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3rd. 特に無し -along the passage-

ゆっくり、じっくりとね。

 真面一は家路についていた。

 近所に住んでいる琉二と風璃も同じく歩いている。

「あいやー初日も無事終わり終わりっと」

「あー終わり終わりだな」

「終わり終わりだぜ」

 三人して軽く連携がとれていた。

 その中で真面はさして感慨も無いと言わんばかりに道端を見つめる。それは真面が無感動と言うわけではなく、普通の高校生はこんな始業式の感想を聞かれても中身のないありきたりの答えしか出てこないことだ。

 それを抜きにしても、『一日中投げやり』と言えば、真面一のスタンスはほぼ説明がついてしまうのだが、それは無駄に気を張らないという意味でしかない。

 よく言えば自然体、悪く言えば主張が少ない。

「世界も終わり終わり」

「あー終わり終わりだな」

 ……というわけで、こんな無頓着な答えが返ってくる。

「そこは否定しろよ、オイ!」

 そして、これでも三人でコントの練習をしているわけではない……はずだ。

 三人が住んでいるのは、閑静とは言い(がた)いが喧噪とも離れた、まあ言ってしまえば都市近郊ということになるのだろう。そんな所なのだが、最近は少子化ですれ違うのは大人と言うよりも、自分達の数倍の経験値を蓄積した老人ばかり。今を生きる高校生としてなんだか空恐ろしくなる話である。

 そして『その辺は学校のテストで出るから、きっと重要なんだろうなあ』と思考で皮肉る真面だった。

「じゃーねーん」

「あー、じゃーな」

「またな」

 高速道路がちょうど真面達の通学路と沿う道の途中、ある交差点で風璃と分かれた。

「うりゃうりゃうりゃぁー!」

「…………」

「…………」

 きれいに横断歩道の白線だけを踏みながら赤信号をぶっちぎっていくその様はただのガキンチョそのものだった。そんなだったからか、高架の真下――渡りきれない人を避難させるためか偶然出来たのか知らないが――その真ん中のスペースからまた踏みだそうとしたときに、横合いからクラクションが鳴り響いた。

「うわぁっちぃー! ……あぶねかったー!」

 危機百髪――まあ、さすがにそのぐらいの余裕はあったが――風璃はつんのめって、後ろに跳ねて戻り、事なきを得た。車に乗っていた人は迷惑だっただろうがそれぐらいで停車してこちらに詰め寄ってくるほど暇でもないだろう。

 ぶーん……と見えない煙を噴かせて車が遠ざかっていく。

「気を付けろよ……」

「何か言ったー!?」

「あー、何か言った」

「いや、聞こえねえよ、マジメ」

 実際、特に力を入れていない声だったので風璃には聞こえなかったようだ。

「じっちゃん明日ぶっ飛ばーす」

 琉二の声は聞こえているらしい。しかも的外れな聞き取りだった。

「俺は何も悪いこと言ってねえ!」

「ああやばいやばい、加害妄想が」

 ぶんぶんぶんとわざとらしく雑念まみれの頭を横に振る風璃。

「糸色望先生みたいなこと言ってんじゃねえ!」

 私はあの人を傷つけているかもしれないという妄想。……というか、まったく真逆のことだろ、と二人して思った。


 その後風璃と別れ、男二人の家路。

「ちっきしょー、俺の席の周りは何で美少女がいねえんだぜぃ」

 いきなり考えのない文句が出た。

「まあお前の左隣の俺然り、半分以上九割未満で男だったな、お前の周りは」

「…………」

 気づけば琉二が非難めいた、恨みがましい目というやつをこちらに向けていた。

「何だよ、その目は」

「まあ、俺の好みじゃねえからいいんだけどな……」

「はあ?」

 琉二は言外に柳瀬のことを指していたが、真面は気づかない。

「いいんだよ、マジメがその辺に未だ興味ないのは知ってる」

「あーはいはいそっちな」

 中学の頃も、付き合っている奴らを見たこと(というより、聞いたこと)はあったが、『進んでるなあ』という以上の感想は、出なかった。

 まあ、俺を好きになる偏屈も居ないだろう。

 そんな風に達観した高校生一日目の真面には、年相応という言葉が相応しくなかった。

「ていうか何の示し合わせもないのに同じ高校とか、どんだけ仲良しなんだよ俺ら……」

「徒歩圏内万歳、ってとこだろうぜぃ」

 普遍的で怠惰な理由。

 進路を選ぶ中学生というのはそんなものかもしれない。

「つーか、教科書重くねぇか?」

「そんなもんだろ。現代文古典数学化学日本史世界史現代社会英語芸術科目の教科書入ってんだから」

 呼吸を置かずに全てをコミュニケーション無視の速さで言ってのけた。

「……毎度の事ながらいちいち覚えてんのな」琉二は最早あこがれるのをやめ、割り切っているがそれでも若干の羨ましさをにじませる。「マジで、〝ワーカホリック〟だぜ」

「その名付けに文句は無いけど一つだけ言っとく。音楽だったか美術だったかとかは覚えてないからな」

 真面の記憶力は、琉二だけでなく中学校全体ですら、一目置かれていた。

 英単語の暗記テストはほとんど満点(偶にある減点ですらmistake(間違い)を回答で求められているのにfailure(失敗)とするぐらいだ)だったし、さっき見たばかりの化学の教科書に載っていた周期表ですらどの元素がどの位置にあるか、またその名前すら粗方覚えてしまったのだ。

『まあ、覚えておいた方が役に立つかな』という無意識の感覚で。

 インプットが間違っていなければ、失点することはない。そんなレベルの記憶能力なのだ。

 琉二や周りからすれば羨ましいこと限りないのだが、真面はむしろこの『意識のオン・オフに関わらない』才能をやっかんでいる。とはいえさすがに高校生ともなると自分との付き合い方も分かってくるので気にすることは少なくなってきたが。

「まあ、疲れない内に早く帰っておくか……」

「なあ、ジャンケンして負けた奴が荷物持ちやろうぜ」

 その提案に、驚き呆れるようにして琉二を見る。

「……冗談だろ?」

「あ……忘れてたぜ。わりぃ、今の無しな」

 悪びれてみせる琉二。

「元々期待してないから」と言って、真面はそのまま普段より遙かに重たい鞄を担ぎ直した。

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