First-1st. 中学生 -(in)stability-
旧作者名で投稿している前作『イチについて用意ドン』から大幅に路線変更したため、改めて載せることになりました。
きっと恥の上塗りになることでしょうが、お付き合いの程をば。
「あー、冷静に考えなくてもこれって恐喝だよな……」
いわゆる裏路地と言う場所で、普通と評される容姿の少年・真面一は平凡に愛されたかのような長短の無さが際立つツラをこの状況でも崩さない。
毒にも薬にもならないような表情、視線で相手を見ている。まるで自分を操縦しているかのように怯えや震えの一切を押さえつけているようでいて、しかし機械的な印象のない自然体という、年齢にしては落ち着きがありすぎる、ある意味かなり変な雰囲気を持っていた。
本人にしてみればそれは自分のほぼ唯一と言っていい『才能』でやっていることなので不自然と言うほどのことではない。もっとも、それを自分で喧伝するつもりもないが。
こういったものは世間一般の考え方の一つとして認識されており、自分のスキルを見せびらかすのは、強さや有能さを誇示したい人にほぼ限られてしまっている(かといって、完全に秘匿できている者はそうそういない)。
「てめえからちょっかい出してきてそれはねーだろうがよ……おらっ!」
「…………(確かにそうだよな)」
正論と拳を振りかざしながら殴りかかってくる相手のその様子見の初手――初手だからこそ――それを片手でつかんで払い、もう片方の掌を無造作とも言えそうな軽い動きでぶつける。
相手は、簡単に倒れた。
「あー、ラッキー……っと」
自分に襲いかかってきた不良――無能力者と同じに見なされることがほとんどであり、実際その傾向はある――を置き去りにして、真面は引き込まれた路地から出る。
「……にしても、危ない世の中になったもんだよなあ……」
視界が開けたことで急に増した光量に、目を眇める。
まだ日の出ている、夕方。
学生として区切られた時間で言えば、帰宅途中だった。
「なんだってこんなボランティアを……」
そう愚痴りながらバッグを担ぎ直した真面の背に、
「なーにやってんのよ」
と語りかける、強気な声が一つ。
内心で苦い虫を噛み潰しながら、後ろに返事をする。
「何だよライオンキング」
それはあまりすることのない冗談だった。
「うるさいっ! シンバ言うな!」
すっかり慣れた怒声を浴びて、面倒くさそうに振り返る。
「何言ってんだよ、榛葉」
この同年代とはいつからということのない、会話のパターンが成立していた。
「だからさー、名字で呼ばれるの、好きじゃないのよね」
真面がこれまで生きてきて聞いたこともない好き嫌いだった。
「余計なことに首を突っ込むのやめたら呼んでやるよ」
具体的には不良を片っ端から更正させるというのをやめたら、であるが、それは言わなくても分かっているのだろう、榛葉は。
「んー、無理ね」
いつも交渉は素っ気なく無下にされる。
真面としてもこのやりとりになにがしかの期待を込めているわけではないので、特別残念だとは思っていない。聞いてくれたらラッキー、だ。
「ていうかさっきの見てたけど、アンタ何なのよその陰湿極まり無い能力。〝神経律〟って間抜けっぽい名前で一体何人をのしてきたって言うのかしらね」
「俺の能力バラすなよ……」
さっきの危機も、それを利用して切り抜けた、というのが正確なところだ。
真面としては体を使いこなして活殺自在の境地、なんて都合のいいものを持つつもりはない。使えないことはないが、真面の場合は役に立たないことが多いので最低限でいいのだ。
その役に立たない理由の一つが、真面の能力――〝神経律〟である。その効果は、読んで字の如く、
神経を律する。
触れればそれで終わりにできるから、高度な武術は必要ない。それが真面の出した結論だった。
それにしても、秘密主義という訳ではないのだが、個人情報というのは人に知られて面白いものではないだろう。
「あ~そうね、良いわね。言い触らすぞって脅し」
いかにも適当に言い放つ榛葉。
「そん時は俺もお前の能力を喋るかもな」
対して誰にでもそうするように平淡に返す真面。
「別にあたしは喋られようと困らないけど?」
お互い馴染んだ風に刺々しく喋っているが、実は同じ学校ではない。榛葉という女の子の着ている制服は真面の通う学校の物とは違う。
想像はつくかもしれないが、こういう状況で会うだけだ。
「……ま、人の口に戸は立てられねえって言うしな」特にこだわりを見せずに引く真面。「で? 何の用だよ」
「べっつにー。見かけたから何となく話しかけただけ」
「あーそう。そいつは重畳だな」
今までこいつに下手に関わるとろくなことになってねえなあ……と、波瀾万丈スクールライフを振り返る。
ちょっぴり、ほろりと心の涙が出てきそうだった。
「…………(まあ、だからって特に思うところは無いんだけどな)」
「……? 何よ」
いつの間にか怪訝な表情で見られていた。
「…………」
相手は段々と、という描写をすっ飛ばしてイライラを募らせていく。
「何か言いなさいよ!」
「あー」
ついに限界を迎えた。
「――っ! ……ぶっ殺す!」
飛んできた『物』をよけて、逃走を始めた。
「いくらなんでも怒るってどういうことだよ……。俺の場合あれぐらいはスルーなんだけどなあ」
まさか自分のせいとは思ってもいない、受験を終えた中学三年生であった。
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「ねーお母さん」
「なに?」
少女は、家の食卓で、こう切り出した。
「本当に受かっちゃったんだけど、行ってもいいの?」
「いいわよ」
母の、この返事が嫌いだ。
まだ帰宅していない父親の、無関心もそうだ。
一度たりとも、家族とぶつかったことがない。
『病気』――と自分では思っている――まあ、平たく言えば他人との差異に気付いたのも、『ここ』ではなく、他人と関わっての事だ。
だから、出来るだけ早く、離れたかった。自立したいという、少なくとも己の内から出る衝動のような理由ではなく、居場所が無いような気がしての、逃避だった。
いわゆる、放任主義というやつだ。完全に娘任せで、義務でもなければ、干渉しない。許可のいるものは許可し、欲しい物は――幼少の頃どうだったかは覚えていないが――代わりが無ければ大概は買って貰えた。
お陰で、色々と傷ついたと思う。それは友達との不和であったり、家族に対する違和感を抱え続けたり、である。
「お母さん」
「なに?」
いつものように、やりとりが行われる。
「私は、いらないの?」
「いいんじゃない?」
はっきり、突き放されてると思った。
「…………」
環境を変えなきゃいけない。
その決意が改めて固まった。