画とかでよくある話だけど……笑えねえ話だな」
深刻に考えてみれば、油断なら無い事態だろう。動けなくなるだけのようだが、どう考えても放っておけない。
目線を柳瀬に戻して、再び問いかける。
「で、いつもはどうしてるんだ? まさかいつも倒れてるわけじゃないだろう」
「そりゃあ、普段は作ってるけど……今日は切らしてて」
「おいおい……」
「――カップ麺」
「ちょっと待て」
無意識に、声のトーンを落とした。
「なに?」
「今日、今すぐにその生活はやめろ」
「……はぁ? どうして」
柳瀬は年頃らしく、一見怒ったような調子で聞いてきた(と言うと真面が老けている様に感じられてしまうのだが……)。
「俺の聞いた話だと毎日それを食っていた人の胃に穴が開いたとか言うし――」
「胃って普通穴が開いてるよね?」
二つ。
というか、それは揚げ足取りで、屁理屈だ。
「……あー、まあそれとは別に三つ目が破けたんだろ。それを差し引いてもだな、悪質な脂肪分と塩分、過剰に含まれているリン、栄養バランスの悪さ……どれを取っても忙しいときにどうしても、という時以外ですら食べるのは控えた方がいい食事だ」
これぐらいは誰にでも思いつく通り一遍の言葉だろう。
「でも簡単じゃん、時間かかんないじゃん、おいしいじゃん、安いじゃん」
これもまた、同様。
「そんな甘やかしの言葉に騙されるな。奴らは発泡スチロールやプラスチック、挙げ句割り箸という禁断にまで手を出しやがって……! 温暖化がどうのこうのと言う前に、ゴミが最悪なんだ。集まると恐ろしく汚いんだ」
潰されずにゴミ箱に堆積していくカップの山、そしてそれにべたべたとまとわりつく油滴……地球のことはそれはそれとして、とても触れたものではない。
「つまりそれらの利点は後になって面倒ばっかり引き起こすんだ。健康被害然り、汚染然りだ」
「……うっざ」
シンプルに嫌われた真面だが、変な所でひるまなかった。どうも柳瀬が不摂生を働くのが耐えられないようだ。
というより、
――これを見過ごしたら、こいつはどうなる?
そんな感じだった。
「何とでも言え。なんなら俺が飯を作ってやる。カップ麺に頼るような奴はどうせ料理が出来ないからな」
「……え〜? いいって、いらないって」
数秒だけ言葉を詰まらせて、結局柳瀬は断った。
しかし、柳瀬の表情からそれをあと一押しだと踏んだ。はたから見ればしつこい男のようだが、構うものか。
「大丈夫だ。食費はさすがに割り勘じゃないとやっていけないけど、少なくともインスタントよりはマシにしてやる。じゃなけりゃ俺の気持ちが収まらない」
「悪いようにはしないから」と、何だか詐欺の入り口のような発言まで飛び出す始末。「そうでなければ頼む、即席ものだけはやめてくれ」
普段からすればあり得ないような情熱がそこに注がれていた。
「なんかもうめんどい……いいよいいよ。勝手にすれば?」
「……あー、もしかして怒ったか?」
今更のように、さらに下手に気遣う真面に、柳瀬はどうやら呆れたように、ため息をついた。
「……フツーそういうことストレートに聞く?」
二言目には「空気読めば?」とまで言われ、真面は落ち込む――ような繊細さは持っていなかった。
人からの評価はあまり気にしない方である、と自分では思っている。
そして、マイペース。
「そういえば、これって前から疑問だったんだけど、『空気を読む』って、具体的にどうすればいいんだ? 読めねえ読めねえ言われるんだけど」
「さあ? 雰囲気を良くすればいいんじゃないの?」
「じゃあ、雰囲気を読めばいいってことか」
「そうなんじゃない?」
柳瀬も適当に流し、この話題は終わった。
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「今年の新入生はどうでしょうかね、長舟君」
「最近の子供は発育が良いなどと変なことを言うつもりは無いけどな、完成されたか……もしくはそれに近いのが二桁ぐらいいるな」
「おお、去年より大分多いね。っていうか去年はゼロだったっけ」
「ああ……全部突っぱねたな。誰かさんのせいでな」
「今年は二人っきりだね♪」
「……そうならないように努力させてもらうわ。靱連」
「冷たいなあ長舟君。幼馴染みでしょ? ねえ?」
「俺は冷たいかもしんねえけどお前よりはマシだと思ってるよ」
「洗礼なこと言いますね〜」
「どうやったらそんな書き損じになるんだよ、全く……」
「失礼しました」
「それが高校三年生だって言うんだから世の中無理が通ってきているよな……」
「憂える人ですね〜」
「欠陥の響く心だな」
「口を折るような学のあることを言うね〜」
「呆れるぐらいにへつらうんだな」
「……あぁ〜、だめだ、言葉遊び疲れる〜。っていうかそっち、何言ってたの〜? 私は『優しい』とか言ってたんだけど」
「分かっても大したことにはなんないから」
という、校舎のとある一室での会話があったとか。